交差点2

 



研究会が終わった直後に芦原がアキラに声を掛けてきた。

「アキラ、今からランチ行こう〜。今日は手合いじゃないから食べるだろ?」

芦原はアキラにとって心を許せる数少ない先輩だ。それに
アキラが一人暮らしになってから芦原が何かと気を使ってくれてることも知ってる。

「芦原さん、ごめんなさい。今日はこれから予定があって一緒にランチは・・・。」

緒方も傍にいたのでアキラは言葉を慎重に選んだ。

「えええっ、そうなの?」

様子を伺っていた緒方が笑った。

「悪いな。オレの方が先客でな。」

「だったらオレも一緒に。」

そういった芦原の頭を緒方がぐりぐりと撫で回した。

「お前はちっとは気を使え。」

デートなんだから・・と冗談ぽく言った緒方に芦原がぽかんとした。

「緒方さん、そういう冗談は辞めてくれませんか?」

怒り半分、呆れ半分でアキラはため息をついた。
この人は本当に煮えない人だ。


「芦原さん、本当にごめんなさい。この埋め合わせは必ず。」

「アキラ、そんなに気を使わなくてもいいよ。でも緒方さんと二人で
大丈夫?」

それに緒方が顔をしかめた。

「芦原、お前は何を心配してるんだ?」

「だって緒方さん、この間アキラも大人になる時だって・・・。」

「芦原、お前よっぽどオレに恨みがあるらしいな・・。でもそうだな。
そういうのもアキラくんには必要かもしれないな。」


緒方のぐりぐりがますます激しくなって芦原は緒方の手から逃れた。

「もう痛いですって、緒方さん。」


何のことかわからずアキラは首をかしげたが、
おそらく一人暮らしをしだしたアキラに何かよからぬ道へひっぱりこもうという話だ。
アキラだって年頃の男子なのだから興味あるだろうと先日緒方にからかわれたのだ。

アキラはそれにため息をついた。

「緒方さん、すみませんが、僕はそういうのは苦手なので。」

もちろんこれも冗談の一つだとわかっていてアキラは言った。

「残念だな。だったらそっちは進藤を誘おうか?」

進藤を・・・。それも緒方にとってはただの冗談だったのだろうがアキラは露骨に
顔をしかめた。
流石に緒方もアキラの様子で不味いと思ったらしい。

「アキラくん、気を害したかい?進藤のこととなるとどうも過剰だな。悪かったな。」

本当に謝罪の気持ちがあるのか、どうか緒方の内面までは量れなかったが・・・。

「ほら、お前は退散しろ。」

緒方が追い出すように芦原にこつづいた。

「でもアキラが・・・。」

それでも心配なのだろう芦原は困ったように緒方とアキラの顔を見比べた。

「芦原さんありがとうございます。大丈夫です。何かあったら連絡しますから。」

ようやく立ち去った芦原に緒方は深くため息をついた。




「それで進藤の話っていうのは何ですか?」

「まあそう急くな。ランチでもしながらでいいだろう。」

「いいえ、ランチは断ります。」

芦原の誘いをことわったのに緒方のランチを受けることをアキラは出来なかった。

「まあいいか、ここ(棋院)なら碁盤もあるしな。」

そういった緒方の顔が真顔になる。先ほど冗談を言っていた時とはそれは
明らかに違っていた。

「アキラくんに見てもらいたい棋譜があるんだ。部屋にもどろう。」




先ほどまで塔矢門下生が研究、対局に使っていた部屋に戻ると
緒方はアキラと碁盤を挟んで腰を下ろした。

「残念ながら手順がはっきりしないんだがな。取り合えず何も言わず最後まで
見てくれないか。」

そう言って打ち始めた緒方の棋譜にアキラは自ずと吸い込まれて
行った気がした。




「ここでオレが投了だな」

最後に白石を置いた緒方にアキラは目を細めた。
この白が緒方さん?・・にしては碁が少し荒れている気がする。

だがそれにしても黒の見事なうちぶりにはしびれさせられる。
これでもか、これでもかと言う程に白の上を行っている。

相手は誰なのか?流行る気持ちとともにアキラはこの棋譜を打った相手を
知っていたような気がしていた。

このうち方、打ちまわしは・・・恐らく・・。sai?


「この黒は進藤だ。」

アキラの中に雷が下ちた程の衝撃だった。

「緒方さんこれを進藤といつ打ったんです?」

「今年の5月4日だったかな?あいつもオレもイベントに参加しててな。その晩にな。
このオレが泥酔いしていたといえ初段のしかもプロになったばかりのやつに中押し負け
するとは・・・。」

アキラは心の中で「違う!!」と叫んでいた。
これは、この強さは進藤のものではない。

だがそう思いながらも心の中でそれを否定する声がある。

『いやそれも違う。出会った当時の進藤の強さだ。』と。

自分の中で一度は出したはずの答え。
『なんの答えにもなってはいない』その答えが今アキラの心に葛藤と不安
となって持ち上がってくる。
『進藤は二人いる。』

アキラがずっと焦がれてきた圧倒的な進藤の強さ・・・そして強く熱望した再戦後の絶望。

それでもひたすらアキラを追ってきた彼を諦めることがアキラはできなかった。
彼をひたすら待っていた。胸が痛く狂おしくなるほどに。

アキラの驚愕に緒方もさもそうだろうというばかりに笑った。

「進藤、あいつはただのsaiの知り合いってわけではなさそうだな。」

アキラの答えに緒方も辿りついたのだろうか?

「進藤はsaiの弟子かあるいは・・・。アキラくん進藤が碁を始めたの
何年前か知ってるかい?」

アキラは首を横に振った。

「今から3年前だそうだ。」

「3年前?」

3年前といえば初めて進藤と打ったころ。確かに石を持つ手は不慣れでおおよそ初心者
としか思えないそぶりだった。
だがあの時負けたのは僕のほうだった。圧倒的な強さの前に。

「進藤のことが気になってな。少し調べたんだが、碁をはじめてわずか2年でプロになってる。
それにあいつは森下門下ってことになってるが、師弟というわけでもないらしい。だとすれば
どこで碁を覚えた?いったいどうやって強くなったんだ?おそらく表にはけしてでてこないsai
があいつに教えたんだろう。」

とりあえず緒方が佐為の弟子と結びつけたことに
安堵してる自分がいる。当たり前だろう。普通なら進藤と佐為が同一人物だとは
思わない。


                                           
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