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GS美神 リターン?

 Report File.0034 「狼の挽歌 その4」
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 かねぐら銀行○×支店・・そこは開店以来、初めてと言えるほど緊迫感に満ちていた。それもそのはず、初めて銀行強盗に遭遇しているのだから。だが銀行員の中で極一部だけは、最初こそ想定外であった状況の勃発に混乱したが、落ち着きを取り戻し冷静に今後の対処をするべく頭を巡らしていた。

<チエ君、サキ君は大丈夫かね?>

 支店長は常に傍に控えるメガネを掛けたロングヘアの知的美人に声を掛けた。と言っても、普通の人間には聞き取れない程のささやかなものであるが、チエと呼ばれた聞き手もまた常人ではなかったのか十分に聞き取っていた。

<はい、支店長。見た目は酷く見えますが、直ぐに命に関わると言うものでは無いようです。もっとも時間が経てばそうも言えなくなりますが>

 チエもまた同様の声で返した。端から見ていると唇を大々的に動かしていないように見えるので何か特殊な会話方法なのであろう。

<そうか、良かった。撃たれた時はどうなるかと思ったよ>

 先ほどから気になっていた負傷した部下の状態を聞き、支店長は一安心した。

<サキはまだ半人前ですから、いい教訓になったとは思います>

<厳しい言葉だね。今回の撃たれた事のショックでトラウマにならなければいいが>

<特殊窓口部隊の隊員に抜擢されたのです。そこまで柔ではありませんわ>

 チエは支店長に誇りある笑みを浮かべた。余程、隊員を信頼しているのであろうか。しばし、その笑顔に支店長は見惚れてしまった。

(いかん、いかん。私には妻と子供が居るんだ!)

 支店長は一瞬、浮かんだ邪まな考えを振り払うべく頭を振った。

<如何いたします?>

 支店長の葛藤など露知らず、チエは今後の行動方針を求めた。

<・・動くにしても本格的な行動は奴等が逃走に移ってからだな。店内では私達だけでなくお客様も居るのだからな>

 そう言って支店長は開店後に直ぐに入ってきた数人の客を見た。そこには杖を突いているばあさん、3,4歳の子供を連れた若い主婦、買い物籠を持ったおばさん、サラリーマンに大学生と思しきカップルがそれぞれ不安そうな表情をして壁際に座っていた。

<それなんですが、お客様の中に一人だけ気になる人物が居ます>

<ふむ? 誰だい?>

 チエの言葉に支店長は興味が湧いた。

<お年寄りの方です>

<あのおばあさんがかい?>

<はい、どうも外見で判断しない方が良い類の方と感じました>

<君が言うのだからそうなのだろう。あえて聞こうか。何故そう思ったのか?>

 全幅の信頼を寄せている部下がここまで言うのだから、只者ではないのだろう。

<銃を向けられた時の態度です>

<単に怯えていたように見えたが>

<端から見ればそうかもしれませんが、あの年寄りの方は銃口の先が動くたびに致命傷とならないように射線をずらしていました>

<偶然ではないのかね?>

<いえ、それはないですね。怯えているように見えても、体自体は何時でも動けるようにしてましたから>

 チエは確信した言葉で断言する。

<相手方に良くバレなかったね>

<敵はお年寄りだと思って舐めて掛かっていましたから。流石に襲撃犯のリーダーだったら見抜いていたかもしれません>

<君がそういうからには敵のリーダーは相当できそうだね>

 支店長は気分を入れ替える為にメガネをはずしこめかみを指で押さえた。本当はメガネを拭きたいのだが変な事をすればズドンとされそうなので控えた。

<仰るとおりです>

 襲撃犯は全部で5人。入り口付近に二人、金庫の中に二人、リーダーはフロア全体を見回し、不審な動きをしようとすると銃で恫喝していた。装備は猟銃なんて生易しいものではない。軍で使用するようなものばかりだ。下手な動きをすればこの場に居る全員を皆殺しにしても有り余るぐらいの殺傷力を持っている。腕もかなりのものだ。銃を躊躇いも無く撃ち、それは狙いつけた所に当たっている事からも分かる事だ。

 はっきり言って警察では対処できないだろう。装備や錬度から言っても。ならどうするか? こちらの奥の手である特殊窓口部隊ならどうかと言われると流石にこの装備の者達を相手にするのは無理がある。普通に考えられる銀行強盗の装備とは違うのだ。

<やりにくい相手だ・・外注の氷雅君なら何とかしそうだがね>

 考えを廻らせながら支店長はメガネを掛けなおした。

<彼女なら確かにそうかもしれません>

 二人とも特殊窓口部隊に技術指導を行っている教官を思い浮かべた。彼女ならば、この場を何とかできるかもしれない。

<嬉しい事を言ってくれますわね>

「どぅわ!」「きゃっ!」

 突然の会話への割り込みに支店長達は驚きの声を挙げた。

ガーンッ!

「「ひっ!」」

 銃声に大多数のその場に居た人間は首をすくめた。この時、かすかに振動が2度程伝わったのだが極度に緊張感を強いられていたのでその場に居る者の殆どは気付かなかった。

「静かにしろと言っているだろうがっ! 鉛を喰らいたいか?」

 支店長とチエの方向に銃口を向け、リーダーは威嚇した。目は次は警告無しに撃つと言っていた。支店長達は仲良く手を上げでっかい冷汗を流しながらブルンブルンと上下に首を振った。

その様子を見てリーダーは念を押した後、支店長達から注意を逸らした。支店長は冷汗をぬぐった。

<た、頼むよ、氷雅君・・いきなり声を掛けないでくれ。心臓に悪い。このような場面では特にね>

 どこにいるとも知れぬ人物・・氷雅に声を掛けた。氷雅は前述したように特殊窓口部隊に技術指導を行っているが、その性格は変人といってもいい類だ。正面切って言えばどんな報復をされるか判らないので各関係者は黙ってはいる。また氷雅は部外者ではあるが、ここ2,3年で新設された特殊窓口部隊には無くてはならない人物である。

<本当です>

<オホホ・・これは失礼>

 その言い方に支店長達は氷雅がわざとやったのだと確信した。

<まったく・・>

 これさえなければ良い娘なのにと支店長は溜め息を吐いた.

<くす、たまにはこういう刺激もよろしいかと思いますわよ>

<こんな刺激、喰らったら命が幾つあっても足りん!>

<まあまあ、支店長、ここは抑えてください。それより氷雅さん、あなたがここに現れたと言う事は何か打開策があるのかしら>

 少々、氷雅の態度に腹ただしさを感じている支店長をチエは取り成した。

<さて、打開策かどうかは別として情報を提供しましょう。まず、外には先日、お話にありました美神令子女史が居ます>

<何!? するとこの騒ぎは彼女が?>

<いえ、それは単純に偶然かと。たまたま本物の襲撃と彼女の襲撃タイミングが重なってしまったようですわ。まあ、彼女の方が若干、遅かったわけですが>

<なるほど、だとするとあの客の中のお年寄りは美神令子の手の者の可能性が高いですね>

 チエはあの青少年かしらと脳裏に思い浮かべた。見た目からは酷く頼りなかったが中身は別物という印象をチエは持っていた。もし、自分の予想通りにお年寄りがあの青少年であるならば自分の眼力も大したものと言えるだろう.

<それから襲撃犯に気になる人物がいます>

<ほう、誰かね?>

 氷雅が気になると言った人物に支店長は興味を示した。氷雅が気にするような人物となると可也の曲者であると認識した。

<入り口付近にいる内の左側にいるやたら目つきの悪い男です>

<あの男が?>

<そうですわ。日本では超常犯罪への警察の対応は立ち遅れていますけど、それでも霊能犯罪者として指名手配されていたと記憶してますわ>

<霊能犯罪者ですか?>

 聞きなれない言葉にチエは聞き返した。ただでさえ霊能者は胡散臭い奴等と思っているだけにやっぱりそういうのは居るのかと思ったのである。

<ええ、霊能犯罪者。あまり世間には知られていないようですけど、あの男はその中でもとびっきり危険な奴だったと思いますわ>

 あまり世間には知られていないのには訳がある。そういった犯罪者はゴースト・スイーパー協会(以後GS協会と略す)によって賞金が掛けられ、迅速に狩り出されているのである。何故なら、ただでさえ霊能というものが胡散臭いと認識されているので信用を第一としなければならないのだが、その能力を使って犯罪を犯されてはその信用が、がた落ちになる。それでは商売に差し障るからである。

 そう言った訳でそういった犯罪者専門に狩る者・・ゴースト・スイーパー・バスター(以後GSBと略す)とでもいう者達が存在する。もちろん一般のGSもそういった霊能犯罪者を狩ることがある。霊能犯罪者はいわば抜け忍みたいなものであるのだ。

 そういう訳で大半の霊能犯罪者は直ぐに捕まるのだが、希にそういった狩人達から逃げきってしまう者も居る。そういった者達は得てして霊能力だけでなく、知力、体力の面でも能力がずば抜けて高い。

 氷雅が指摘した人物も例外ではなく厄介な人物であった。

<ほう、氷雅君がそこまで言うならば、相当なのだな>

<正直言って、あまり関わりたくない人物ですわ。今までは単独で行動していたのに、今回は他人と組んでいる。何か企んでいるかも知れませんわ>

<あなたでも手に負えない?>

<悔しいですが、今の私では難しいでしょう。1対1ならまだやり様もありますけど。それでも分が悪いですわね>

 氷雅は冷静に自分の能力と相手の能力を分析して言った。今までにも事件を起こしているが詳しい手口が判明していない。事件の目撃者等からの僅かな情報が聞けば眉唾物と思えるようなものもあったが実物にあった今、全て正しいと思えたのである。

 体術であるなら引けを取らないと思うが霊能力が厄介だ。乱破として霊能に関わる事があるとはいえ、今の自分は霊能力に関しては霊刀を扱うのが精一杯なのである。

(精進が足りませんわね。こんな事では我が主君たる若の野望を達成させるのも遠い・・)

 氷雅は今はともかく後の為に霊能の分野も腕を磨く事を決意した。

<仕方あるまい。襲撃犯への対処は逃走に入ってからにしようか。そちらの対応班の方がまだこういった荒事に向いているしな>

<残念ですが今回のケースはそれが妥当でしょう。そろそろ、襲撃班が逃走に移るようです>

<強盗が成功するか、しないかは逃亡が勝負だ。まだ、この失態は取り戻せる・・>

 支店長の思いを表すかのように眼鏡の縁がギラリと光った。

<では、私はこれで。先程、この近くで爆発があったようですので調べてまいります>

 氷雅は気になった外の様子を調べる為、場を離れた。


     *

「よし! 予定通りだな」

 襲撃犯リーダーは先程感じた振動と時計を見やりながら呟いた。

(この話を持ちかけられた時はどうかと思ったが・・)

 襲撃犯リーダーは話を持ちかけてきた男を見やった。視線の先の男は油断無く銃を構えて立っていた。

(金は好きにして良いと言っていたが奴の目的は何なんだろうな)

 強力な武器の支給に報酬まで貰ってのこの銀行への襲撃。逃走経路、手段も確保済みという、信じられないほどの美味しい話だった。その分、怪しかったがそれでも乗ってもいいと思える程、分の良い掛けと感じた。

(まあいい、奴は奴。俺らは俺らだ)

 物思いをしている間に時間は結構経っていた。

「・・7秒前だっ! 金はっ?」

「不揃いで約4億ほど!」

「3、2、1! 時間だっ! 撤収するぞっ!」

 リーダーの声と共に襲撃犯達は逃走する為の行動に移った。シャッター付近にいた者は指示に従って、シャッターを開け始めた。

「全員、床に伏せて、目をつぶれ」

 襲撃犯の言葉にその場に居た者は指示に従った。そうしなければ撃たれる事を、今までの襲撃犯の態度で骨身に染みて理解していたのだ。

 シャッターが上がり始め、潜れるくらいまで上がると襲撃犯達は素早く潜り、店外へと出た。


タターン

 襲撃犯達が店外へ出た瞬間、銃声が鳴り響いた。それは襲撃犯達のうち3人に見事に命中する。

「うわっ!」「うぉっ!」「ぐはっ!」

 命中した襲撃犯達はねばあ〜としたスライム状のものが張り付き、身動きできなくなった。

”やったーーっ! 兄貴”

”でかしたぞ、サブ!”

 目を輝かせながら弟分は言い、兄貴分は誉めた。二人とも見事に命中させていた。

「な、なんだこりゃ!」「う、うごけん」「くっ、このっ!」

 スライム状のものを剥がそうと懸命になるがどうする事も出来なかった。

「ちっ、これは低級霊かっ!」

 スライム状のものが何か見極めたのは令子が爆炎使いと言っていた男だった。

「そう、そのとおりよ。さあ、大人しくお縄に掛かりなさい」

 勝ち誇ったように令子は銃を構えながら言った。それはそうだろう。令子側は銃を構えたものが令子を含めて3名、うち2人は幽霊なので撃たれても痛くも痒くもない。それに比べて襲撃犯側は3人無力化され残り2名、リーダーと爆炎使いのみ。要注意は爆炎使いだけだ。

「くっ! イレギュラーか」

 リーダーは予定外の令子の介入に舌打ちし、銃を令子に向けた。その動作に令子も反応し、銃を撃った。

 銃声が響く。

「ちっ!」「あ、あぶな。!」

 リーダーと令子共に命中はしなかった。令子は冷や汗を掻くぐらい危ない所だった。令子は慌てて車の影に身を隠した。

「あんた達、見てないで応戦!」

 しばし、展開についていけてない霊達に令子は叱咤する。

””へ、へい! 姐さん!””

 令子の叱咤に慌てて反応しようとする。が、そうは問屋が卸さなかった。

「させるか! 爆!」

 爆炎使いの言葉と共に令子達の居た辺りに爆発が起きる。

”うわっ””兄貴〜”「きゃ!」

 爆風が起き堪らず美神達は吹き飛ばされた。幸い、直撃だった訳ではないので怪我は無かったが、襲撃犯達に数秒の時間を与えていた。

 令子達が体勢を整えた時には、動きを封じられていた筈の者達が爆炎使いの火による浄化で低級霊から自由になっていた。

「あっ、しまった」

 叫んだ時には、既に遅く牽制の為の銃弾が令子達の付近にばら撒かれた。これでは迂闊に動けない。

「今のうちだ。早く行け」

「お前は?」

 逃走用の車に乗り込もうとしない爆炎使いにリーダーが怪訝そうに尋ねた。

「俺一人の方が逃走は楽なんでね。とっとと行ってくれ」

「行くぞ」

 リーダーは爆炎使いの言葉に頷くと仲間に行動を促した。

「リーダー、バッグの一つが」

「たかが一つ、時間が無い。放っておけ」

 襲撃犯達は逃走用の車に乗り込むと車を発進させた。途中、パトカーがサイレンを発して向かってくるのが見えたが、襲撃犯の一人が弾丸を何発か、そのパトカーに叩き込み行動不能にして逃走に移った。

”に、逃げられましたよ。姐さん”

「別にあいつらの事はいいのよ。私にとっての本命は残っている方なんだから」

 令子は一息つくと気合を入れて行動に移った。車の陰から飛び出すと同時に銃を撃った。それは見事に爆炎使いに命中し、低級霊が張り付いたが、その途端に低級霊は燃え上がり、消滅した。

「なっ!?」

 その現象に令子は驚いた。

「たかだか、低級霊に俺の相手が務まるかよ。それより、思い出したぜ・・お前は美神令子。あの時の借りを返させてもらおうか」

 バキッ、ボキッと指を鳴らして、爆炎使いは気合を入れた。

「はん、あの時、ボコボコにやられたあんたにできるかしら?」

 令子は敢えて挑発しながら手に持った銃は役に立たないと投げ捨て、神通棍を手に持ち、互いに睨み合った。


(つづく)

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注)GS美神 極楽大作戦は漫画家の椎名高志先生の作品です。






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