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GS美神 リターン?
Report File.0003 「未来から その3」
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横島は古びた建物…唐巣神父が管理する教会を目の前に見上げていた。
「ああ、そういえばこの時期はまだ建て変わってなかったんだっけな」
様々な経緯があってこの教会は何度も建替えが行われていた。大半の原因が令子や横島絡みというのが、何とも言えないなどと少々感慨深いものを感じていた。
「さて、唐巣神父はいるかな?」
横島は唐巣がいる場合、昼間は常に開いている扉が閉まっているのを見て思った。この扉が閉まっているのは唐巣に所用があって教会を離れているか、教会内で除霊する為に部外者の邪魔が入らないようにしている時だけだ。
とりあえず教会には変な感じはしなかった。もっとも元々教会や神社等は一種の結界を形成しているので除霊をしていても分からないのだが。
「もし、居なかったらどうしょう。ええい、そん時はそん時じゃ!」
横島は意を決してノックした。しばらくすると誰かが近づいてくる足音がした。
(居た! 落ち着け、俺)
その音が近づくにつれ横島は知らずに緊張し始めていた。胸からドキドキと鳴りはじめ、プレッシャーがこみ上げてきていた。
(い、いかん、緊張してきてどう説明すればいいのかある程度まとまっていたのがどっかにとんでいっちまったー。どないしよー)
横島は頭を抱えパニックになりかけていた。そんな横島に追い討ちが待っていた。即ち
ガチャ
バコッ!
「ぐぉ!」
唐突(横島がパニックになっていたので単に気づかなかっただけだが)に扉が開かれ、扉の前にいた横島に扉は直撃した。所謂、お約束というものだった。
「はい、どなたですか? って、誰もいない?」
ピートは訪問者応対のため扉を開き、誰が来たのか確認しようとしたが、誰もおらず左右キョロキョロと首を振り確認した。
「あれ? イタズラかな? って何かにぶつかったような」
最初は居ないことに首を傾げた。しかし考えてみると先程、扉を開けた時に扉に何かがぶつかったような気がした。
(まっ! まさか!)
ある推測がピートを焦らせた。その推測どおりに恐る恐るピートは視線を下に落としていった。
推測は当たっていた。そこには額を押さえている少年が倒れていた。少年はバンダナを着けた高校生と思われた。
「あっ!」
それを見たピートは自分が何をしたか悟った。見てくれからどう間違えても、教会なんかに寄り付きそうにない少年というのがピートの第一印象だった。だが、そんな事は自分がやってしまった事とは全然関係ない。
ピートは慌てて謝ろうとしたが、その瞬間に件の少年…横島がいきなり自分の視界一杯にドアップで現れた。
「うわっ!」
それに思わずのけぞってしまうピート。次いでバンパイア・ハーフという人間よりも優れた動体視力をもつはずの自分でも捉えきれなかった事に驚いた。
「あっ!や、うわっ!やないわ!! このボケピート!! 何しやがる」
横島はあまりの仕打ちに腹を立て、この状況下ではピートは横島を知らないことも忘れて怒鳴りつけた。
「えっ、あ、あのごめん」
ピートは先ほどの驚きによる混乱の中、横島の気迫に押され反射的に謝った。だが、一部残っていた冷静な頭で自分が知らないはずの少年から自分の事を愛称で呼ばれた事に気付き疑問に思った。
「ごめんですんだら警察も美神さんのお仕置きもいらんのじゃー!!」
横島はピートの謝罪に対しそう返した。
「あのですね、僕は君の事知らないんですけど、何で君は僕の愛称を?(先ほどの動きといい一体何者なんだ?)」
横島に押されつつもピートは懸命に自分の疑問をぶつけた。その瞬間、先程まで勢いのある態度に出ていた横島はピタッと動きを止めた。
「し、しもたぁーーー! やってもーーたぁ! この時にはまだピートとは知り合って無かったんやったーー!」
いきなりピートに会ってしまったことで横島は少々混乱し、頭を抱えて叫んだ。端から聞くと怪しい言動であるのだが、混乱している為か、全然気がついていなかった。
横島にしてみればこれから相談するのに失態をしでかしてしまったと考えたが、実際はそれ程、致命的ではなかった。うまく話を運べば逆に信じてもらえそうなものだった。
「何か、えらい騒ぎになっているようだがピート君もそこの学生君も落ち着きなさい」
おもてが騒がしいのとピートが全然戻ってこないことで、何かトラブルがあったのかと事態を収拾するべく唐巣が騒いでる二人の元にやってきた。
「先生!」
「唐巣神父、あなたに相談したい事があるんですっ!」
横島は少々、唐巣を見て落ち着きを取り戻したのかほっとした顔をした。
「そうかい? ピート君、とりあえず、お茶の用意をしてくれないかな? どうも、話は長くなりそうだからね」
唐巣は横島の様子を見て、深刻な話になりそうだという事と客ということもあって、何時までも立たせるわけには行かないと、場所を移すことにした。また、気分を入れ替える為にもお茶を飲むことにしピートに指示を出した。
「はい、分かりました。先生」
ピートは目の前の少年、横島に聞きたいことがあったが、とりあえず師と仰ぐ唐巣の指示に従った。
「さて、君はこちらへ、そこで話を聞こう」
唐巣は横島を応接室へ案内した。そして、応接室にあるソファに座るように進めると自分も横島の対面に座った。横島が落ち着くのを待って唐巣は切り出した。
「さて、君、どんな相談かな?」
唐巣は優しく相談者たる横島に声を掛けた。その後、横島が話し始めるのを待った。
(う〜ん、どう言えば信じてもらえるんかな? 正直に言っても信じてもらえんだろうし、下手すりゃ黄色い救急車(*1)呼ばれるかもしれんし…)
横島はどう切り出そうか無い知恵絞って考えたが妙案が浮かばなかった。結局、ストレートに言うことにした。
「俺、横島忠夫って言います。信じられないかもしれないけど俺、未来から過去に来てしまったみたいなんです」
横島は真剣な顔で言った。
「えっ!?(み、未来から来た? 彼は電波さん!?)」
それを聞いた唐巣はその突拍子も無い発言に冷や汗を掻き戸惑ってしまった。少年の真剣な様子に本気で言っていることが窺える以上、何か悪いものに憑かれているのかと勘ぐって見たが、別段悪霊などが憑いているようには見えなかった。
「今、変な奴って思いましたっすね?」
唐巣が霊視で自分を見ているのを感じた横島は、やっぱそうだよなと心の中で嘆息しつつも、ジト目で唐巣を見た。変な奴と思われても仕方が無いのはわかっているのだが、こちらは逼迫している事がそのような行動をさせていた。
「い、いや、そんな事無いよ。はっ、はっ、はっ」
そんな横島に唐巣は笑ってごまかした。また、真剣に相談に来ているものに自分が信じられないと態度に見せてしまったことを未熟と反省した。
(まあ、俺だって経験が無かったら、とてもじゃないが信じられないよな)
唐巣の様子に横島は自分の経験を振り返る。様々な事を経験したがその中に時間移動できるというか、したケースは稀である事を知っている。というか、その稀であるケースのほとんどを目にしたり体験までしているのは何だかなとは思うのだが。
「いいっすよ。こんなもん、普通、こんな事を話しても信じられんと言うのは承知してますんで」
もうこれは勢いで行くしかないと横島は開き直った。
「そ、そうかい?」
「そうっす」
二人の短い遣り取りの後、暫し沈黙が降り立った。
その間、唐巣は横島の態度ににわかには信じられないが、真実の匂いを嗅ぎ取った。だいたい、自分を騙したとして彼には何のメリットも無いのだ。確かに彼が世迷言を言っている可能性はかなり高いが、それを判断するのは全ての話を聞いてからでも遅くは無いと考え、こちらから話を切り出すことにした。
「その突拍子も無い話を人に信じさせる事のできるものはあるのかな?」
「絶対といえるような証拠はないっす。俺が話す事から判断して欲しいんすよ」
信じてもらえるような話は実際の所、あまり無いような気がした。唐巣個人しか知らないような事を話していけば信じてもらえるかもしれないが、生憎、そんな事を話せるぐらい親しかったわけではないのでどうしようかと考えた。
「…いいだろう。話してくれないか」
横島の態度に謙虚さを感じて唐巣は居住まいを正して、聞き役に徹する事にした。その時、コンコンとノックの音が聞こえた。
「ピート君かい? 入りなさい」
ガチャ
応接室のドアが開き、ピートがお茶を持って入ってきた。
「失礼します」
そう言った後、お茶を置いていく。ちゃっかり、自分の分も用意しているピートの様子を見ると唐巣は少し笑って、横島に言った。
「彼も同席しても構わないかね?」
「いいっすよ」
横島の同意を得た唐巣がピートに頷くとピートは唐巣の隣に座った。横島としてもピートとの方が親しかったことも会って助かると考えた。
横島が少し思案している間に唐巣はピートに驚いてはいけないよと耳打ちして、横島が未来から来たらしいという事を語った。
「えっ!」
唐巣の忠告にも拘らずピートは驚きの声を上げた。余りにも突拍子の無い話であるから、当然なのかもしれない。ピートにしても七百年生きてきたが時間移動などと言う話は聞いたことが無かった。唐巣はピートにとりあえず話を聞いておくようにと言ってから横島を見た。横島はその様子に頷くと話を進めた。
「俺は未来ではGS見習いをしてたんすよ」
「ほう、誰のかね?」
横島の意外な言葉に唐巣は興味をもった。霊力は基本的に霊能に目覚めていない一般人でも持っており、僅かながらでも発しているものだ。況してや霊能者であればより強い霊力を発しているものだ。だがこの目の前の横島という少年からは一般人よりも霊力の発し方が少なかったからだ。
唐巣はお茶を手に取り、啜りながら、GS見習いというからには、誰かに師事を仰いでいるということだと考えた。師匠はまさか、自分か? 意外にそれが本当かもしれんと納得しそうになった。
確かにそれなら先程、入り口でピートの事を知っているようなことを言ったのも、自分を頼ってきたことも頷けると唐巣は思った。が、次の横島の言葉にその考えは粉砕された。
「美神令子さんです」
ブッ!
思いも寄らなかった人物の名前がでて唐巣はお茶を吹いてしまった。それはお約束のごとく見事に横島に掛かってしまった。
「うわわ、す、すまない。横島君」
そう言って慌ててハンカチを取り出し横島に渡した。
「…いいっす。慣れてますから…」
そう言った横島が涙ぐんでいたのは気のせいだろうか。ピートは絨毯が染みになったら困ると直ぐに雑巾を取りにいき、吹かれたお茶をふき取っていた。
「本当にすまない、それにしても美神君が師匠だって?」
唐巣はカチカチカチと先ほど飲んでいたお茶のカップを鳴らした。横島の言葉は唐巣にかなりの動揺を与えたらしい事がその様子からわかった。
あの美神君が弟子を?と弟子の性格を知っている唐巣は、そんな筈は…と疑問が一杯に広がり、もう一度、確認した。唐巣の知っている美神令子であれば弟子なんて面倒くさいし金にならない。第一、弟子のミスの責任を取る事を嫌がるはずだから、弟子を取る事なんてありえないという認識を持っていた。唐巣の認識は悲しいかな本当のことである。ただし、現在の美神であればという注意書きがつくのであるが。
「最初は違ったんすよ。最初はGSの助手としてバイト時給250円で雇ってもらってたんす」
苦笑いしながら横島は言ったが、心なしか時給を語るときだけは、何故か涙が見えたのは気のせいだろうか。
「「に、にひゃくごじゅうえん?」」
横島の時給を聞いた唐巣、ピートはその余り時給の低さに絶句した。今時のバイトであれば600円はかたい筈だ。況してやGSは最も危険な業種の一つである。そういう職種であればいかなバイトであっても、他の業種に比べて高額の報酬を約束されているのが常であるはずなのだ。
確かに唐巣の生活を見れば清貧の境遇で手元に何時も金が無く儲けていないように見える。まさに宵越しの銭は持たねえぜと江戸っ子気質でもあるんだろうかといった生活ぶりであった。だが、それには理由がある。
実際の所、一流である唐巣にだって得意先があり、定期的に依頼が発生する為、それなりの報酬を貰っている。ただそういった報酬は弟子たるピートへの給金や、知り合いの経営の苦しい孤児院などの運営資金として寄付したりで消えているのである。ピートの給金にしても結構な額で少なくとも一般家庭のサラリーマンが貰う給料よりははるかに多いのであるが、その給料は全て故郷への仕送りとしていた。実質上、それ用の銀行口座に振り込まれ引き落とされていくので唐巣達の手元にその報酬が渡る事は無い。よって余程、意識しない限り、そういうものがあるという事が頭から除外されているのだ。
じゃあ、どうやってこの師弟達は生活しているのかというと臨時で入る仕事の報酬で賄っている。ただ、この臨時収入については貰えそうな者ならば貰うとしているのだが、大概が貧しい者達なので唐巣の人となりから、そういう時は貰う事は無い。まとまった金であった場合でも、痛んだ教会の補修費や公共料金等の支払に費やされ、まともなご飯を食べる事は二の次になっていたりする。
じゃあ、補修費なんかは後回しにすればいいのにとなるのだが、飢えよりも信仰に重きをおいているし、依頼者の台所事情を考えると補修費に当てるほどまとまった金が入る事は滅多にないのだ。よって何時も貧乏であった。
「そ、それ本当なのかい!?」
横島の話を聞いて唐巣は、あの金に異様な執着を見せる令子君ならそれも有り得るかと思った。
「ああ、本当です。もっとも後でGS見習いになって昇給したけど」
肯定はするものの、本当に僅かばかりの金額であった事が悲しいよなと横島は心の中で涙した。よくよく考えてみれば、それが自分の価値なのだと言われたような気がして落ち込んだ。実際は令子の意地っ張りのせいなのだが、横島にそれが伝わっていない以上、幾ら令子がそれなりに評価していたとしても関係が無かった。
「そうなんですか、良かったですね」
余りにも低すぎる自給に驚いていたが、昇給したと聞いてピートは少し安心した。それは唐巣も同じであった。
「ああ、時給255円だけどな」
「「な、なんだって」」
唐巣、ピートはまた横島の言葉を聞いて絶句した。
「み、美神君、君はいったい何を考えているんだい?」
唐巣は頭が痛くなってきた。昇給がたった5円…余りの哀れさと弟子であった美神令子に語りかけていた。
「僕らも結構、貧しいと思っていましたが下には下が居るものなんですね」
ピートはピートで横島の境遇に涙していた。
「俺だって、俺だってなー」
横島はそんなピートに誘発されたのか涙を流して叫んでいた。
(戻ったら絶対、賃上げ交渉だ!)
今までは惰性で今の待遇に甘んじてきたが、何時までもそういう訳にはいかない。横島は令子にとってお金が価値基準だというなら、令子にとって今の自分の価値はどうなのか知りたいと思い、固く誓った。
もっとも令子を前にしてその誓いが果たされるかは怪しいのだが。
(つづく)
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<補足>
*1) 「頭のおかしい人は黄色い救急車が迎えに来て、鉄格子のはまった病院に連れて行かれる」という都市伝説です。地域によっては「緑色の救急車」とか「青色の救急車」とか言われることもあるらしい。
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注)GS美神 極楽大作戦は漫画家の椎名高志先生の作品です。