白と黒2

 



「今日は4人だから気兼ねいらねえな。」

和谷はオレと塔矢の顔を見比べて笑った。オレと塔矢が喧嘩してるなんて和谷は
しらないのだろう。

まさか塔矢がここに来るとは思っていなかったオレにとっては
予想外だったしまだ動揺してる。
塔矢が何を考えているのかわからない。
溜息をつくオレを伊角はちらっと見るとある提案をした。


「今日はペア碁をやってみないか。」

「ええ?普通でいいだろう。」

「ペア碁は相手の思考を考えないといけないだろう。それに自分が思いつかない手も使ってくるから勉強になると思うんだ。」

伊角の提案の思惑は見て取れるようだった。

「まあ悪くはないよな。」

和谷にも賛同されてオレは仕方なしに塔矢を見た。

「確かに面白そうだね。」

塔矢まで?
うなだれるオレに和谷が苦笑した。

「進藤、どうしたんだ?今日なんか変だぜ?」

「変じゃねえよ。」

語気を高めると伊角が笑った。

「塔矢がいるから、てんぱってるんだよ。」

顔がぼっと赤くなった。

「そんなんじゃないって。」


先ほど伊角さんに相談なんてしなけりゃよかったと思った。
とはいえこれが伊角さんなりの気遣いなのかもしれない。

「だったらいいだろう?」

和谷に念を押されてしょうがなくうなづいた。

「ああ。」

もうどうにでもなれって感じだ。

「う~ん、けど、ペア碁するなら3人とも組んでみてえよな。」

「そうだな。最初はオレと和谷、塔矢と進藤のペアでいいだろう?」

「おっ、それいいな。この二人には負けられねえっていうか。」

意味ありげに言った和谷にいささかうんざりしたが塔矢は笑っていた。

「受けて立ちますよ。」

涼しい顔でそういった塔矢に即されてオレは塔矢の隣に座った。
握ったのは塔矢。オレたちが黒だった。






対局は3時間も費やした。
終わった時に和谷は大きく背伸びした。

「持ち時間決めておくべきだったな。」

「ああでもいい勉強になった。」

「に、しても塔矢、進藤すげえよ。」

「うん、読みが深くて・・・って進藤?」

対局が終わってもオレはオレの意識は碁盤に向いていた。

「進藤?」

隣にいた塔矢に話しかけられてオレはようやく我に返った。

「えっ?ああ、終局だな。」

そう言って立ち上がろうとして足のしびれを始めて感じた。

「痛え、足しびれた。」

どっと笑いが起きる。
ひとしきり笑った後、伊角が立ち上がった。

「疲れたから一息入れよう。お茶でも入れてくるよ。」

それと同時に和谷も立ち上がる。

「もう7時とっくに回ってるじゃねえか。PC立ち上げねえと。」

「ネット対抗戦だっけ?」

「ああ、そう、森下先生と一柳先生の対局。って終わっちまってるかも。」

ネット対抗戦は5時から行われる予定になっていた。

最近はPCが普及して、ネット対抗戦のような棋戦がたくさん増えた。
確かにこれだと海外のプロとも簡単に対局できるし観戦するのも容易だ。

だが顔を合わせない分機械的になったり、観戦者から過度な中傷が入ることも
ある。いいことばかり・・とも言い難い。

PCを立ち上げた和谷が大きく溜息をついた。

「あちゃー終わってるなあ、」

伊角さんと塔矢がPCを覗き込んだ。

「それで、どっちが勝ったんだ。」

「森下先生が勝ち上がってる。」

オレも立ち上がった。

「森下先生パソコンは苦手って言ってたけどすっかり慣れたよな。」

「そうそう、最初の頃はネット戦の練習に付き合えって言われてさ。
同じ部屋でPC2台並べて打ったんだよ。オレの打つ手にいちいち怒鳴ったり
クリックミスして怒り出したり大変だったんだ。」

しみじみ話す和谷に塔矢が苦笑した。

「父も最初の頃は慣れないパソコンに四苦八苦してましたよ。今でこそ僕とも
よくネット碁で打つようになったけど・・・。」



その時棋譜をマウスで追っていた和谷の手が止まった。
画面を見ていた塔矢の表情も変わった。
ネット碁をしない伊角だけがその状況を理解できなかったようだ。


「どうかしたのか?」

「ネットにsai・・・がいる?!」

和谷の声は興奮で震えていた。


佐為・・・ドクンとオレの心音が跳ね上がった。



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