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GS美神 リターン?
Report File.0039 「宇宙に響く子守唄 その1」
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「うちはMHKは見てないわよ!!」
令子はにっこりと笑いながら言い放った。それを聞いた尋ねて来た中年と新入社員といった感じの二人の男達は呆然とした。それが今回の事の始まりである。
バタンッ!
そんな男達を尻目に令子は無情にも事務所の扉を閉めた。
「ちょ、ちょっと、待ってください!! じゅ、受信料の取立てじゃないんです! 仕事の依頼をしたいんです!」
令子のあんまりな対応に男達は冷や汗を掻いた。
ガチャッ!
「じゃ、受信料は払わなくていいのね? 嘘ついたら呪い殺しちゃうわよ!」
男たちの言葉に令子は扉を開けて凄みを見せながら宣言した。本当にやったら実行しそうである。というか客だと言っている人物に向ける態度ではなかった。
「……………」
男たちは唖然としてお互いの顔を見やったがすぐさま令子に振り返ると一礼した。
「どうぞ、中へ。話を聞きますわ」
そう言って男たちは事務所に招きいれられた。
「……通信衛星に妖怪!?」
来客の為にお茶を淹れた横島とキヌが応接間に入ってきた時、男たちの依頼の切り出しに令子が少なからず驚いていた。
”つーしんえいせいってなに?”
キヌにとって未だ聞きなれない単語があり、通信衛星もその一つであった。基本的に日常生活以外の知識については未だ知らない事が多い。
「通信衛星っつーのはだな…宇宙にあってだな、ほら、テレビとかが受信する電波とかを中継したりするするものだ」
詳しくは違うかもしれないが概ね合っている筈だと説明し、横島は茶を出し客に出した。
「はい。おい…これを」
新入社員ぽい若者を催促して持ってきたカバンから写真を取り出させ、受け取ると中年の依頼者がその写真を令子に差し出した。
「何?」
令子がそれを受け取り、後ろから横島とキヌが覗き込んだ。この時、横島は令子から香る匂いにでれっと顔を崩した。
写真には通信衛星とそれに乗っかった形の黒い影が映っていた。
「先日、シャトルから望遠で撮影したものです」
黒い影は一対の大きな角が頭にあり、その背中に小さな翼を生やして通信衛星にしがみつくように写っていた。
「最初はエイリアンかと思ったのですが…」
「違うわね。翼のある子悪魔の一種だわ……多分、グレムリン。れっきとした地球の妖怪ね」
令子が写真を見て、自分の知識と照らし合わせて、この黒い影の正体を推測した。
「はい、おそらく。我々も専門家に聞いた所、同じような事を言っておりましたので、ここに参りました」
中年の依頼者は緊張した面持ちで語り、新入社員ぽい若者は今回はおまけと大人しくしていた。
「そう、グレムリンだったら厄介よね。第一次世界大戦中にはよく飛行機に悪戯してパイロットを震え上がらせたそうよ。グレムリンが起こす故障をエンジニアはグレムリン効果(GE)って呼んでいるくらい」
令子は自分の博識振りを披露し、横島に目配せした。横島は少し冷や汗を掻いた。こう言った知識にはまだ疎いのでしっかり覚えろと目で釘を刺されたのだ。
”怖い!”
令子の説明でかなり物騒な妖怪とキヌは認識したようだった。
「それにしても人工衛星とは………」
横島はどうするつもりなんだ?と除霊手段の算段がつかず首を傾げた。
「悪戯と機械いじりが大好きなのよ。近頃の衛星に故障が多いのもきっとそのせいだわ」
横島の話ではすごく高い所にあると聞いているのにどうやって衛星にまで行ったのでしょう?とキヌも考え込む。
「登ったのはいいけど降りれなくなったんじゃないかしら」
「猫じゃあるまいし」
さらりとそんなの何でもないわよ、みたいな軽い言い方に横島も突っ込みをいれた。
「今のところ故障は大した事はないのですが、これが完全に使用不能になると衛星放送はもちろんMHKだけでなく民放も大混乱です。何とかしていただければ費用のほうは幾らでも…」
そんな美神令子所霊事務所メンバーのやり取りを聞きつつも、自分達の状況を述べ助力を願った。
「10億! ビタ一文まけらんないわ。 それが嫌ならNASAでもソ連でも他所に行くのね」
令子は言い切った。背後で高っ!という横島の声が聞こえたが黙殺した。ここに来た以上、NASAなどの手を借りれない事が分かっているからだ。大体言い値でと言っているのだから令子は遠慮などしなかった。ここまで吹っかけたのは前に赤字だったのを解消するためだろうか?
「分かりました。それでお願いします」
依頼者はそれに同意した。内心では逆に話に聞いていたよりも安い10億で済んだという思いもあった。実の所20億は覚悟していたのだ。極度の緊張感と脂汗はそこに原因があったのだ。
*
翌日、朝日が差し込む気持ちのいい朝、公園を走る一組の男女の姿があった。その二人とはご存知、令子と横島である。二人ともマラソン選手のような恰好で走っており、もう結構な距離を既に走っていた。キヌは二人の為に朝食を用意すると事務所で待機している。
はぁ、はぁ、はぁ
二人とも結構な運動量の割には息はそれ程、乱れてはいなかった。
「しかし、10億要求する方もする方だけど、出す方も出す方だよなー。金ってホントあるとこにはあるんだなー」
何で俺、走ってんだ?と思いながら横島は今回の依頼について口にした。
「ほら! ブツクサ言っていないで走りなさい!」
走る事に集中しなさいと令子は叱咤激励しつつ、走りつづける。横島はへーいと返事し、渋々令子の後を走り始める。その時の視線は令子の形のいいお尻や腰元を行き来していた。そんな楽しみが無ければこんな朝から走る事などしないだろう。
「宇宙に行くまでもう時間がないのよ! ちゃんと鍛えないと身体がもたないんだから!」
その後、何度かぼやくような事をいう横島に注意した。よくよく考えれば無茶な事を言うものである。体力なんぞ一日二日でつくようなものではないのだ。それは頭のいい令子にも分かっている筈である。では何故走っているのか? それは只単純に雰囲気作りの為だけであった。日本人は形からというのを地でやっているのだ。
「俺まで走る必要ないじゃないスか!」
令子の言葉に横島は今回は出番は無さそうなのに何で? と走っている時から感じた疑問を口にした。
「何言ってんの! あんたが宇宙に行くのよ!」
令子がピタッと止まって、その場で足踏みしながら振り返り言い放った。
「はあ!? い…今なんて…?」
横島もまた令子の言葉に立ち止まり、呆然とした。令子が何を言っているのか理解できなかった。
はっ、はっ
「だからー、横島クンが・宇宙に・行くの!」
そんな横島に令子は念を押すように宣言した。
「な、何ですとーーーーっ!」
何ともいえぬ不条理に横島の叫びが公園に響いた。
余談であるが散歩していたお年寄りがびっくりしてぎっくり腰になったとか。はた迷惑な事である。
*
「いやだあああっ!! 俺は地球でやり残した事があるんだああっ!! 俺の大願がああっ!!」
横島はもうおもちゃを買ってもらえず、ダダをこねるように電柱ならぬ冷蔵庫にしがみついていた。
「大丈夫だって! サラリーマンが宇宙へ行く時代なのよ」
ズルッ!
恐ろしい事に冷蔵庫にしがみついている横島ごと令子は引きずり始めた。細い腕力では考えられない怪力である。
「うわっ! 冗談じゃないですよっ! 何でなんですか!? 方法が…方法がっ!!」
ガコガコ、ズルズル
問答無用で今回準備してある部屋へ引きずっていく。
「幽体離脱して宇宙に行くなんて無茶苦茶だーっ!! 嫌だっ!! 死にたくないっ!! 二度と懲り懲りっス!! って二度? へっ!? しまったーーっ」
自分で訳の分からない事を言って引っかかり、気が緩んでしまった為に横島は冷蔵庫から手を離してしまった。そのお陰で引きずられていく速度は格段に速くなった。
令子は取り敢えず余りに不甲斐無い横島の態度と引きずっていくのに集中していた為、一部変な言動を見逃していた。
「男の子でしょ!! 往生際が悪いわねっ!!」
本来ならあなたの仕事でしょーがと誰もが突っ込みを入れそうな事をしているわけで、横島が抵抗するのも頷ける。自分本意な令子はそんな事は気にせずさっさと、仕事に取りかかるべと、準備してあった部屋に横島を蹴りいれた。
ドガッ!
「ひぃーーーっ! そんなの俺にはまだ無理っスっ!!」
横島は情けない悲鳴をあげながら部屋に転がり込んだ
「おおーーーーーっ! 来たぞっ!」
パチパチパチパチパチパチパチ
そんな横島を20人近くの人たちが歓声と共に出迎えた。
「!?」
横島が何でこんなに人がと見回すとリポーターらしき女の子、撮影機材を持った者たちであるのが分かった。リポーターなんかはテレビで見た事があるような気がした。
「な…何の騒ぎですか!?」
横島は困惑して令子に振り返った。
「来週、テレビで放送するんですって。金出す代わりに独占取材させろって言うから」
令子はにっこりと満面の笑顔を浮かべて説明した。今回は10億と結構大口の仕事の10倍の報酬である。しかも、自分の労力は殆ど必要ない。必要なのは横島を幽体離脱させるのとやる気にさせる色気ぐらいだろうか。コスト的に見ても粗利は99%以上はあるだろう。とんでもない事である。普通なら粗利は30%、良くて40%あたりをあげるように考える事からも分かっていただけると思う。
「テレビ・・」
横島の脳裏にテレビ出演という文字が躍った。
「こんにちはーーっ、私達リポーターのMHKシスターズです」
そんな彼に5人の女性が近づいてきた。彼女達はマイクを手にしており、その内のリーダー格と思われる黒髪にロングヘアーの女性が横島に挨拶をする。挨拶の最後には笑顔とバチッとウィンクまで送った。
「今回は人類史上初!! 幽体離脱による宇宙飛行、更に妖怪退治に挑む横島飛行士に密着取材します!!」
また、その隣にいた茶色の髪をした女性がリーダー格の女性の言葉を引き継いだ。MHKシスターズ、MHKにしては珍しく最近、前面に押し出している存在だ。
横島にはMHKについてはあまり縁が無いので彼女達について詳しくは知らないが確か自分の友人にファンがいたような気がする。
「無事に戻ってくれば英雄よ! そうなれば…」
状況を飲み込み始めている横島に令子はやる気を出させる為の言葉を吹き込んだ。
ぴく
「で、どーする?」
令子は思惑通りの反応を示す横島に内心、ちょろいと舌を出しながら問いかけた。
「横島サンはぁ、怖いと思ったことありますかぁ?」
リーダー格の女性が甘ったるいしゃべり方で横島にリポーターらしく問いかけた。
「………」
横島は未だ迷っていた。さっきの令子の言葉がよみがえる。そんな横島にリーダー格の女性の胸元が見えた。彼女は屈みこむような感じでこちらを見ており、なによりTシャツだけという事もあって胸の形がはっきりと見えた。それに加えて甘い香りが横島の鼻腔をくすぐる。それが最後の後押しとなった。
「怖いと感じた事はありません!! 誰かがやらねばならないことです!!」
横島はキリリと引き締まった顔になり不敵な笑顔を浮かべ握りこぶしまで作って宣言した。そんな横島の顔を真直で見たリーダー格の女性は見ほれ頬を赤く染めた。
「ゆ、勇敢なんですねっ!!」
リーダー格の女性は意外な横島の凛々しさに胸をドキドキっと感じ、動揺した。他のリポーター達も同じようだった。逆に撮影スタッフは殺気立った。
「…何か面白くないわね」
それを見てた令子は自分でけしかけたのに何だかモワモワっとしたものを感じた。
”横島さん…何か、かっこいい”
キヌはリポーターの様子を見ておらず、さっき渡されて説明を受けたきゃめらだったか、ちゃるめらだったかいう機械を手に横島を映していた。
(つづく)
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注)GS美神 極楽大作戦は漫画家の椎名高志先生の作品です。