いつか8
ヒカルはアキラのために簡素ながら夕食を用意し来賓室へと招いた
がらんと大きな城の来賓室。
この城の中はどこまでも自分の育った青龍城と同じだった。
これなら迷う心配もなさそうだと思ったとき、
まるでそれを見透かすようにヒカルが言った。
「アキラ一つだけ約束な。夜は部屋から出るなよ。」
「なぜだ?」
「えっと・・・それはだな・・・まあ いろいろあって。」
「言えないのか。できれば僕は夜も君と過ごしたかったんだけどね。碁を打つ
約束もしていただろう。駄目かな。」
「駄目だ。俺 夜は苦手でさ。力も弱まるし、だから。」
力が弱まる?それはどういうことかと問いたかったがそれを
問うてもヒカルは応えてはくれぬだろうとアキラは諦めた。
あまり口に馴染まない食事に手を止めるとヒカルが頭を
掻いた。
「ごめんな。俺 料理なんてしねえから。」
料理をしなければ誰が食事を作ったりするのだろう。
ひょっとして彼は食事すら摂らないのだろうか。
向かい合っている彼は食事を取ってはいたがそれはただ僕に
合わせているだけのようにもとれた。
ますます人離れしているヒカルにアキラは好奇心ばかりが沸き起こる。
「部屋に案内するよ。」
食後案内された部屋は子供の頃 アキラが使っていた部屋だった。
多分ヒカルはそれを知っていてこの部屋を選んだのだろう。
懐かしい部屋 何もかもが自分の部屋と同じだった。
「君はどこで寝るの。」
「俺は 東の塔の端にある部屋。」
塔の端にある部屋は とても部屋とはいえない代物だった
塔を管理し護衛するもの仮眠室となっている場所だ。
「城の中にはもっと寝心地の良い場所もあるだろう。」
「そっかな。俺あそこが一番落ち着くんだよな。じゃあ アキラお休み
明日は碁を打とうな。」
ヒカルが部屋を立ち去ったあとアキラはしばしの間 部屋を観察
した。
アキラが城で使っていた机に調度品が部屋にはあった。
まるでここが青龍城の自分の部屋ではないかと錯覚してしまうほどだ。
「さすがに僕がつけた傷はないだろうけど。」
子供の頃 誤って机をぶつけてできてしまった壁のちいさな
傷・・・だが、アキラは壁にあるその傷を見つけてあまりの
事に驚愕した。
これは偶然なのだろうか・・・だがその小さな傷跡は確かに
アキラがつけたものと同じ位置 同じ大きさのものだった。
もう何があっても驚かないだろうななどとアキラは思い
ながらランプを手に部屋の外へとでた。
もとよりじっとしているつもりはなかった。
同じ城にいるならヒカルと一緒に過ごしたかった。
静まりかえった暗闇の城の中をランプの明かりだけを頼りに
アキラはゆっくり歩を進めた。
東の塔の端は 青龍城では宝碁盤が置かれいる塔でもあった。
螺旋階段を上る手前の部屋の扉から小さな灯りがこぼれていた。
アキラがその扉を覗くとヒカルがベットに腰掛けていた。
アキラの張り詰めた糸が切れた。
夜部屋を出るなと言われた事が脳裏にあったからだ。
「ヒカル」
「お前は・・・・」
呼びかけに顔を上げたヒカルはアキラを手招きするように
ゆっくりと腕をのばした。
妖艶ささえ感じるヒカルの肢体が薄い麻の夜着から
伸びていた。
誘われるままにアキラが近づくとヒカルはそっと
アキラの首に腕を回し強くしがみついてきた。
それはアキラに強い刺激をもたらした。
「ヒカル・・・?」
すぐ傍にあるヒカルの漆黒の瞳をアキラは吸い込まれるように見つめた。
アキラの深層深くで危険な警報が鳴り響く。
違う これは ヒカルじゃない・・・と
だが、そう思ったときにはすでに遅く彼から目が離せなく
なっていた。
「こいよ。」
誘われるままにアキラは彼の唇を吸った。
抵抗できなかった。ヒカルと同じ姿 顔 声の囁きはアキラのすべてを
取り込んでしまったのだ。
「塔矢国のアキラ王か。こういう事は初めてなんだ。いいよ。
俺が手ほどきしてやるから。」
くすりと彼が耳元で笑った。
彼の首筋に触れた途端かんじた事もない興奮がアキラを支配した。
アキラは欲望の出口を求め彼の体中に舌を這わした。
「ヒカル・・・ヒカル・・・」
うわ言のように漏れる口元に彼が自ら舌を差し込んだ。
「お前 あいつに惚れてんだ。じゃあ俺を抱いて逝っちまっても
本望だよな。お前みたいな上玉は俺も久しぶりだからさ、
すげえ気持ちよくさせてやるよ。」
だが 彼の言葉はもうアキラには届いてはいなかった。
覚醒させられた本能のみがアキラを突き動かしていた。
アキラは無我夢中で欲望のままに彼を求めた。
彼に触れるたびに アキラを支配する何かが大きくなりアキラただの
野獣と化していった。
自分の体を貪るアキラを彼は薄ら笑みを浮かべ黙ってみていた。
「何してんだ!」
息を切らして部屋に入ってきたヒカルにもう1人のヒカルは不敵な笑みを作った。
「邪魔すんなよ。今一番いいところなんだからな。」
下肢に絡みつくアキラにもう1人のヒカルが指示をだす。
「ほら こいよ。アキラ。 」
アキラを受け入れやすくするために腰を突き上げたのだ。
「やめろ。アキラ目を覚ませ。そいつは俺じゃない。」
だが ヒカルの悲痛な声は届かない。
ヒカルがアキラの元に駆け寄ろうとした途端それは
見えない壁によって阻まれていた。
「なんだよ これ!?」
「黙ってみてろ。」
アキラは高ぶった己を押し込むため
もう1人のヒカルの腰に手をあてる。
ヒカルはどうにもならない見えない壁を
がむしゃらに叩いた。
「アキラ 頼む。目を覚ませ。」
「残念だけど 俺の魅了が完全に入ってる。お前の力じゃもうどうにも
なんねえよ。」
もう1人のヒカルはわざわざ見せ付けるようにいったんアキラの腕を
解くとアキラの高ぶりを口に含んだ。
「できそこないはそこでおとなしくしてろ。惚れた男の魂が俺に
落ちるのを指くわえて見てな。」
含まれた途端アキラが歓喜の声をあげる。
「ああ ヒカル・・・・」
体を仰け反らせ快感に酔うアキラの声に耐えられずヒカルは目をつぶり耳を押さえた
だが、次の瞬間それをする事さえ出来ぬほどの衝撃が襲った。
もう一人のヒカルがアキラの生気を吸ったのだ
アキラの高ぶりを口に含みながらもう1人のヒカルはせせら笑っていた。
「こいつは そうそうない上玉だと。」
ヒカルは咄嗟に近くにあった短剣を握った。
「お前 痛いの苦手だったよな。」
ヒカルの震える声にもう1人のヒカルはようやくアキラの下肢から顔をあげた。
ヒカルは自分自身の胸を貫くように短剣を押し当てていた。
もう1人のヒカルからアキラを求めていた手が離れた。
だが、アキラはそれをゆるさずに すぐに求めようとしてくる。
「そんな事をすればお前だってただじゃすまねえくせに。」
「俺はかまわねえ。アキラをお前に奪われるぐれえなら!」
ヒカルは本気だった。
今にも自分自身の心臓を貫きそうなヒカルにもう1人のヒカルは
アキラの手を解いた。
「興ざめだ。」
解かれたチャームにアキラの体がベットへと沈み込む。
「アキラ!!」
ヒカルは慌ててアキラの元へ駆け寄った。
「生気はちょっと吸っただけだ。」
それだけいうと部屋を出て行ったもう1人のヒカルと入れ替わるように
ヒカルはアキラを抱きしめた。
もう1人のヒカルにはない力で。
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