白と黒 白と黒7 ※ 白と黒6話からいっき5年後に話が飛んでます(滝汗;) 昨年、緒方先生から本因坊タイトルを奪った塔矢の後を追うように今年 オレは本因坊タイトル挑戦者への切符を手にしていた。 あれから5年、オレは21塔矢は20になっていた。 塔矢との本因坊戦での今までの6局。 その1局、1局にオレは今までに感じたこともない高揚感を感じていた。 ますます精神が研ぎ澄まされていく感覚。 オレの一手一手に応える塔矢の碁。 19路の小さな宇宙。白と黒の攻防。 だがそれは限りない無限の可能性を持っていた。 塔矢との対局はそうやって淘汰されていくような気がしてる。 本因坊1局目と2局目は塔矢が取った。 その後続けて俺が3局を勝利した。 6局目は最終まで粘った塔矢に持っていかれて、結局、 勝負の行方は最終局へと持ち越しになった。 2日間かけて行われる本因坊本戦の最終局は山口県で行われた。 1日目は塔矢の打ち掛けで終えた。 『悪くない。これならいける。』 手ごたえを感じながら俺は席を立った。 まだ夜というには早い時間。 気持ちを落ち着かせたくて、一般客も入る温泉に足を運んだ。 広いお風呂は少し温めで客もまばらしかいない。 オレは思いきって身を沈めて数かき泳いでみた。 広いと言っても風呂なのですぐに端まで行ってしまい顔を 上げたところで突然声をかけられた。 「進藤!?」 顔を見なくても声で塔矢だってわかった。 あまりに突然すぎたので俺は誤って風呂の水を少し飲んだ。 「 げほっ、げぽっ。もうお前っていつもいきなりだよな。驚かすなよ。」 塔矢が外風呂に来るなんて珍しいことだった。まず来ないだろうと踏んで ここに来たのに大失敗だったとオレは反省した。 「君こそこんな所で泳ぐなんて常識がないのか?」 「いいじゃねえか。他の客に迷惑かけてるわけじゃねえし。」 「人の目ってものがあるだろう。君は仮にもプロ棋士だろう。」 『仮にも』って言う所が引っかかったがオレは言い合う気もなくて 溜息をついて風呂から上がった。 「ああ、もう。お前うぜえ。」 当然だがお互いに裸だったことに気づいてオレは気まずくなった。 そんなそぶりを悟られないようにさっさと塔矢の脇をすり抜ける。 「じゃあ、明日な。」 「待って進藤。今から少し時間を取れないか?」 「今からって風呂出てから?」 「ああ。」 オレは会話してても真面に塔矢を見ることができなかった。 だからあまり考えもせず受けちまっていた。 「わかった。外で待ってる。」 温泉を上がったところで浴衣姿のオジさんたちが碁を楽しんでいた。 オレと塔矢の対局を観戦しに来た団体客だ。 オレがその1局を覗き込むとすぐに『進藤先生!!』と手を止められた。 「あの、対局中なのに声かけてしまってすみません。 よかったら今からオレと打ちませんか?」 「ええ、進藤先生が?そりゃワシ等は光栄だけど。」 戸惑いがちに顔を見合わせる二人にオレは頭を掻いた。 「あはは、そんなに固くならなくていいよ。明日の最終戦の前に 頭からっぽにしておきたくて声かけたんだ。」 「なんじゃ、わしらでよかったら。」 そういうと傍で観戦していた客が「オレも」「オレも」と詰めかけてきた。 「ああ、もう何人でも相手するよ。置石も何個置いてもいいぜ。」 結局旅館から碁盤を借りてきて7面打ちすることになった。 浴衣を袖を捲し上げるとオレは断然楽しくなった。 あまりに楽しすぎて調子にのっていたら、いつの間にか風呂から上がってきた 塔矢も観戦していた。 「随分楽しそうなことやってるな、進藤。僕も加えてくれないか?」 『塔矢本因坊も?』『ひょっとして明日の前哨戦か?』 塔矢の登場でますますギャラリーが増え、歓声が沸いた。 「ひょっとしてお前もオレに指導碁して欲しいのか?」 お客さんからどっと笑いが漏れた。 「違うよ。」 塔矢はいたずらっぽくほほ笑えむとオレの立ち位置に割り込んできた。 「ええっ?」 「この後の碁は僕が引き受ける。」 「塔矢。ずるいぞ。」 抗議したが聞く耳などなさそうだった。 でも塔矢がすごく楽しそうに打つので俺はそのまま譲ってしまった。 こんな風に塔矢と何気なく接することが出来るようになったのはつい最近のことだ。 わだかまりが消えたわけでも、想いがなくなったわけでもない。 けど・・オレは少なくともこの状況を受け入れてる。 これで良いんだって思ってる。 今みたいに時々心の奥で燻る想いを感じることがあっても。 7人すべての対局が終わるとおじさんたちは大満足そうだった。 オレたちの今までの健闘と明日の対局を応援してくれた。 この棋戦も明日で決まる。 オレは苦笑した。 「お前も相変わらずだよな?」 「僕も明日の君との対局を前に頭をからっぽにして置きたかったんだ。」 オレがさっきオジさんたちに言ったことを塔矢は聞いていたのだろう。 オレの言ったことを引き合いに出されてオレは盛大に溜息をついた。 「それで、オレに何の用事だよ。まさかこれから1局なんて言わねえよな?」。」 呆れたように言ってやった。 「まさか・・・」 塔矢がそういった後、少しの沈黙が流れた。 「明日対局が終わってからでいい。時間を取れないか。」 「残念だけど明日の対局が終わったら東京に帰る前に寄りたい所があってさ。」 塔矢の表情が曇る。 俺は苦笑いすると、でも・・・と言葉を続けた。 「塔矢、お前明日の対局後から明後日の予定ってどうなってる?」 「明日の対局が終わった後の3日間は特に予定は・・・。」 多忙の塔矢にしては珍しいなと思った。 「じゃあ、よかったら明日俺に付き合わねえ?」 「構わないけど。泊まりになるのか?」 明日の対局は少なくとも夕刻まではかかる。そのままどこかに立ち寄るとしても 泊まりになることを塔矢は察したようだった。 「あはは、」 オレは誤魔化すように笑った。 「内緒。明日の対局を終えた後にな。」 「気になるじゃないか」 オレはそれに後ろ手で手を振った。 とにかく明日の決戦でオレは塔矢に勝つ。絶対に。 それからだ。 8話へ
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