交差点9

 



リビングに顔を出した進藤は顔をしかめていた。

「なんだよ。塔矢にはオレの部屋に上がってもらえって言ってたのに。」

「すまない。僕が言い出したんだ。君がいない部屋にお邪魔するのは気が引けて。」

「そんなのオレ、気にしねえって。」

アキラが座っているソファの向かいにヒカルはどかっと腰を下ろした。

「ヒカルも紅茶飲む。」

「ああ。」

進藤はまだ不貞腐れているようだった。

「母さん、塔矢に変な話しなかっただろうな。」

「変な話ってなに?あんたが困るような話なんてあるの?」

「・・別にそんなのねえけど・・。」

それにアキラは苦笑した。

「君が囲碁を始めた経緯を聞いたよ。囲碁教室に通っていたなんて知らなかった。」

「もう、そんな話したのかよ。」

進藤は露骨に顔をしかめていた。
美津子が進藤に紅茶を手渡しながら苦笑した。

「白川先生っていうプロの先生が教室をされてたんだけど、塔矢くんは知ってる?」

「もちろん白川先生は知っています。それでヒカルくんは
森下門下なんですか?」

美津子はアキラの質問にきょとんとしていた。
進藤がそれに口を挟む。

「もう囲碁の話はいいだろう。お母さんはわかんねえんだって。」

進藤はどうにも絡んでくる。

「ヒカルどうしたの?あんたなんか機嫌悪いわね。」

進藤は美津子に指摘されて罰が悪そうだった。

「すみません。白川先生は森下先生の門下なので、それでヒカルくんは森下門下生
になったのかと僕が勝手に思っただけなんです。」

「いいのよ。私も知らなかったし。白川先生は今ヒカルがお世話になってる森下先生の
お弟子さんになるわけね。」

「ええ、そうです。」

進藤はたまりかねたように立ち上がった。

「塔矢もう上がろうぜ。」

そんなに触れられたくない話題だったのだろうか?
取り合えずアキラは進藤を追いかける前に美津子に会釈をすると、美津子は
困ったように小声で言った。

「ごめんなさいね。後で夕飯が出来たら呼びに行くから。」

「すみません。また後で・・。」






進藤の部屋に入ると彼はあからさまにため息をついた。

「進藤、僕が悪いんだ。君のことが知りたくて僕が話を振ったんだ。
君のお母さんに謝ってくれないだろうか。」

「そんなのオレに直接聞けばいいだろう。」

「そう?君は何も話してはくれないじゃないか。」

アキラは語調を強めた。

「それとも話してくれるの?」

進藤をみると困ったように視線を外された。

アキラは深いため息をついた。
先ほどの美津子の話を総合的に考えても彼のことは
謎が深まるばかりだった。
何もかも知りたいと思ってしまうは恋人として欲深いことだろうか。

アキラはため息をつくと碁盤を所望した。


「進藤、君に見てもらいたい棋譜があるのだけど。」

進藤が出してきた碁盤はそれほど古くないのに傷だらけだった。
彼が毎日、毎晩使っているからだろう。
そして間違いなく進藤の右爪は今は磨り減ってる。

アキラは進藤の方に黒がいくように碁石を並べた。
真剣に見ていた進藤に途中で遮られた。

「塔矢、ちょっと待て。そこ違う。その棋譜オレが最初から並べても構わねえか?」

碁石を片付けて再度進藤が並べ始める。
改めてみると黒の攻めは見事としかいいようがなかった。

「ここで白が投了・・・。」

最後の石を置いて進藤はその石の軌跡をじっと見つめていた。

「緒方先生覚えてたんだな。」

「いや、酔っててあやふやだと言ってたよ。」

実際そのとおりで手順が違うところが数箇所あった。
それに進藤が今打った棋譜の方が遥かにいい。

「進藤、この碁は君が打ったものなのだろう?」

「そうだけど・・ってお前何がいいてえんだよ。」

「いや・・・ただ・・・。」

お互いに言葉を無くす。アキラは自分でも何が言いたいのかわからなかった。
これはsaiが打ったものではないか?その疑念があってもそれを進藤に問いただすことは
出来ない。

僕自身が「君の打つ碁が君のすべてだ」といったのだから。
思いつめていたように並べた碁石を見ていた進藤が口を開いた。

「塔矢・・・お前さ、オレのことずっと前から好きだったって言ったよな。
ずっと前っていつだよ。」

今だ石の軌跡をみつめたままの進藤の声は震えていた。
その質問にどんな意味があるのかアキラにはわからなかったが
大事なことのような気がした。


「気が付いたら君のことばかり考えていた。
おそらく初めて碁会所で出会った時からだったんじゃないかって思うよ。
初めて碁会所で打った時の君に負けた悔しさ。
中学の囲碁大会で君と打った碁の不甲斐なさへの憤りもあった。
それでも君のことが頭から離れなかったし、ずっと君を待ってた。」

そういうと進藤は顔を真っ赤に染めていた。

「でも気づいたのはもっと後なんだ。君が手合いに出てこなくなって胸がぽっかり空いて
しまったようにうずいて。僕は君を愛しるんだって気づいた。」

「ば・・・お前そんな恥ずかしいことよく平気で言えるな。」

「本当のことだから。」

ますます頬を染める進藤にアキラは笑った。

「君を抱きしめてもいいだろうか。」

「なっ・・・。」

困ったように返事を返せないでいる進藤の肩を掴んだ。

「抱きしめたいんだ。」

視線をさまよわせた進藤が小さくうなづいた。

「少しだけなら・・・。」

抱き寄せると進藤の早い心臓の音がした。
同時にアキラの心臓の音も跳ね返ってくるようだった。

今はsaiのことなどどうでもいいような気がした。
口にしていえないけれど、進藤が今ここにいることをただ確かめたかった。
もう2度とどこにも行かないで欲しい。

視線が合うとアキラはヒカルの唇を捕らえた。

貪るように奪ったキスが離れたのは美津子が階段を上がってくる気配がしたからだ。



                  
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