白と黒 交差点14 新しい年を迎えた元旦。 オレは久しぶりに家族でまったりした時間を過ごしてる。 塔矢とはあれから個人的には会っていない。 先生が帰ってきていると聞いていたし連絡を取るのもなんだか気が引けた。 塔矢の話では先生は年が明ければまたすぐに中国へと向かうそうだ。 塔矢だって今ぐらい両親と一緒でいいと思う。 ぼうっ~とTVを見ていたオレに母さんがオレの年賀状を渡してきた。 渡された年賀状をめくりながらオレは一つの写真で手を止めた。 週刊囲碁の天野さんからの年賀状。 新初段の時に塔矢名人と並んで取った写真と一言のメッセージ。 進藤くん初心を忘れずに・・・、新しい風を期待しているよ。 オレはぐっと湧き上がってきたものに拳を作って抑えた。 それでも駄目で年賀状を抱えたまま立ち上がった。 「ヒカルどうかした?」 「なんでもない。」 そういうのがやっとだった。リビングを退室して自室に入るとバタンと後ろ手で 戸を閉めた。 写真には写ってはいない。 だけどあの日写真を撮ったとき佐為は名人の隣に立っていた。 『お前が写ってたらどうするんだよ。オレの記念すべき第一局が心霊写真なんて 洒落になんねえだろ!!』 口を尖らせると佐為は笑った。 「いいですよ。心霊写真でもここにいるんですから。」 どんな形であろうともそこに写っていたらよかったのにって今なら思う。 佐為が消えて日がたつにつれ、それが幻であったような錯覚にみまわれる時がある。 そんな時オレは佐為との思い出を必死で拾い集め叫ぶ。 『佐為は居たんだって。』 佐為が写っている年賀状の写真。 見えなくても俺にはそこに佐為が笑ってる。 天野さんの年賀状の次は塔矢の年賀状だった。 『オレ塔矢に年賀状送ってなかった。』 なんとなく何を書いてよいのかわからなくて書けなかったんだ。 裏返すと端正な文字で年賀の挨拶に簡素な一言が添えられていた 『二日の16時に碁会所で待ってる。』 それだけだった。 こっちの都合も聞かずにいきなり約束を取り付けてくるあたり塔矢らしいといえば らしい。 天野さんと塔矢の年賀状を見比べた。 塔矢が最初に好きになったのはひょっとするとオレじゃなくて佐為だったかもしれない。 実際あいつは出会ったころからオレのことが好きだったと思うと言っていた。 それは正直悔しい。 今だって本当はオレを佐為と思い込んでいるのかもしれないし、オレを通じて佐為を みている可能性だってある。 でもあいつは追ってきたオレだって認めてくれた。 佐為と出会わなければ囲碁も知らなくて、一生塔矢とも接点なんてない道を歩いたろう。 そしたら今もただ何となく生きていたんだろうな。 そして佐為が消えることもなかったかもしれない。 けど、必然だったんだ。それは・・・。 色々な想いが溢れてきて頭の中がこんがらがって胸が潰れそうになる。 葉書に涙が落ちて慌てて俺は葉書を拭いた。 前だけ見て歩いていければいいのに、時々振り返ってしまうことがある。 振り返らずにいられないんだ。 『佐為?』 いるはずのない佐為に声を掛けると自室の扉が開いた。 部屋を飛び出したオレを心配して母さんが追ってきたんだ。 「ヒカルあんた急にどうかしたの??」 「いや、何でもねえよ。」 気づかれないように鼻をすすった。 「そう?だったらいいんだけど。 おじいちゃんから電話があってね。たまには来いって。」 ああ、そうだなってオレは思う。 「うん、たまにはじいちゃんとも碁を打たなきゃな。」 「そうそう、あんたプロの棋士で仕事もしてるんだから おじいちゃんからお年玉もらっちゃ駄目よ。」 「オレの方がじいちゃんにお年玉渡さなきゃだよな?」 「そんなのはいいわよ。お祖父ちゃんだってそんなの期待してないし。 あんたが頑張ってるのが何よりの楽しみなんだから。」 「ああ。うん、わかってる。」 毎週週刊碁や囲碁雑誌を購読してくれている祖父ちゃんはオレが不戦敗の時のことを 知っていたはずだった。 それでも何もオレに言わなかった。 祖父ちゃんだって待ってくれてたんだ。 年明け一番の対局が祖父ちゃんっていうのも悪くない。 新年早々あいつの宿っていた碁盤に向かってオレは元気だぜって報告してやろう。 オレはあふれ出した涙を拭いて立ち上がった。 『いつかきっとお前を越してやるからな。』 塔矢と約束を交わした二日は朝からとにかく寒い日だった。 その日は森下門下の新年会と初打ちがあって塔矢の約束(をしたわけではないが) した4時には到底碁会所に行くことは出来なかった。 暗くなって木枯らしがますます冷たくて地下鉄から逃げるように碁会所への階段を 駆け上がった。 だが、碁会所は明かりもなく、自動ドアを踏んでも開かない。 碁会所の入り口には年始の挨拶とともに休業の案内が張ってあった。 『12月29日~1月4日まで休業・・・!?」 わざわざここまで来たオレは唖然とした。 オレ塔矢の年賀状読み間違えたっけ? 何度も読み返したはずの年賀状を思い出しながら試しに自動ドアの戸を引いてみた。 扉は重たかったが、閉まってはいなかった。 「進藤?」 塔矢の声がして俺はほっとしたようなむっとしたような気分で声を荒げた。 「何だよ。お前オレを呼び出したくせに、今日碁会所が休みってなんだよ。」 碁会所に入ると奥の一角だけ電気がついていた。暖房も効いてる。 そこで塔矢は棋譜を並べてをしていたようだった。 「すまなかった。市河さん、帰省してるんだ。 それより寒かっただろう?コーヒーでも淹れようか?」 「あうん、でもオレ紅茶の方がいい。」 「わかった。」 塔矢が紅茶を入れてる間、オレはなんとなくそわそわした。 久しぶりに会った塔矢がいつもよりも柔らかい気がする。 オレがテンパッてるから余計にそう感じるのかもしれない。 碁会所だというのに落ち着かない気分のまま、オレは上着を脱いで塔矢が 棋譜打ちしていた席に座った。 しばらくして塔矢は二人分のケーキと紅茶をもってきて、オレは目の前にあった碁盤を 慌ててどかした。 「頂き物だけどどうぞ。」 「あ、ありがとう。」 意識するのも変だと思って取り繕おうとしたが声がどもってしまう。 「それよりお前、待ったんじゃねえか?年賀状に4時って書いてあったろう。」 すでに時計は6時を回っていた。 「僕が勝手に決めただけだから。年始で忙しいだろうし今日君が来なくても仕方がない と思っていた。だから来てくれて嬉しかった。」 面と向かって言われると照れくさかった。 けれど今日ここに来て良かったって思う。塔矢のことだ。ずっと待っていそうだ。 「けどなんで、電気消してたんだ?」 「つけてたらお客さんが開いてるのかって一度上がってきたんだ。それで電気も 自動扉の電源も切ったんだ。」 「そっか、ていうか何で碁会所休みなのに、わざわざここって?」 「それは君と二人で会いたいと思ったから。」 改めて言われてしまうと恥ずかしさで顔が火照ったような気がした。 「なんだよ、それ。」 照れ隠しで目をそらす。それでもオレの気持ちは隠せていない。 15話へ あとがき この後のストーリーの方向性に迷っていたらヒカルの思考もごちゃごちゃになって しまいました(苦笑)次で交差点も終わりでしょうか。問題は次の章、白と黒です。
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