
いつか 3
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何かの予感。伊角と和谷、芦原や側近の言葉
も振りほどいて、アキラはただひとり碁森海に馬を走らせた。
よほど慣れたものでなければ迷うと言われている森だが、
アキラは何かに憑かれたように道をいそいだ。
まるで森の木々に招かれているようだと思う。
どこへ馬を走らせようかなどと迷わなかった。
だが、がむしゃらに馬を走らせたわけでもない。
アキラには聞こえたのだ。森の主が自分を導く声を。
そうやってどれほど馬にまたがり碁森海を行った事だろう。
突然アキラの周りは霞に包まれて視界を断たれた。
馬から下りて周りを確認するが位置も方角ももはや確認がとれない。
「ヒヒヒーン」
そばに居た愛馬の様子が急におかしくなり
足元をすくわれて、馬が霞の中を走り去った。
さすがのアキラもこれには動じた。
不味い。ここは今しばらく動かない方がいい。
息をつめこの状況が過ぎるのをじっと待っていると
アキラの目の前の霞がゆっくりと晴れていく。
アキラは目の前に広がった景色に息を呑んだ。
青龍城・・・・!?
それは青龍の城そのものの姿をしていた。
アキラが生まれ育った青龍城を見間違うはずがなかった。
だが、青龍城の西に広がる城下町はそこには存在
しなかった。
「まさか。そんなはずは・・・。」
間違いなく青龍城と同じつくりのその城に吸い寄せられるように
アキラは近づいた。それはまさに青龍城そのもので、
外堀は美しい湖に覆われ、中庭には碁盤をかたどった
大きな石のオブジェが置かれていた。
だが、廃墟と言うわけではないのに全くといってよいほどこの城には人の気配は
感じられない。
森の中に城があるなんて話はいままで聞いた事はなく、
城を散策しながらアキラは人の気配がないか注意深く聞き耳を
立てた。
その時 遠くでかすかに「ぴしゃっ」と水のはじく音が聞こえた。
ひょっとしたら人がいるのか?
アキラが目指したのは城の裏手にある
沐浴場だった。思ったとおりの場所に沐浴場を見つけた瞬間
アキラの足が止まった。
そこに沐浴している人物がいたからが。
「誰だ。君は この城のものか?」
驚いたようにそのものが立ち上がりこちらを振り返った。
アキラはその姿に頬を染めた。
真っ白な肌 金色に染まり濡れた髪 華奢な腰、大きな瞳に
整った美しい顔立ち・・・まるでこの世でこれほど美しい
者があるだろうかと思うほどにそのものは光輝いていた。
アキラは見てはいけないものを見てしまったような気
がして目を逸らした。
女性か男性かさえアキラにはわからなかったのだ。
「お前どうやってここに入った。」
話しかけられた声と口調で男性だと判断して
ほっとしてアキラはようやく顔をあげた。
が、全裸のままの彼の姿を凝視する事はどうしても
出来なかった。
「森で迷ってしまった。それより君はこの城のものか?
このような所に城などあるとは聞いた事がないが。」
「だろうな。あとで、森の外に出してやるよ。」
彼は傍にあった簡素な麻の衣類とローブを羽織るとアキラをチラッとみた。
「お前 青龍の者か?」
この国でアキラのことを知らぬものなどいない。
だが、彼はただ知らぬだけでなくアキラを青龍かと問うた。
アキラの羽織るビロードのローブの碧き龍が空を駆ける刺繍(つまり青龍の
しるし)で判断したのだろう。
「ああ。青龍出身で名をアキラと言う。君も青龍?ここは青龍城と
同じつくりのようだけど、」
「そう・・?俺には わかんねえや。」
誤魔化すようにそういった彼は少し寂しそうに笑っていた。
その横顔にアキラは胸が締め付けられてそれ以上問う事が
出来なくなってしまう。
「君の名は?」
「俺はヒカル。それよりさ、アキラはかなり碁の腕がたつんだろう。
俺と碁に付き合えよ。一局ぐらいいいだろ?」
「ああ。もちろんかまわないよ。」
そういうとヒカルは子供のような笑顔を浮かべ足元から碁盤を取りだした。
アキラは不思議なものをみたような錯覚に陥る。
ヒカルがとりだした碁盤は今までここにあったものだろうか。
いや なかったような気がするのだ。だが、突然沸いてきたと言うには
おかしすぎる。
考え込んでいるとヒカルがうれしそうに話しかけてきた。
「楽しいみだな。俺人と碁を打つのなんてすげえ久しぶり。」
「そうなの。」
「うん。なあ アキラ早く打とうぜ。」
不自然さを拭えないながらもアキラは石を握った。
その後アキラはヒカルの強さに投了した。
・・・わずか、52手だった。
アキラは塔矢国で一番強いと自他共に自負していた。
いや この国どころか世界でだって一番かも知れぬと
思っていたのだ。その自分ががまさか中押しなどとは・・・
「君は何ものなんだ!」
「俺・・・?」
彼は申し訳なさそうにうつむいた。その姿が少女
のようだったのでアキラは荒げた言葉を引っ込めた。
「すまない。怒ったつもりではなかったんだ。ただ
君があまり強いものだから。」
「俺もっと打ちたかったのに・・・。久しぶりだったもんだから、すごく嬉しくて、
手加減するのも忘れてつい・・・」
「君は手加するつもりだったのか!!」
アキラはヒカルの無神経な言葉に怒りをもう1度ぶつけた。
「えっあ・・・悪い。俺そんなつもりで言ったわけじゃないんだ。
何っていうのかもっと打ちたくて 打ち終わりたくなくて・・・
お前が投了してしまったのが残念だったっていうか・・・。」
アキラはまじまじとヒカルをみた。
ヒカルはひょっとしてこの城に一人で暮らしているのだろうか。
「ヒカル 君は一人でここに暮らしてるの?」
「まあな。」
小さくうなずいたヒカルに僕は胸が詰まった。
このような所で一人で・・・それがどういうことかぐらいわかるつもりだ。
「街へ出ようとは思わないのか。」
ヒカルは困ったように口を閉じて俯いた。
「先ほどから僕の質問にはこたえてはくれないんだな。」
そう、ヒカルは肝心のことは何も話してはくれない。
この城のことも。ヒカル自身のことも。
「僕でよければ碁の相手ぐらい いつでもなってあげるよ。」
「アキラありがとう。でもさ もう夕方になるぜ。お前そろそろ森を出た方が
いいんじゃねえ。」
確かに夜まで森に留まるのは得策ではない。
城にいる家来たちも心配しているはずだ。
だが・・・それとは別にアキラは目の前にいる美しい少年に
心を奪われていた。
もっとヒカルの傍にいたい
彼が望むならずっと碁の相手をしてやりたいと思う。
「ほら、アキラ送ってくよ。」
彼に即されてアキラは後ろ髪ひかれるように立ち上がった。
アキラとヒカルが城を出て数分と立たないうちにヒカルは東の方角
を指差した。
「ここをまっすぐ行けば森を出られる。」
ヒカルが少し震えている事に気づき僕は彼をマジマジと見つめた。
大きな瞳が濡れていた。アキラの視線に気づき逃れる
ようにヒカルは早口で言った。
「じゃあ、あの俺戻るから。アキラ元気でな。」
ヒカルに感じた違和感にアキラは反射的に腕を伸ばしていた。
「待ってくれ!!」
アキラはヒカルの腕を捕まえて抱き寄せていた。
「アキラ・・・!?」
「君にまた会える?」
息をのみ震えるヒカルの返事は聞かなくてもわかったような気がした。
アキラは引き寄せたヒカルに両手いっぱいに力を込めた。
「君は一人で寂しいんだろう。僕でよければ碁の相手ぐらいいつでもしよう。
僕と一緒にこれから僕の城へ行こう。あのような所に君ひとりなんて似合わない。」
「なっ!?」
だが、ヒカルは渾身の力でアキラを振りほどいた。
細い身体のどこにそのような力があるのかと思うほどの力だった。
「俺 お前とはいけない。」
走り出したヒカルをアキラが追いかける。
「ヒカル待ってくれ!!」
だが、アキラはヒカルを追おうとしてすぐ回りを霧に覆われている
ことに気がついた。
霧のなかゆっくり歩を進める。
ヒカルの城も彼が走りぬけたのも間違いなくその方角
のはずだった。
はずだったのに・・・
霧が晴れアキラの視界に広がった城は彼の住む城ではなくアキラの
生まれ育った青龍城だった。
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あとがき
起承転結で話を区切るならここまでが起の部分ですね。
白雪姫と最初に書きましたが、先を読まれたくないのでかなりアレンジ
してます。いつかどこかで聞いたお話 この先 いくつ遭遇するのか。
物語はまだまだこれからです。
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