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GS美神 リターン?
Report File.0033 「狼の挽歌 その3」
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「そろそろ時間ね」
真っ赤なオープンカーに乗ったサングラスを掛けた赤く長い髪にグラマラスな美女が時計を見て言った。時刻はAM8:55と表示されていた。
「ドキドキしてきたっす」
そう言ったのは美女の隣に座っている着物を着た年老いたばあさんだった。が、声は若々しく男の声だった。
「ふふ、中々様になって似合ってるわよ」
女はにこにこしてからかった。
「何言ってんすか! 大体、奇襲するって言うから仕方なくこの格好しているんすからね」
「くすっ、わかっているわよ。それ準備するのに結構、お金掛かったんだから。その代わり一寸やそっとじゃばれる事はないわよ」
「わかりましたよ。で、様子はどうっすか?」
ばあさんが先程からイヤホンで何か聞き取ろうとしている女に話しかける。
「ふふ、どうやら相手は閉店時に来ると思って油断しているわね」
「じゃあ、奇襲は成功しそうですね」
「へましなければね」
「うっ! プレッシャー掛けんといて下さい!」
「そろそろ開店するわよ。しっかりやりなさい。それから声と口調に気をつけるのよ」
「へーい」
ばあさんがオープンカーから降りてよたよたヨボヨボと杖を突きながら目的地であるかねぐら銀行○×支店の入り口へ向かった。それを見守る女の眼に、ばあさんがずべっと転ぶ姿が入った。
「・・不安。本当に大丈夫かしら、アイツ」
”何とかなるっす”
”俺らも準備しましょう”
美女に姿は見えないのに声が聞こえた。しかし、美女は動じる事は無かった。
「そうね。そうしましょうか」
それどころか当たり前のように返事した。
””へい、姐さん!””
その返事に美女はニヤリと不敵な笑いを浮かべた。美女は察しの通り、美神令子、ばあさんは横島忠夫である。
*
ガーーーッ!
防犯シャッターが上がり、かねぐら銀行○×支店の営業が始まった。
今日はかねぐら銀行○×支店にとって威信を掛けた重要な訓練が待っていた。その為か何時もより活気があるように従業員達は感じていた。
「いらっしゃいませーーっ!」
早速、今日は早々と客が入ってきた。窓口嬢の声が店内に響き渡る。その声は明るく元気良く誰が聞いても良い挨拶だった。
入ってきた客、ばあさんがヨボヨボと窓口嬢の方へゆっくり、ゆっくりと歩いていく。その歩みは亀のようだが確実に一歩づつ窓口へと近づいていた。
(よし、窓口は情報どおり2つだけだ)
ばあさん、いや横島は内心ほくそえんだ。
『OKよ。じゃ、タイミング合わせるわ』
『5』 『4』 『3』 『2』 『1』
「あのーちょっと、すいませんけど・・」
『ゼって、一寸まって!!』
「えっ!」
令子のカウントと共に行動を開始しようとした直前、静止するよう言われて横島は慌てて体勢を崩した。
「どけっ!!このババァッ!!」
突然、男のだみ声と共に背後から横に横島は突き飛ばされた。
「ぐはっ!!」
横島は体勢を崩していた事もあって派手に一回転して倒れる。
(なっ! 何だっ!何が起きたんだ!?)
痛む頭を抑えながら横島は辺りを見回す。
「げっ!!」
「全員、手を上げてカウンタの外にでろっ!」
そこには覆面をした男達、数人が銃を従業員に突きつけていた。
(ほ、本物ぉー!!)
「シャッターを閉めろ!」
「変なマネは起こすな。そん時は遠慮なくぶっ放す!!」
「そうだ、大人しく手を上げながら壁際に行くんだ」
矢継ぎ早に男達が指示をだす。流石に銃を突きつけられていては下手な事が出来ず。従業員は指示通りにするしかなかった。
そんな中、男達の隙を見て窓口嬢の一人が窓口のカウンタの下にある警報ボタンを押そうとした。
(ダメだっ!)
横島は窓口嬢の行動が不味いと思った。が、この状況に体が動かなかった。行動しても逆に殺されてしまうからだ。それだけの雰囲気をこの男達は纏っていた。
ターン!
「キャアーーッ!」
悲鳴と共に血しぶきが上がり、窓口嬢は倒れた。幸いにも弾は肩に当たったのか命に別状は無かったが、放って置けばそうも言ってられない。
「なっ! ほ、本物!?」
予想もしなかった銀行強盗の本番に支店長は一時的にパニックを起こしていた。
「ふん、下手な真似はするなと言ったはずだ」
襲撃グループのリーダーらしい男が言った。ニヤリと笑い、ケガをしている窓口嬢に銃口を向ける。窓口嬢は運が悪い事に気絶せずにいたので更に恐怖を味わう事になった。
「ひっ!」
銃で撃たれたショックの上、更に銃を突きつけられるという恐怖に窓口嬢は失禁してしまった。
「や、やめたまえ!」
支店長は従業員を背に両手を広げて庇いつつ、リーダーの行為に抗議した。
(どうする? どうすりゃいいんだ!? 俺の手元には銃が一丁だけ。向こうはどう見てもプロっぽい。助けようとしたって今度は俺が殺されてしまう・・)
横島は今の状況をどうする事も出来ず己の無力に打ちひしがれた。霊能力もあるには有るがそれだって接近戦には使えるだろうが飛び道具には叶わない。
「ボス!! 金庫が開きましたぜ!」
金庫を破った襲撃グループの部下Aが叫んだ。
(くそ! こんな時に・・こいつ等なんか文珠さえあれば・・って、文珠って何だ?)
自分の意識に知らない言葉が浮かんできて横島は戸惑いを浮かべた。それは疑念へと変わる。
銃の扱いの事といい、先程の文珠という言葉といい知らないはずの事が急に頭に浮かぶのだ。いや、そもそも栄光の手を始めとする霊能力を使える俺はいったい何なのか? たかが一週間程度の記憶喪失の中で得たとは思えない。となると唐巣神父が自分に何か隠していることになる。唐巣神父の人柄を考えれば教えないほうがかえっていいと判断したのかもしれない。だとしてもそれは自分にとって大切だったはずなのだ、思い出さなければならない。
「ちっ! おい今から1分と30秒だ。それ以上は危ねえ。金の確保に掛かれ。手前らだったら、これだけ時間がありゃ十分以上だろ」
「へいっ!!」
(俺は何か大事な事を忘れている。何をだ!?)
ズキッ!
「くっ!また・・だ」
記憶を探ろうとすると起きる頭痛。それは何を意味しているのか・・
「ふん。姉ちゃん・・運が良かったな。あんたも余計な事は言わん方が良いぜ。命が惜しけりゃな」
ボスは窓口嬢から銃口をはずし、支店長に一瞬、銃口を向けた。支店長は体を強張らせるが、銃口は直ぐに下ろされホッとした。一方、窓口嬢は銃口が外されたのに安心したのか緊張の糸が切れ気絶した。
『・・まク・・よ・・ま・ン、こら、いい加減返事しろ!!』
「はっ! み、美神さん!?」
「おい! うるせえぞ!! このクソババ!!」
襲撃グループの一人が横島に銃を向ける。
「ひぃーーっ! 大人しくしているので、ごかんべんをーー!!(うぉーこの話はギャグ属性じゃ無かったのかーーーっ! なんなんだーーっ! 何時の間にシリアス属性にーーっ!!)」
外見はばあさんの横島は内心で誰かに罵りながら、平謝りした。
「ちっ! 寿命を全うしたけりゃ、大人しくしていやがれ!!」
それが余りに滑稽に見えたのか、それとも余り事を荒立てたく無かったのかそれ以上は何もしてこなかった。
「ひぃ!(どないせぇちゅうんじゃーーっ!!)」
横島は多少オーバーに尻餅をついた。
「くっ、くっ、くっ、腰抜かしたかよ。ババア。精々、大人しくして養生するんだな」
そう言って襲撃グループの男がにやけたまま離れた。
*
「ま、まずいわね」
令子は想定外の事の成り行きに彼女としては珍しく呆然としてしまった。それはそうだ。いざ、ミッションをスタートさせようとした矢先に本物が襲撃を掛けてきたのだから。こっちが数秒早かったらややこしい状況になっていただろう。
”何がですかい?”
「決まっているでしょ。さっきの奴等、本物の銀行強盗よ。しかも、中の様子からしてその手のプロ。中に横島クンがいるけどマイクから聞こえる状況じゃ何も期待できないわね」
”美神さん、けーさつに連絡しました”
令子に指示されて公衆電話で110番してきたキヌが戻ってきた。
「ありがとう。おキヌちゃん。これで奴等の目論見は十数秒余裕を失ったわ。さて、この事態、どう収拾しようかしら」
自分は警察ではないから解決する義理は本来ないが、巻き込まれてしまったのだからしょうがない、と令子は方法を考え始めた。
(にしてもおかしいわね・・襲撃犯は約1分30秒あるって言っていた)
令子の計画では捻出できるのは厳しく見積もって30秒だ。1分の差があるのだ。
(何か有るわね・・)
令子は頭に引っかかるしこりに頭を捻った。
”アニキ〜、何か話が違ってきたと思うんだけど”
弟分は不安そうに兄貴分を見詰めた。
”サブ、俺もだ・・”
二人は無言でしばし見詰め合った。
”いっその事、あの強盗達に手を貸したほうが良い様な・・”
”サブ、それは少しだけ早計だ。もう少し様子を見てからにしよう”
令子とキヌが突然現れた強盗達に注意を奪われている間に、件の幽霊達はどうするべきかこそこそと相談していた。
”そ、そうっすね、アニキ”
”下手打ったら、姐さんに問答無用であの世行きにされるからな”
二人はそう決断するとぶるっと体を震わせ、くわばらくわばらと呟いた。
僅かながらの令子との付き合いなのに、その辺のことを確りと掴み、厄除けまで呟く辺りはこいつ等の観察力が確りとしているというべきか、令子自体が単純と言うべきなのか。
”横島さん、大丈夫なんでしょうか・・”
キヌは心配そうに今はシャッターが閉められた銀行の入り口を見やった。
「大丈夫でしょ。殺しても死ななさそーだし」
令子が横島につけさせていた小型無線機から中の様子を聞いている限り、下手な行動さえしなければ大丈夫そうだった。
(・・とはいえ、どうしようかしら。動いてもお金になら無さそうだし・・?)
美神は今後の行動方針を決めかねた。利益最優先主義という彼女らしい理由によって。
「あーーっ!! あいつ!」
突然、令子は叫んだ。脳裏にシャッターが閉まる時、そばで周りを確認していた襲撃犯の一人の男の顔が浮かんだからである。その男はとんがり目つきに赤い髪を逆立てていた。
はっきりと見えたわけではないが、霊気には覚えがあった。
(あいつ、前に会った事がある・・どこだっけ?)
令子が何かを思い出そうとした時、突如、そう遠くない所から爆発音が響いた。
「な、何!?」”きゃっ!””何が起きたんだ!?””兄貴〜”
令子達が驚きの声をあげた時、もう一度、別方向から爆発音が聞こえた。
「爆発!?」”何なんですか!?””テロかっ!?””あうあう、兄貴〜”
爆発した所、付近からは人々の悲鳴が聞こえていた。その様子からかなりの騒ぎになっているようだ。
「あーーっ! 思い出した。あいつ、GS試験の時の爆炎使い」
やっと、令子は頭の引っ掛かりを解消できたと笑顔になった。そればかりではない、それは金儲けへの糸口となるものでもあった。思い出した男はGS協会から手配されている賞金首だったのである。しかも、かなり高額の掛けられた。令子の目に一瞬、$の輝きが浮かんだ。
”あ、あの美神さん?”
キヌは様子が変に見えた令子に心配そうに声を掛けたが反応が無かった。
「ふっ、ふっ、ふっ、ここであったが運の尽き。あいつの賞金はこの美神令子が貰ったわっ!」
何気に令子は炎をバックに背負い拳を掲げた。そんな様子にキヌ達は思わず後退った。
”み、美神さん””やっぱり、姐さんを裏切ったらあかん””こ、怖いよ〜、兄貴〜”
キヌは汗など掻かない筈なのに冷や汗を感じ、兄貴分は怯え、弟分はそんな兄貴に抱きついて震えた。
もっとも令子はそんなキヌ達など目に入っていなかった。GS試験の時に完膚なきまでに叩きのめした奴が相手なのだ。賞金を手に入れるのはチョロイものだと浮かれた。
しかし、その思いが後に令子を苦境に追い込むことになる。令子と爆炎使いが対峙してから月日は流れているのだから。
(つづく)
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注)GS美神 極楽大作戦は漫画家の椎名高志先生の作品です。