白と黒5

 



オレは苦虫を噛んだように顔をしかめた。盤面にもうオレの生きはない。

「負けました。」

頭を下げた瞬間、どうして負けちまったのかそれさえわからない気がした。
そもそもオレはこいつに勝てるのか?
気持ちですでに負けていたようでオレはぎゅっと唇を噛んだ。

1次リーグ最終戦には記者も来ていたが、軽く会釈だけをして通り過ぎた。
人と顔を合わのを避けるため速足で階段を駆け下りた。

1階でちょうどエレベーターから降りてきた和谷と鉢合わせた。

「よお、進藤、塔矢との対局は終わったのか?」

オレの顔を見た和谷は苦笑いを浮かべた。

「・・・聞かなかった方がよかったみてえだな。」

オレはふっと長い溜息を吐くと今まで張っていた力を落とした。

「なあ、和谷これから時間ある?オレに付き合えねえ。」

「構わねえけど、碁を打つのか?」

「いや、」

オレは首を振った。

「ゲーセン・・。久しぶりだろ?」

「そうだな。いいぜ。」

和谷は快く付き合ってくれた。





格闘ゲー、カーチェイスに
コインゲーム。
エアホッケーで汗を掻いた。

夢中で騒いであそんだ。
でも心の中ではどこか虚しさも感じていた。



「和谷、ありがとうな。」

「なんだよ。急に気持ち悪いな。」

「別に礼言っただけじゃねえか。」

「しおらしい進藤なんてらしくねえんだよ。
気分転換になったならさ、次は伊角さんや塔矢も誘ってこようぜ。」

「えええ?伊角さんはともかく、塔矢はこんなガチャガチャしたところは
嫌がるぜ?」

「だからいいんだろ。あいつはゲームなんてしねえだろうから凹してやるんだよ。」

オレは苦笑した。塔矢がゲームする姿なんて想像できなかった。
まして負けて凹む塔矢なんてなおさらだ。

「そうだ。和谷腹減らねえ?ゲーセン付き合ってもらったしオレ奢るぜ。」

「いいのか?」

「もちろん、付き合えよ。」

「だったら高えもんにしようかな。」

勿体ぶる和谷にオレは声を高くした。

「ああ、もう何でも奢ってやるよ。」





そうは言ったものの和谷がリクエストしたのはいつものバーガーショップで、
結局いつものメニューだった。


「なあ進藤どうかしたのか?」

「どうかって?」

「いやオレの勘違いならいいんだけどさ。ただ塔矢に負けたうっぷんって
感じじゃねえなって思ってさ。」

和谷は本当に勘がいいというか洞察力があるんだなって思う。

「オレの勘違いならいいんだけど・・・。」

もう1度そういった和谷にオレは苦笑した。

「いや、和谷が言ってること結構当たってる。」

「塔矢に負けたことだけじゃねえのか?」

「そうだな・・・。」

オレは言葉を選んだ。

「今日だけじゃねえんだ。オレ。プライベートでも公式戦でもあいつに最近
勝てねえんだ。」

「そういうことだってあるだろう。碁の相性って結構あるぜ。
オレは今のお前の調子が悪いなんて
思えねえしな。でなきゃ、たかだか2段のお前が名人戦1次リーグの最終戦にまで
行かねえだろ。」

「そういうんじゃないんだ。うまく言えねえんだけど・・・。あいつを好きになっちまったから
勝てなくなっちまったんじゃねえかって・・・そんな気がする。」

「ライバルとして見られなくなったてことか?」

「負けたくねえし、ライバルだって思ってるさ。けど・・・なんかうまく言えねえけど、」

「負けたくねえって思うほど勝てねえ。空回りしてる?」

言い当てた和谷の言葉にオレはただ頷いた。
和谷は目の前のドリンクの残りを飲み干すと言った。



「言いたくなかったんだけどな、3か月ほど前にお前らと打ったペア碁あったろ?
あの時オレたち・・・伊角さんもお前らに完敗したって思ったんだぜ。
とくにお前の碁はすげえと思った。それに応える塔矢も塔矢だって思ったけどな、
まるでネットのsaiがお前に降臨したのかって思ったぐらいだった。」

オレは笑った。

「なんだよ。ネットの佐為の降臨って。」

「本当にそう思うぐらい強かったんだよ。」

あの碁は塔矢だって佐為を感じたと言ってくれた。
それがどれほどの褒め言葉だったか。
けど、今のオレは、あいつの期待に応えていない。

まるで打つごとに失望していく塔矢を感じるようだった。

「オレ、あいつと別れようと思う。」

「それ・・本気で言ってるのか?」

「当たり前だろ。オレはあいつとライバルでいたい。生涯のライバルでいたいんだ。
恋人じゃライバルになれねえんだよ。」

和谷はしばし考えこんでから口を開いた。

「お前の言い分はわかった。けどオレは認めねえぜ。」

「何を?」

「恋人だからライバルになれないってことだよ。」

オレは頷いた。オレと塔矢が出来なかったことを和谷と伊角さんなら淘汰するかも
しれない。

「そうだな、和谷と伊角さんは貫いて欲しい。」

「ああ、」

力強くそういった後、和谷はいったん口をつぐんだ。



「進藤、もしお前がこの先塔矢に肩を並べられるようになったら。
その時まだお互いに想いがあるならやり直してもいいと思うか?」

「思わねえよ。」

即答だった。あいつとはずっと、ずっとたぶんそのままだろう。
求めたらオレはまた駄目になっちまうだろう。
それぐらいなら生涯のライバルでありたいと思う。ずっとあいつと碁盤を挟んで
上を遥かなる高みを目指して。

心の中ではどんなに想っても。

「わかったよ。オレはずっと進藤の味方だからな。ってオレもお前と
ライバルだけどな。」

慌てて付け加えた和谷にオレは笑った。

「ああ、当然だ。」

そういったオレにはもう迷いはなかった。




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なかなか進まないので無理やりお話を進めました(汗;)相変わらずの言葉足らずで申し訳
ないです。






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