その日の夜4

 


軽く触れて離れた塔矢の表情は暗闇でも翳ったのがわかった。
まるでもう明日さえなくしてしまったように沈み込んでいた。

「すまなかった。忘れてくれないか、」

「塔矢、それって・・・。」

先ほどから胸がドクンと大きく波打ってる。

「失態だった。僕は君のことがずっと・・・。」

塔矢が『好きだった。』とつぶやいた瞬間ズドンとオレの中に何かが落ちたようだった。
信じられなかった。塔矢がオレを好きだなんて。

「けど、なんでお前そんなに沈んでんだ?」

塔矢は自笑するように笑った。

「君と僕は男同士だ。僕の気持ちを君が受け入れるはずない。」

オレはそれに怒鳴ってた。

「何勝手に決めてんだよ。男とか女なんてそんなのただの器だろ?」

塔矢はそう言ったオレにひどく驚いていたようだった。
実際オレだって驚いていた。
そもそも『カラダは器』っていうのは佐為からの受け売りだ。
でもオレ自身の気持ちを勝手に決めつけられるのも嫌だった。




オレはいつだったか佐為と話したことを思い出していた。

『ヒカルは塔矢くんが好きなのではないですか?』

『気持ち悪いこと言うなよ。あいつもオレも男なんだぜ。
そんなのあるわけねえだろう。』

取り合わなかったオレに佐為は目を丸くしていた。

『ヒカル、人を好きになるのに男も女もないでしょう。男か女なんて魂の器にすぎないの
ですから。
平安の世も江戸時代もそんなことに縛られず自由に恋愛していましたが。
現世は違うのですか?』

そう佐為に聞き返されてヒカルはあの時ひどく困ったのだ。

『そういう人もいるけど・・・。偏見っていうか今の時代にはそういうのがあるんだよ。』

『現世は色々と便利になりましたが、良いことばかりでもないですね。』



その話題はそれで終わったけれど、オレは和谷から伊角さんとの話を聞いた時も
そういったのだ。

『好きになるって自然なことだろう。オレはそんなの気にしないぜ』って。

佐為とのあの時の会話がなければ、和谷や伊角さんのことも、塔矢の告白もこんなに
素直に受け入れられなかったかもしれない。




塔矢は推し測るようにオレを見た。

「それじゃあ君は僕の気持ちを受け入れてくれるのか?」

そういうことになるのか?ってオレは急に自分の言ったことの意味を
考えた。

「いや、まあ、それは・・・。いきなりですぐに返事出来ねえけど、ちゃんと考える。
お前が真剣なのはわかるからオレも真剣に考えて・・・。」

「期待してもいい?」

塔矢の表情が揺れる。

「それは・・・オレもまだよくわかんねえっていうか・・・。」

しどろもどろになると塔矢が苦笑した。
和らいだ塔矢の表情にオレは安心したと同時に落ち着かなくなる。

内心オレの頭の中はごちゃごちゃで、冷静と言えたものではなかった。
『塔矢がオレを好きだった?』
改めて考えるても恥ずかしいような照れくさいような気分だった。

しかもキスまでされて、今しがたのことを思い出しただけでヒカルは茹蛸に
なるぐらい顔が赤くなりそうだった。

そんなオレに塔矢はもたれこむように頭をもたげてきた。
塔矢の髪がかかるほどに距離が近い。またキスされてしまうのかとオレは
どぎまぎした。


「すまない。」

「なんで謝るんだよ。」

オレは照れ隠しにそういった。

「少し気が抜けてしまった。」

それはわかる気がした。『好きだ』なんて告白するのは勇気がいることだと思う。
相手に嫌われたら、受け入れてもらえなかったら・・・。まして俺たち男だし。
塔矢はずっと一人で抱えてきたのだろう。

そう思うと俺は自然と塔矢の肩を抱いていた。

「お前ってなんか。」

ほっとけない・・・心のつぶやきをオレは声にすることができなかった。

「何・・?」

聞き返されて言葉に詰まってオレは塔矢の肩から手を離した。
その瞬間ながれた沈黙にオレは焦った。

「ほら、塔矢もう寝ようぜ。お前明日仕事なんだろ?」

気恥ずかしさで塔矢にくるりと背を向けた。心臓がバクバクなってる。

「そうだね。」

逆に塔矢の方は随分落ち着いた気がして自分だけが意識して
浮いてるような気がした。



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