白と黒9

 




翌朝晴れ渡る快晴の中オレと塔矢は因島に向かった。


前に因島に来たときは佐為を探すためだったから余裕なんてなくてバスを使ったけれど
今日はヘェリーで渡った。

ヘェリーの2階に上がって一番眺めのいい先端に立つ。
風を切る音。潮騒の匂い。のどかに行きかう船が汽笛を上げる。

『140年前に虎次郎も佐為もここを渡ったんだ。』



佐為から直接話に聞いたことはなかったけれど、今オレは同じものを見ている
気がしてる。
けど140年前には因島大橋はなかったよな?

まじかにみえる大橋を佐為に見せてやりたかった。
そんなことを感じながら目をつぶった。

そこには今も変わらず笑顔の佐為がある。
こうしていると今もふと帰ってくるんじゃないかと思うことがあるのに。


今はもうあまりしなくなった、左斜め後ろを振り返った。
いつも佐為が立っていた場所だ。
そこには塔矢が立っていた。

「進藤、どうかしたのか?」

「お前がいてくれてよかった。って思ってさ」

そう言うと塔矢は顔を曇らせた。

「それは・・・。素直に受け取れないが。」

「特に意味があるわけじゃねえぜ?」

「そう?僕を因島に誘ったのは誰かの代わりなんじゃないかと思って。」

オレはふっと長い溜息をついた。

「お前ってそういうとこ結構勘いいよな?
けどお前はお前だし、誰かの代わりなんて思ってないぜ。
ただ、もう佐為とここに来ることはできねえんだ。
だから知っていて欲しいと思ったんだ。お前には・・・。」

佐為の名前がすっと口からついて出たことにオレは驚いていた。
塔矢だってそうだったんだろう。

「いつか話すといったことを話してくれるの?」

「約束だったからな。本因坊のタイトル取ったらって。話すよ。全部。」





ヘェリーを降りてしばらく歩いたがその間お互い何も話さなかった。
秀策記念館に着いてオレは館内をゆっくりと回った。
前と違って館内に案内の人の姿はなかった。

オレが時折足を止めても塔矢は急かすことはしなかった。

「君が立ち寄りたかったのはここだったの?」

「ああ、まあ。そのお前は興味ないよな?」

「いや、そんなことはないよ。碁打ちとしても本因坊秀策を知っておきたいと思うし。
今は君と同じものを見たり、感じたりすることも大切なことだって思うんだ。」

そんなことを言われると少し照れ臭かった。

「なんだよ。それ、」

オレは笑いながらこの碁盤の話をした。

「この碁盤はさ、虎次郎が子供のころお母さんと打ったものらしいんだ。」

「やっぱり詳しいな。」

「前に来た時に館内の職員さんに教えてもらったんだよ。」

「前に来たのっていつごろだったの?」

「6年前、オレがプロになってまもなくの頃。けどあの時は余裕がなくてさ
ただ来ただけっていうか。」


オレはあの時のことを思い出してうつむいた。河合さんと駆け足で回った因島と尾道。
変わらない街と島、そしてここの館内が
あの日に返ったようにオーバーラップしていく。

「進藤?」

心配そうに聞いてきた塔矢にオレは無理やり笑った。

「ごめん。ちょっと思い出しちまった。塔矢、オレ秀策の墓参りしたいんだけど
いいか?」

「ああ」

オレは館内を出ると裏の墓地へと塔矢を誘った。
そして秀策の墓石の前で足を止めた。


「ここ虎次郎の・・・本因坊秀策の墓なんだ。」

塔矢に示した。
オレはしばらくお墓に向き合った。手を合わせるでもなく話しかけるように。
ここに佐為が眠っているわけじゃないけどなんだかここが一番佐為の場所に近い
気がする。

昨日オレ本因坊になったんだぜ。
オレも結構やるだろう。あの頃よりか強くなったし、お前とだって今なら対等に
対局できる気がするんだけどな。

佐為が言い返してこれない事に託けて心の中で言いたいことを言ってやった。



そうしてしばらくオレは墓に向かい合っていたけど、向き合う相手を塔矢に移した。

「塔矢こんな所まで付き合ってくれてありがとな。」

改まっていうと照れもあったがどうしても塔矢には気持ちを伝えておきたかった。

「ここに佐為の墓があるわけじゃねえんだ。オレあいつの墓なんて知らねえし。
あっけど死んだのは京都だってことは知ってる。入水自殺したってことも。」

それだけ言うとオレは口を閉じた。何と言って話しだしたらいいのかわからない。
色々考えてたはずなのに全部飛んじまっていた。

「あはは、困ったな。オレ何からお前に話していいかわかんねえや。」

涙が溢れ出そうになってオレはごしごしと瞳をこすった。

「進藤、」

塔矢はオレの手を握ってくれた。
励ましてくれたんだと思うとオレはその手を素直に握った。

「ありがとうな。」

「礼は何度もいいよ。」

「うん。」

塔矢はオレが話し出すまで待っていてくれた。





「お前にどこまで伝わるかわかんねえし、信じてもらえるかわからねえけど。オレは
お前に知っていてもらいたいから話すんだ。」




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前回書いた時には二人のお泊りの晩(前夜)のことも書いていたんですが。
趣味に走りすぎていたのと、内容があまりになかったので省きました(汗;)

次回で本編完結になります。
もう少しお付き合いくださいませ。







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