白と黒 白と黒6 和谷と別れてからオレはそのまま塔矢のマンションに向かった。 決心が鈍らないうちにしておきたかった。 部屋は鍵がかかっていた。 まだ帰宅していないことにほっとしながら 合鍵を使って部屋に入った。 部屋に入ると珍しく脱ぎ散らかされた上着と打ち掛けの棋譜が目に入った。 アキラは一端は帰ってきたが出かけたのだろう。 棋譜は形を見ただけでわかる。今日のオレとの公式戦のものだった。 その棋譜が無言にオレを責めているようだった。 オレはリビングをそのまま抜けて寝室に入った。 ここにはオレの服や持ち物が少しある。 薄暗がりの寝室に立つとオレは襲ってきた虚無感に立ち止まった。 拳をぎゅっと握り自分を叱咤する。決心したんだ。 このままだとオレは・・・オレたちはダメになる。 でも少しなら・・・最後だから・・・。 オレは甘い考えに目を閉じた。 雑念を忘れようと思ったのによぎったのはアキラとの甘い夜だった。 ここで何度も抱きあい求めあった。 あの日・・・。和谷たちとペア碁をした日のことだ。 『君が欲しい・・・』 あいつはそう言ってオレの体を貫いた。羞恥とか痛みとかそんなのは超えていた。 佐為のことで口論したこともあの時はもうどうでもよかった気がする。 ただひたすらに恋しくて、愛しくて溶け合ってしまえとばかりに求めあった。 アキラに触れた肌の熱を思い出しオレは大きく首を横に振った。 あの日からオレの碁はおかしくなっちまった。 オレは自笑するように笑ってベッドに腰掛けアキラの枕に手を伸ばした。 枕は塔矢の匂いがしてその残り香をもっとと強いるように押し付けた。 「アキラ、ごめん。オレが不甲斐ないからさ。こんなことになって。けど許してくれるだろ。 お前はオレのすべてを受け止めてくれるんだろ? だったら受け止めろよ。オレの気持ちも。 これから先ずっとオレはずっとお前と碁を打つ。 お前に追いついて、追い越してやる。 いつかお前にさ佐為を話すんだ。 オレは生涯お前とずっと打っていたいから・・。 お前の中の佐為を超えてえんだ。」 溢れ出してくる涙が枕を濡らしてオレはそれをごしごしと拭った。 ちょうどそのとき玄関の扉が開いてオレは慌てて枕を元に戻した。 足音がそのまま近づいてくる。 アキラはそのまま寝室に入ってきて電気をつけた。 「帰ってきてたんだ。部屋の電気もつけてないの?」 優しい声だった。いっそ今日の碁をなじってくれた方がよかった。 その一言でオレの帰りを待ってたんだってことがわかって気おくれ しそうになる。 ダメだ。ちゃんと言わねえと。 ポケットの中の合鍵をオレはぎゅっと握った。 「アキラ・・・。オレ・・・お前と別れる。」 アキラはじっとオレを見ていた。 その視線から逃れるように腰を掛けていたベッドから立ちあがった。 「理由は・・・」 口ごもったオレにアキラは静かに言った。 「聞かせてくれないのか?」 「お前が一番わかってるんじゃねえのか?」 「今日の碁のこと?」 「今日だけじゃねえよ。最近のオレの碁は・・・おかしい。 お前を好きになっちまってから、オレは負けたくないと思うほどに お前に離されて言ってる気がする。心で気おくれしてる。 オレはお前が好きだ。けどそれ以上にオレはお前とライバルとして いたいんだ。」 わかってくれよ。頼むから・・・。祈るような気持ちでオレは言い募った。 「恋人じゃライバルにはなれねえんだよ。」 そういうとオレは握りしめていた合鍵をベッドに置いた。 「もとの関係に戻ろう。」 しばらくアキラもオレも動くこともできずに立ちすくんだ。 本の数秒だったかもしれないが、オレには長い時間だった。 そのまま何も言わず塔矢の横を通り過ぎようとしたら突然腕をつかまれた。 オレは顔を見ることができなかった。 何をされるかわからない恐怖で心臓が止まりそうになる。だがアキラは その腕をすぐに解放した。 「オレ・・・お前と碁を打つからな。ずっと・・・死ぬまで。」 涙が溢れ出しそうでオレは無理やり微笑んだ。 「・・・待つよ。君を。歩みを止めることなく・・・。」 そう言った塔矢の声も震えていた。 「ああ、」 そのまま振り返ることもなくオレは部屋を出た。 ヒカルが出て行ったあと、アキラは立ちすくんだ。 和谷くんから電話がかかってきて聞いていた。 『余計なおせっかいかもしれねえけど…。』 彼はそういっていたけれど、何も知らなかったら恐らく自分を制することはできなかったと思う。 ものわかりの良い自分を恨みがましく思った。 だが、引き留めることなんてどうしてできたろう。 思わず掴んだ腕を離した瞬間もう戻れないのだとアキラは悟った。 それでも・・と思う。 僕はずっと君を想い続けるだろう。触れることが出来なくても、その距離を超えること が出来なくても・・・。僕は君を愛してる。 君は想い続けてくれるだろうか。 だとしたらそれは究極の愛かもしれない、と思う。 そんな風に思った自分をアキラは滑稽だと思った。ただの自己満足だ。 アキラはヒカルが腰を掛けていた場所に腰を下ろした。 彼の名残を確かめるようにベッドにつっぷした。 未練がましいとは思わなかった。 そうして伸ばした枕に彼の金の前髪が落ちていることに気付いて拾い上げた。 微かに枕が濡れたあとがある。ここで一人葛藤して泣いていたのかもしれない。 「ヒカル・・・。」 抱きしめられなかった彼の代わりにアキラはその髪を抱きしめる。 心の隙間に埋めるように・・・。 待ってる、ずっと。待ってる。 君と僕が到達するまで・・・たとえそれが死ぬまでかかったとしても・・・。 君がいる1話へ(君がいるは白と黒の6話と7話に入る番外編です) 白と黒7話へ (白と黒6話と7話の間には5年の月日があります) 一息入れます。 すみません。相変わらずの言葉足らずです。 あと塔矢だったり、アキラだったりその時のヒカルの気分で呼び方を変えたり してます。でも私的には読み直した時に違和感は感じなかったんですよ(汗;) お互いに思っても触れることができない想い。 こういうプラトニックなアキヒカがもどかしくて好きです。 もっとも甘いお話も大好きなんですが(苦笑) 次は7話を更新せず、番外編の「君がいる」を更新予定にしています。 長丁場の中盤ですが最後までお付き合い頂ければ幸いです。 緋色
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