白と黒3

 



佐為・・?

そんなはずない。
でも・・。もし・・・。

オレに見えなくなっただけで現世にいるんだとしたら、あいつのことだ。
オレに存在を教えるためにネット碁で所在を知らせようとするんじゃ・・・。

カチャ、カチャっと機械的な碁石を打つ音だけがしばらく鳴り響く。
オレは画面を見ることができなかった。

数手後和谷が溜息をついた。

「こいつニセもんだな。」

「そうだね。」

ふっとオレの中から力が落ちていくようだった。
いるわけがないじゃないか・・・。

わかっていたことだったのに落胆を隠せずうつむいた。
できればここから出ていきたい。

「進藤どうかしたのか?」

「あっいや、なんでもねえよ。」

取り繕うように笑おうとした。

「だったらいいんだけど、お前今日なんかずっと変だからさ。塔矢もそう
思わねえ?」

「ああ。まあ、少しぼっとしてるかも。でも
今日の進藤の碁は冴えていましたよ。それこそネットのsaiのように、」

びくっとして塔矢を見た。
けれど目が合った瞬間心を射抜かれるようでオレは視線を逸らした。

「おっそれ、オレも思った。
進藤に前にも言ったことがあるんだ。
お前いつかネットのsaiみてえに強くなるかもなって。あんときは正直負け惜しみも
あったんだけどな。」

オレはかろうじて頷いた。震えていたかもしれない。
佐為の話題が出るのはうれしい。あいつがオレの中だけじゃなく生きてるってことだから。
でも、胸の奥が痛む。

「和谷くんはsaiと打ったことがあるの?」

「ああ、あるぜ。」

得意げに答えると和谷は保存していた過去譜を取り出した。

「これだ。」

塔矢と伊角はそれを覗きこむ。

「和谷、これ手順はでないのか?」

「もちろん出るよ。」

そういいながら和谷が溜息をついた。

「伊角さんもちっとはネット碁に慣れろよな。」

初手からマウスでクリックしながら和谷は自身の甘い手に苦笑した。

「あっとでもこれオレが院生の時のだから。」

この時の棋譜をオレは覚えてる。

「ここでオレが投了だ。」

和谷は負けたのになぜか誇らしげだった。

「強いな。」

しみじみと言った伊角に和谷が言い返した。

「そりゃな。ネット最強伝説って言われてるぐれえだしな。saiには当然黒星も
ないんだぜ。
だからさっきみたいなニセsaiに名前を語られるのは許せねえんだよ。
そういや進藤はsaiを見たことがあるらしいんだ。だよな?」

それにいち早く反応したのは塔矢だった。

「そうなの?」

「えっ?ああ。」

オレは以前の自分の失言を思い出しうなだれた。

「見たっていうかたまたま通りがかりにな。それも後ろ姿だけだったし
覚えてねえよ。」

「どういう状況だったの?」

塔矢の詮索は続いた。

「ネットカフェでネット碁を打ってる人がいたから気になって覗いたんだ。
そしたら相手がゼルダってハンドルネームで、投了した後でさ。
後でゼルダは和谷だったってことを知ったんだけどな。」

「なっ。saiは誰なのか知る人はいねえのに、勿体ねえっていうかさ。」

興奮気味に語る和谷に伊角が首をかしげた。

「でもこれだけ打つんだ。プロ棋士の誰かじゃないのか?」

「オレもはじめはそう思ったんだけどな。saiがネットに現れたのは夏休みが始まったころ
だったんだ。 それも毎日午前中の同じ時間に来てた。そんな時間に忙しいプロが
ネットにいるなんてありえねえだろ?」

「だったら海外の棋士とか?」

「日本からログインされてる。国名も日本だし。
これはオレの推測だけどsaiは子供じゃないかって。」

「子供・・・?」


「ああ。オレと打った後、向こうからチャットが来たんだ。『オレ強いだろ』
って。そんなこと普通大人は言わねえよなぁ~って、」

塔矢は興味深そうにその話を和谷から聞いていた。
また詮索されるかもしれない。

「だから最初進藤が院生になった時進藤がsaiじゃねえかって思ったんだよ。
オレとsaiがネットで打ってたことも知ってたし。
流石にあの頃の進藤の碁はsaiの碁とは違いすぎてその線はないなって思った
んだけど。」

苦笑いした和谷にオレは溜息をついた。

「オレがsaiじゃなくて残念だったな。」

「はは、お前がsaiの弟子なんじゃないかって言う線は消えなかった
んだけどな。saiが表に出てこられない理由があるなら隠さねえといけねえだろ。」

そう言ってから和谷はPC画面の前でさみしそうに笑った。

「けど、あの塔矢先生との対局から姿を現さねえんだよな。」

「ああ、あれから1年。saiはネットに姿を現していない。」

「そういえば、塔矢、あの時saiと名人が打ったのはたまたまなのか?約束を取り付けて
たんじゃねえのか?」

「たまたま、偶然だったと父は言ってたよ。」

名人はオレのことを他言なんてしない。だからこそ塔矢も緒方さんも
オレに絡むんだろうが・・・。

「たまたま偶然・・・?それであんなすげえ棋譜が生まれるんだな。」

和谷にも疑問が残ったのかもいれない。





佐為の話題はそこまでだった。

その後結局遅くなったからと塔矢が帰るというのでオレも一緒に退出することにした。
本当は一緒に出たくはなかったが和谷の部屋に残るにもタイミングが悪かった。


並んで歩くことができず塔矢の少し後を歩いた。二人とも何も話すことができなかった。
人気のない公園の前で塔矢は足を止めた。


「進藤、二駅ほど歩かないか?」

ここから地下鉄で二駅。それは塔矢のマンションがある部屋を表していた。

「ごめん。オレ今日はもう帰りたいんだ。」

一人になりたい。そう思った。心の中はくしゃくしゃでもうオレを保てそうになかった。

「今君を一人にしたくないんだ。」

心臓がドクンとなった。どうしてこいつは今ここでこんなことをいうんだろう。
オレはぐっと歯を食いしばった。



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こんなところで次回にお持ち越しになってすみません(滝汗;)
続きをどうもって行こうか迷ったんで次回までの宿題にさせてください。
                                        緋色






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