白と黒 交差点3 だが、だとすれば進藤ヒカル、彼が打つ碁は何を意味するというのだろう? 『進藤の打つ碁が彼のすべて。』 アキラが一度は出した結論がもろくも崩れ落ちていくようだった。 緒方はおもむろにポケットからタバコを取り出した 「進藤にsaiは何者か聞き出すことはできないか?」 「それはできません。」 咄嗟にそう答えていた。 一度問いただしたことがあったが、はぐらかされている。 あの時もっとアキラが慎重に行動していれば動かぬ証拠を突き止めること ができたかもしれなかった。 現にあの日以来、saiはネット碁から姿を消した。父とネット対局をするまで。 騒ぎになっていると聞いて進藤が止めた可能性は高い。 「なぜ?アキラくんだってsaiの正体を知りたいと思っているだろう。」 「それは・・・・。」 目を伏せたアキラをたたみかけるように緒方は言った。 「何ならオレが進藤から聞き出してやろうか。」 アキラは緒方を睨み付けた。 そんなアキラに緒方は苦笑するとタバコに火をつけた。 「アキラくんは、塔矢先生のうわさを聞いたことはあるかい?」 突然父の話になってアキラは怪訝に繭を細めた。 「お父さんの噂ですか?」 「突然の引退の理由さ。」 「ああ、あの噂・・・ですか。」 突然の引退の理由。それがあのsaiとの対局にあるというのだ。 誰ともわからぬ相手にあの塔矢行洋が負けたという噂は棋士だけじゃない ファンの間でも今だ流れてる。 あの棋譜は本当に「塔矢行洋」が打ったものなのか? そう聞かれ父は何の躊躇もなく「そうだ。」と取材に答えていた。 そしてその二人が打った棋譜はタイトル戦の棋譜をも凌駕するほど すごいものだったと、記事にした雑誌もあったほどだった。 「あの対局があった翌朝、進藤が先生の見舞いに来ていたのは知ってるだろう。 あの時、先生と進藤が話していたのをオレはたまたま聞いたんだがな。」 緒方は勿体つけるように吸い終わったタバコを灰皿に押し付けた。 アキラは喉をごくりと飲んだ。聞きたくない。だが、知りたいと思う気持ちの方が それを上回ってる。 「塔矢先生ははじめからsaiに負けたら引退する覚悟をされていた。 進藤は引退は困るって先生に泣きついてた。『オレのせいになる』ってな。 もし、先生がsaiとの再戦を望むならsaiも同じ気持ちだから引退しないで欲しいって。」 衝撃的だった。父と進藤にそんなやり取りがあったことが。 アキラは父と進藤との間に割り込めないものがあった。 進藤の新初段シリーズの対局を所望したのは父だった。 新初段での進藤の碁をアキラは理解することが出来なかった。 だがあの時父は進藤との次の対局を熱望した。 『次は何のハンデもなく打ちたい』っと。 子供のころより打ってきたアキラよりも進藤との互い戦を望んだことも 進藤をずっと待っていたアキラより先に父が割って入ってきたことも、アキラにとっては ショックだった。 だが、進藤がsaiだとすれば納得できる。 あれほどの対局はあの二人だから生まれたのだ。 「どうだい?これでもまだ進藤に聞くことはできないか?」 ぐさりと突きつけられた緒方の言葉にアキラは答えられなかった。 「緒方さんはなぜsaiにそこまでこだわるのですか?」 「それはアキラくんも同じことだろう。プロ試験初日、対局をすっぽかして saiと打っていたじゃないか。特に塔矢先生とsaiの対局を見てからはな。 強く打ちたいと思うようになった。それなのに進藤ときたら・・・。」 進藤が・・・? 緒方はアキラの反応を楽しむように笑った。 気に入らなかったが聞かずにはいられなかった。 「進藤にsaiと打たせろって迫ったんだ。まあオレはさっき言ったように泥酔い状態だった んだがな。 そしたらあいつオレで我慢してって言ったんだ。」 アキラはごくりと唾を飲み込んだ。 「進藤と対局したのはそういう経緯が?」 つまりsaiと打たせろ迫った緒方に対して進藤がその望みを叶えてやったとは 考えられないだろうか? 泥酔いした緒方には正体がバレないと進藤は判断したんじゃ? 緒方はいとも可笑しそうに笑った。 「酔いもさめたよ。進藤にここまでコケにされるとは。あいつのうち筋は明らか saiを受け継いでる。流石アキラくんがライバル視するだけのことはある。」 アキラは目の前に繰り広げられた盤上の戦いをみつめた。 この黒を打ったのが君だというのか? わからない。進藤、君が、君の何もかもが。 それでも今アキラは感じている。 緒方と進藤が打ったこの棋譜が、石の軌跡が何か特別な意味をもつことに。 交差点4話へ プロットの都合上3話ちと短くなってしまいました。すみません。
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