番外編 君がいる4

 



その晩遅くに和谷から電話があった。

「進藤、落ち着いて聞けよ。今森下先生から連絡があってな塔矢先生が
危篤状態だって。」

受話を持つ手が微かに震える。
そんな!?
オレは言葉が出なかった。
だって今日オレと打ったんだ。

たった数時間前のことだ。
あの威厳とただオレを圧倒する強さで・・・・。

「進藤聞いてるか?」

「うん。」

ようやく相槌だけを返した。

「自宅で療養してるってオレも聞いてたけど、急なことで無理もねえよな。」

和谷の声が落ちる。

「オレ今日塔矢先生と対局したんだ。」

「なんだって今日ってマジかよ。その時は具合は悪くなかったんだな?」

「ああ・・元気そうに見えた。けど塔矢はもう長くはないって。」

「そっか。それで今日研究会に来なかったのか。」

和谷はそれだけで悟ったようだった。

「わかった。何かわかったらまた連絡する、」


切れた受話器を祈るように握りしめた。
オレは今日先生と打った棋譜を碁盤に並べた。










それから2日後、塔矢先生は亡くなった。


オレは碁盤に並べた棋譜をどうしても片付ける事が出来なかった。
オレの中でどうしても納得がいかなかった。

塔矢先生ともう2度と打つことが出来ないことが。
これが最初で最後の対局になってしまったことが。
そして塔矢先生の最後の対局者がオレだったってことが。






通夜にはお母さんに付き添ってもらった。

一人で現実に塔矢と向き合うことができなかった。、
かといって他の棋士と一緒に行くことも許せなかった。

塔矢は気丈に振舞っていた。
そんな塔矢が痛々しくもあった。
通夜を後にしようとした時、塔矢のお母さんに引きとめられた。


「進藤くん。来てくれてありがとう・・・・。
あの日あの人と打ってくれてありがとう。
あんなに満足そうなあの人を見たのは久しぶりだった。」


オレは体が震えた。嗚咽したいのを必死で堪えた。
オレでは力不足だったのに。


こんなときでも気丈で思いやりを忘れない彼女の一言に俺は、深く頭を下げた。







囲碁界その物が喪中のような雰囲気につつまれるなか木曜日の大手合いが行
われた。

塔矢は出席していなかった。

俺はそれにほっとしたような、それがとても悲しい事のような気がした。






明日が塔矢先生の初七日を迎える晩、俺は夢を見た。




                                              5話へ


4話はさらっと流しました。短くなったので5話も一緒に更新します。






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