![]() 「どれだけ心配したと思うんです!!」
一人で碁森海に入ったアキラに芦原は殴りかかりそうな 勢いで怒鳴った。 「すまない。」 そうはいったもののアキラはあまり悪びれてはいなかった。 芦原の怒鳴り声よりもヒカルのことがずっと頭から離れないのだ。 「行(アキラの愛馬)だけが城へ戻ってきた時 皆がどれほど 心配したと・・・アキラは自分の立場をぜんぜんわかちゃいない。 って聞いてるか! アキラ!」 芦原の小言にアキラは小さくため息をついた。 「ああ 聞いてるよ。」 だがどこか生返事のアキラに芦原の怒りは頂点に達した。 「わかってない!あなたが8つの時 碁森海で迷子になって3日もの間戻ってこ なくて 私がどれだけ心配したと・・・ 私だけじゃない・・・城の者だって町の者だってどれほど心配して森を 探しまわったか。 」 「芦原 そんな子供のころの話を・・・」 「今だって私からすればアキラは子供だ!」 その時の事を思い出したのか 震える声で涙すら浮かべる芦原にアキラは遠い記憶を手繰り寄せた。 アキラは8歳の時碁森海で迷子になったことがあった。 いや迷子になった訳じゃない・・・自から進んで一人碁森海に 入りこんだのだ。 父様 と 母様に会いたくて・・。 この城の城主だった両親を一度になくしてしまったアキラ。 喪が明けた時アキラはわずか8つでこの城の跡を継ぐべく 戴冠式が行われる事になった。 だが、戴冠式が行われる前日アキラはこっそりとこの城を 抜け出したのだ。 城の城主にはなりたくなかった。 碁森海にはこの国を守る 碁の神様が住んでいる。 母がいつも話してくれた話を信じてアキラは碁森海へ入ったのだ。 だが、アキラは森の中でどうやって3日間 過ごしたのか 覚えてはいない。そこでの記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。 森を出てきた時に芦原が泣きながら抱きしめてくれた事だけを アキラは覚えている。 まるで神かくしにあったようだと言われたアキラの空白の3日間。 まさか今日の事もヒカルの事も忘れてしまうというのだろうか そう思った瞬間 胸が苦しくて辛くなった。 忘れたくはなかった。幻であったとは思いたくなかった。 ヒカルをつかんだ腕の感触を思い出しアキラは胸に こぶしを押し当てた。 まだ言い足らぬとばかりにまくし立てる芦原に多少うんざりしながらも アキラは相槌をうった。 そんな二人を見かねて和谷と伊角が口を挟んだ。 「芦原さん もうそれぐらいでいいんじゃねえ。アキラ様だって 謝ってるんだしさ。」 「ああ。無事に帰ってきたんだ。碁盤のこともあって国主としても 気になることがあったんだろう。アキラさまを許してあげてください。」 現城主の伊角の言葉に芦原はまくし立てた言葉を飲み込んだ。 「すまない。芦原 伊角 和谷 以後気をつけるよ。」 表向きだけそう言って詫びたものの、アキラ自身はその事には悪びれては いない。だからこそ内心のそういう自分を芦原も知っていることに アキラは心の中でわびたのだ。 煮え切らないというように腕を組む芦原が大きくため息をついた。 このどうしようもない国主の事を長い付き合いで一番理解しているのも 芦原なのだ。 その時突然城の中にどよめきが走った。警護の家来たちがあわてて 部屋へと駆け込んできたのだ。 「アキラ様 伊角様 宝碁盤が・・・・」 息を切らせながら走ってきた家来の腕には青龍家の宝碁盤が、 抱えられていた。 「割れたはずの宝碁盤が元に戻っています!!」 「何だって!!」 傷ひとつなくなって美しい輝きを取り戻した碁盤に 一同が息を飲む中、アキラだけがそのわけを何となく 掴みかけていた。 霞かかった霧のむこうに・・・。 いつか5へ
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