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GS美神 リターン?
Report File.0057 「海から来た者 その10」
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「おりゃぁーーっ!」
空中に躍り出た人影が黒い物体を力強く叩いた。
バシッ!
黒い物体は凄まじい衝撃を加えられ凄い勢いで地面へと向かった。
黒い物体を地面につかせまいと地面すれすれに飛び込む人影があったが、その努力も報われず、あと5センチという所で間に合わず、黒い物体が叩きつけられ砂が舞った。
「くっ!」
受け止められなかった悔しさに飛び込んだ人影…令子は地面に拳を叩きつけた。
ピピーッ! ワァーーーッ! キャーッ、すごーーい!
「よっしゃーっ!!」
スタッと着地した人影…横島がスパイクを決めたことで両手を挙げ、ガッツポーズをとった。ギャラリー達からも歓声が上がった。
『やっただー、横島どん!!』
カクは横島に駆け寄りハイタッチした。
<やりました、横島選手! 5メートルという前代未聞の大ジャンプによる垂直スパイクが見事に決りました!!>
<これでぇ、カク・横島組はぁ、1セットを先取ですぅ>
花音が記録シートに何やら書き込んでいく。
<最初は接戦したあるが令子ちゃんの方は徐々にパワー負けしてるあるね。これからはそのパワー差を埋めない限り、もっと厳しくなるあるね>
厄珍の解説どおり、横島たちは強烈なスパイクを武器として令子たちに打ち勝ったのである。
日射血暴流は順調に進み、何だかんだとカク・横島組がじわじわとナミコ・令子組に追いつき、とうとう追い越して9対6で第1セットを取った。
「くっ……」
「令子さん……」
「………」
ワナワナと肩を震わせる令子に心配そうにナミコは声をかけたが令子は気が付いていないのか無反応であった。
(霊力を巡らせて身体強化をすれば、横島クンの動きが良くなるとは分かっていたけど、いきなりあそこまで力を引き上げる事ができるなんて)
令子は横島の素質に対して感嘆すると共に、動きが良くなる事を計算に入れても十分対抗できると思っていたが、故に己の計算ミスを悔しがっていた。
「令子さん!」
「………」
もう一度、ナミコは令子に呼びかけるが反応が無い。
(でも、おかしいわね…動きの良さ自体は十分予測範囲内、でも、あのパワーは何? 何か私は見落としているような気がする)
令子は何かが引っかかり、いらただしい気持ちになり、ガリッと右親指の爪を噛んだ。
「令子さん!! もう、えいっ!」
「!」
身に迫る危険に令子は咄嗟に身をかわした。
ドスッ
令子がさっきまでいた所にウニボールが叩きつけられた。
「ちょ、ちょっとナミコッ! 危ないじゃない!」
「声を何度もかけたのに全然、気づいてくれませんでしたから」
ニコニコしながらナミコは言った。まさか、まだ酔っ払っている? と令子の頭に疑問符が浮かび上がる。二人で常人なら急性アルコール中毒になってもおかしくないくらい、とんでもない量を飲んでいたのだから。それでいて、もう素面に戻っている令子はとんでもない酒豪だろう。
(でも何だか変ね?)
軽く投げてきた割にはウニボールが重く感じられた事に令子は違和感を感じた。
「あっ!」
令子は見落としていた事に気づき声をあげた。
「どうしたんですか?」
いきなり声を上げ、顎に手をやり考え込む令子にナミコは話しかける。
「ナミコ、さっきこのボールに何かした?」
「きゃ!」
突然、令子にずずいっと詰め寄られた事に驚き、ナミコは仰け反った。
「い、いいえ、いつもどおりにしただけですよ?」
そんな体勢でもナミコは何とか転倒しないようにバランスをとりつつ、令子の質問に答えるが、その意図については分からなかった。令子が身体を引くのに合わせて、仰け反るのをやめ元の姿勢に戻り、きょとんとした。
「(おかしい…ひっかかる)いつもどおり?」
ナミコの答えに令子が首を傾げた。
「ええ、いつもどおり霊力を込めただけですけど?」
令子の態度が腑に落ちない事を気にしつつ、ナミコはウニボールにどうしたか言った。
「霊力を込める? ! それだっ!」
令子は今まで見落としていた事にやっと気づいたのであった。
「えっ!?」
「霊力を込める事に何か意味があるの?」
気づいたとはいえ、そうする事でウニボールがどうなるのかという疑問が令子にはあった。
「霊力を込めれば、硬くよく弾むようになりますけど…って知りませんでした? 横島って方はやってましたから、私てっきり…」
ナミコにとって当たり前の事過ぎたそれは、横島さえもやっていた事で説明しなくても大丈夫と思い込んでいたのだ。
「そう…(あのヤロウ! 私を出し抜いたわけね!)」
まんまと横島に出し抜かれたと知った令子は、ふっふっふっと笑った。その笑いを聞いたナミコは恐いものを感じて後退った。
ゾクッ
「何だ!?」
横島は急に悪寒を感じてキョロキョロとした。彼の視界からは丁度、美神は隠れて見えない位置に立っていた為、目撃する事は無かった。
『横島どん、どうしただ?』
「えっ? いや…何でもない」
急に悪い予感がしたのだが霊能者にとり、こういった予感は大事にしなければならない。これは令子の教育の賜物で横島は何かが起こるのだろうかと考え込んだ。
『なら、いいだが…』
カクは横島の様子に余り納得はいっていなかったが考えを邪魔するのは気が引けたので黙った。
「あ、あの令子さん」
押し寄せる威圧感にも何とか抵抗して、恐る恐るナミコは話しかけた。
「くっくっくっ、ナミコ。反撃の糸口は見つかったわ。次のセットは私達のものよ」
胸の辺りでぐっと拳を固めて令子は勝利宣言をした。
「そ、そうですか」
自分の望む勝利宣言を聞いたというのにナミコはちょっぴり不安に駆られた。
*
日射血暴流の1セット目も終わり、やっと一息つけれるようになった観衆は今までに展開された内容に半信半疑だった。
「なあ、これ本当なのか」
「何か仕掛けがあるって、絶対。人間が5メートルも垂直飛びできるわけ無いだろう」
「そうだよな。でも、どんな仕掛けだ?」
様々に浮かび上がる疑問を休憩の間中、観衆達は話し合った。もっとも、令子たちがGS(ゴーストスイーパー)であることは表に出ていないので疑問が解決に辿り着くのは難しいだろう。
「…みなさん、この試合について半信半疑のようですね」
鏡子は周りで話題になっている内容を聞いてぽつりと言った。
「そりゃあね? 美女や少年、それに被りものだと思っている半魚人が3メートル以上跳躍したり、ってのは一般常識からすれば非常に外れているわね」
その言葉に隣に居た忍が答えた。
「そうですか、そうですよね。私も横島君達と知り合わなければそう思ってました。でも、そういう忍さん達も驚いてませんね」
「まあ、詳しくは言えないけど私達にだって美神さんぐらいの動きはできるから」
忍たちはかねぐら銀行の○×支店における特殊窓口部隊として、ある種、特別な訓練を行っている。その為、霊能そのものには目覚めていないものの、身体能力だけは令子のようなGSと同じぐらいのことができると事も無げに言うが、令子がGSとしてトップレベルである事を考えればとても凄い事である。
「私でしたら横島様より、もっと高く跳躍できますわ」
氷雅は乱破として子供の頃よりの過酷な訓練をしてきた事もあり、体術面では令子を凌駕している。
「そ、そうなんですか?」
氷雅の言葉に鏡子は目を丸くした。
「でも、横島さん、まだ本気じゃないと思います」
朝美は横島の大跳躍を目にしたことがある。
「そうよね…私達が見た時は、高さが10メートルは超えている体育館の屋根に一っ跳びだったから」
翔子も唇に人差し指を当てて自分達が見たときの横島の身体能力を思い出した。鏡子だけはあの時チカン霊に酷い目に遭わされていたので目撃する余裕など無かった。彼女の場合は気がついたら目の前に横島がいたのだ。
「「「10メートル!?」」」
流石に千恵たちでも10メートルは飛び降りるならともかく飛び上がるのは無理な為、翔子たちの言葉には驚いた。
「さすが横島さま。それにしても美神殿の様子から、次のセットは面白くなりそうですわね」
氷雅は驚いてもいたが、感心もしていた。横島の身のこなし方は常日頃から鍛えたものでは無い事はわかっていたからだ。
それは令子にもいえる。横島に比べれば、いや一般に比べても、その身のこなしは鮮やかに見えるが、体術に関してスペシャリストである氷雅から見ればまだまだ甘い。改善の余地はある。うまく改善できれば自分と同じぐらいの事はやってのけれるだろう。
バランス感覚だけに限定すれば自分よりも令子の方が優れている事も分かっているが故に、二人はまだまだ高みへと上れるだろう。氷雅が何故、自分よりバランス感覚が優れているのか分かっているかというと、自分にはハイヒールを履いたまま戦闘を行うことなどできないからだ。だというのに令子はハイヒールを履いたままでも苦も無く戦える。
もちろん、慣れればできない事も無いだろうが、氷雅はしようとは思わない。わざわざ、命が懸かっているというのに足かせをつけること等、正気の沙汰では無いからだ。彼女の住むシビアな世界では特に。
「はあ、凄いねぇ。伊能くん」
周りがどういう仕掛けだと騒いでいるが彼女にしてみれば妖岩達の起こす騒ぎで、耐性が付いているのでこういう事ができる人ってまだまだ他にも居るんだ。やっぱり世界は広いのねと感心していた。
「そうだね、香山。氷雅さんの知り合いだからな…」
いつも彼女達に振り回されている自分にしてみれば彼女達の知り合いも、また普通ではないだろうと氷雅達に若と呼ばれている少年せいこうは決め付けていた。
「………」
氷雅から離れた所では彼女の連れというか、仕えている者達ご一行が観戦していた。会話の内容から氷雅がどう思われているか推測がつき、そばに控えている妖岩は、こんな事を姉に聞かれれば絶対しわ寄せが自分に来る、と汗をダラダラと流した。
*
<第2セットの開始ですぅ>
「よっ!」
バシッ!
第2セットのサービスはカク・横島組からであった。サービスを行うのは調子が乗り出した横島である。
「来たわね」
サービスで飛んできたウニボールを令子はレシーブで難なくあげた。
「はいっ!」
あがったウニボールをナミコがスパイクしやすいようにトスであげなおす。
「よっしゃ! くらいなさい!!」
令子が気合と共に3メートルを超えるハイ・ジャンプをして、もうエビ反りといってもいいぐらいに背を反らせて、先ほどまで気付かなかった霊力をウニボールに注ぎつつ、スパイクを行った。
バシュッ!!
令子は今までとは違った手ごたえを感じて、顔をほころばせた。
「ぬあっ!」
カクがこの強烈なスパイクをレシーブしようとしたが、受けきれず、コートの外へとウニボールは飛んでいき結界にぶち当たってそこで落下した。
<あぁっと! いきなり決まってしまいました。1セット目とは打って変わって令子選手、パワフルなスパイクを決めました!!>
安奈が目を丸くしつつもマイクを握り締め、実況を伝えた。
<サービス権がぁ、ナミコぉ令子組にぃ移りますぅ>
スケがウニボールを回収し、令子の方へウニボールを持っていくのを、花音は喋りながらも物珍しそうに見ていた
<いやはや、驚いたあるね。1セット目の最後で言っていた事を撤回する必要があるかもしれないあるね>
解説しながらもこの姉ちゃん達、結構隙があるねと二人の胸元辺りを横目で見て鼻をのばしながらも厄珍は解説を続ける。さっきまでは令子の揺れる胸を見ていたというのに。この辺は誰かさんと同じ情熱のささげ方であった。
<どういう事でしょう、厄珍さん?>
そんな事に気づかず安奈は厄珍に振り向き聞いた。それに花音もつられて厄珍を見た。
<先ほどの令子ちゃんのスパイク音が、前のとは違っていたね>
間近に見えるたわわな果実にふんと鼻息荒く解説する。
<音がぁですかぁ?>
もちろんサングラス越しの視線に安奈は気づかない。もしくは職業上似たような視線を良く感じているからマヒしているのかもしれない。
<そうね。令子ちゃんが休憩中に何か掴んだのは間違いないあるね>
にひっと厄珍は笑って、あまり見続けるとばれるあるなと思いコートの方を向いた。
<<なるほど>>
安奈や花音もまたコートの方を向き、試合が再開されるのを待つことにした。
『ぐっ…』
カクは少し腕が痛むのか腕を押さえた。
「大丈夫か? カク! ってこれは!?」
その様子に横島が駆けつけ、カクの腕を見ると腫れ上がって血が滲んでいた。
『大丈夫だ。この程度はオラにとってはかすり傷だ』
「本当かよ」
『それにこれはオラのあのスパイクの威力を甘く見ていた事の代償だべ』
思った以上の威力に霊力を強め防御を上げることを怠った結果であった。
「そうか、やっぱり威力が上がっていたんだな?」
それを察した横島が口にした。
『んだ、前に比べても倍近くあったと思うだ。』
カクは素直に肯定し、威力の程を語った。
(じゃあ、やっぱりあの事に気づいたんか…まずいな…)
自分唯一のアドバンテージが無くなってしまった事に横島は焦った。自分の勘がこれだけで終わるはずがないと告げていた。
『とにかく油断すれば大変だべ。横島どんも気をつけるだ』
カクの忠告も横島は令子が何をしてくるのか不安に駆られていた為素通りしていた。
「よしっ!(感触は掴めた。私の思った通りね)」
そんな横島の予感どおり令子は手応えを感じていた。
「令子さん」
「反撃の準備はできたわ。ナミコ、このセット一気にとるわよ!」
令子はそういうと審判のヒデの笛の合図により、サービスに入ったのであった。
(つづく)
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注)GS美神 極楽大作戦は漫画家の椎名高志先生の作品です。