その日の夜5

 


朝オレが目を覚ました時には塔矢の布団はすでに片付けられていた。

あの後、どうしても隣で寝ていた塔矢を意識しちまって寝付けたのは朝方で
いつ塔矢が起きたのか全く気づかなかった。


『昨夜のこと夢じゃねえよな?』

布団を畳み、着替えをしながらオレはどうやってこれから塔矢と接すればいいのか
まだぼんやりする頭で考えた。

普段どおり接すればいいんだよ?普段どおり・・・。

だが、冷静さを保とうとすると邪心がちらつく。
昨夜オレ塔矢にキスされたんだ・・・。

触れたのはホンの一瞬だった。
けど生暖かくて塔矢の息を感じた。

その瞬間ボッと体中に熱が放たれた。

「な、オレのバカ、なにやってんだよ。」

恥ずかしくなって大きな独り言をつぶやいた。
大体昨夜から考えても堂々巡りでどうしようもない事ばかりが頭の中で巡ってる。



考え事をしていたら突然部屋の扉が開いた。
それにオレは飛び上がるほど驚いた。全く気配もなかった。

「おはよう。進藤どうかした?」

「えっ?ああ、いや、」

バクバクと音を立てる心臓をオレは抑えた。
オレの独り言を聞かれたかもしれない。
それよりも塔矢の顔がまともに見られない。

「塔矢、布団どうすればいい?」

「そのままでいいよ。後は僕がする。」

塔矢が布団を片付ける間、オレは着替えが済んでてよかった、などとどうでも
いいことを考えていた。

そうして盛大にため息をついた。
駄目だ。
考えないでいようとしても勝手に意識しちまう。

「お前時間は大丈夫なのか?」

「研究会は10時からだからまだ大丈夫だよ。」

時計は8時を回った所だった。
塔矢はそう言ったが棋院なら少し急いだ方がいいのかもしれない。
今だってオレを起こしに上がってきたんだろうし。


「進藤、ご飯できてる。食べて行くだろう?」

「お前が作ったの?」

オレが驚くと塔矢は照れくさそうに笑った。

「一人暮らしだからね。とはいっても簡単なものだし有り合わせだよ。」

「食べる。食べる。オレ腹減ったし。」

1階に下りると味噌汁の匂いが漏れていた。

塔矢が給仕する間もなかなか間が持たなかった。
オレも手伝ったのだが、会話がぎこちなく感じる。

塔矢に変に思われてないだろうか?

塔矢は簡単な有り合わせと言ったが朝ごはんは魚に卵に味噌汁と典型的な
日本人の朝ご飯で。塔矢ってやっぱりすごいと思う。
もしオレが一人暮らしだったら出来合いのものや、パンで済ませちまうだろう。



「美味しいぜ。」

「よかった。君の口に合わなかったらどうしようかと思ってたんだ。」

オレは首を横に振った。

「お前、家庭科も得意だったろう?」

そこには少し嫌味も含まれてた。囲碁だけじゃない。勉強だって運動だって
塔矢はかなりできたに違いない。でなきゃ、海王なんて通ってない。

オレは料理もそうだが、どうにも不器用で縫ったりするのも苦手だった。

「いや、普通だと思うよ。ただ一人暮らしすると自分でやらないと
いけない事があるからするようになっただけのことで、」

塔矢に言われてオレは気づいた。

「じゃあお前、料理だけじゃなく、洗濯や掃除もやってるのか?」

「誰もしてくれないからね。」

「そっか〜。一人暮らしって気ままでいいなって思ったけどそうでもないんだな。
和谷だってめんどくせえ〜っていつも言ってるし。」

「和谷くん一人暮らしなの?」

「ま、いちような。けどすげえ狭いボロ部屋が一つなのに。掃除もあんましねえし。
洗濯物もそのままの時あるぜ。流石に昨日は片付けてたけど、お前とは違うよな。」

そんなことを和谷の前で言ったら「悪かったな」って怒鳴られることは
間違いないだろう。

「僕も一人だし、洗濯や掃除はまあいいかって思うことはあるよ。この家は僕一人
じゃ広いし。」

塔矢はそういうと食卓をたった。

「でも昨夜のように君が突然訪ねてくれることもある。」

「悪かったな。」

「悪くないよ。嬉しかった。」


普段の会話が空気がその一言で少し変わった気がした。
オレは照れくさくなって下をむいた。

塔矢はそのまま食器を片付け始めてオレは慌てて残っていた飯をかき込んだ。







オレが朝飯を食べ終えた直後電話がなった。

塔矢が取りに行ったのでその間にオレも片付け始める。
電話の相手は塔矢門下生のようだった。

『おはようございます。
研究会?はい、大丈夫です。少し遅れるかもしれませんが・・・。
進藤が来ていて。
・・・・今日は一人で・・・。』

塔矢の会話から相手はオレの知ってる人らしかった。


『行けないそうですよ・・・僕も誘ったんですが。・・・・。はい、伝えます。』


最後の語尾だけ震えていたような気がした。
そこで塔矢が受話器を置いた。


「オレの知ってる人?」

塔矢は小さくため息をついた。

「緒方さんだよ。」

「緒方先生!?」

オレが大げさに驚いたので塔矢が笑った。

「君は緒方さんが苦手なの?」

「苦手つうか・・・。」

正直苦手かもしれない。

佐為との一件以来何かと緒方先生はオレに絡んでくることが多かった。
そう一緒に仕事をする機会が今はないからいいものの。

でも先生には本当に申し訳ないって思ってる。
今、佐為のことを話すわけにはいかねえんだ。
オレが佐為に追いつくまでは。

それはここにいる塔矢もなのだが。


言葉を濁したオレに塔矢は何か察したようだった。

「緒方さんが進藤がそこにいるなら研究会につれて来い」って言ってたよ。』

「昨日断わったろ。」

「わかってる。緒方さんにはそう伝えておいた。」

それと・・・塔矢はそう前置きしてから少し困ったように言った。

「君に・・・『そんなにオレを怖がるなっ。取って食いはしない。』って
伝えとけって。」

塔矢が先生の口調を真似て言ったが胸がドキンとしたし、熱くなった。
塔矢が言うと洒落になっていない。塔矢もわかって先生の口調を真似たんだろうが。
オレはカラカラと乾いた笑みで誤魔化した。

「なんだよ。それ、オレが緒方先生怖がってるみたいじゃねえか。」



塔矢が出かける準備を始めたので俺も慌てて荷物を背負った。
玄関先で前にいた塔矢が立ち止まって振り返った。

一瞬の躊躇のあと塔矢が言った。

「進藤、また来てくれないだろうか?」

その一言で昨日のことが夢でもなんでもなかったんだって改めて言われたような
気がした。

「ああ。いいぜ。来週末だったらオレ特に用事ねえけどお前は?」」

「土曜日だったら僕も大丈夫だよ。」

平素を保ちながらも胸はドクドク言ってる。塔矢だってそうなのかもしれない。
少し声が震えていた気がした。

「だったらさ。今度こそ徹夜の碁な?」

それに塔矢がぷっと吹いた。

「しょうがないな。」




その後塔矢が玄関を開けた手が止まった。
オレは不審に思い塔矢の視線の先を追った

ド派手な車が家の前に止まっていた。

「緒方さん?」

塔矢が呼んだ名にオレは不信感を表した。

「なんで?あの車、緒方先生のなのか?」

半信半疑のまま車を見ると扉が開いて緒方を降りてきた。

「よお。二人ともおはよう。」





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あとがき


こんな所ですが序章の『その日の夜』はここまでになります。
この続きは『交差点』へと続きます。

ブログにも書きましたがこのお話は8年前に一度仕上がった「白と黒」という
長編を書き直しています。以前書いたものはあまりに文章もお話も幼いというか未熟
で、すぐにお蔵入りしてしまったので読まれた方は少ないのではないかと思います。

もし以前の白と黒を覚えていらっしゃる方がおられましたら、
今も私のお話に付き合って頂いてることに感謝です。

それにしても『その日の夜』4話と5話、以前のお話の中ではすでにアキラとヒカル、
ヤっちゃってたんですよ(爆)
いやあ、もうそれはいくらなんでも展開が早え!!っというぐらいの勢いで(苦笑;)

色々心の中で8年前の私に突っ込みながら、4話と5話は1から書き直しました(笑;)
1,2、3話はそのまま以前の文章を使った所もあります。

少なくても8年前よりは完成度の高い、サイトに自信もって保管できるお話を書きたい
と思っています。頑張りますので気長に付き合ってもらえたら嬉しいデス。




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