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GS美神 リターン?

 Report File.0002 「未来から その2」
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 授業終了のチャイムが鳴っても、あれこれ考えている横島はトイレに篭ったままだった。

(今は高二の春か、この時期は確か…前の所のバイトを首になって、生活費稼ぐためにバイト探していたんだっけ。それで、美神さんの色香に惑わされて勢いで、重労働に危険、そして賃金も安いという、振り返ればお前アホじゃといわれても反論できない、凄い労働条件にも関わらず、雇ってもらうことにしたんだよな。くっ! 時給250円…今考えれば、何度も死にかけたりしたっていうのに、よう辞めんかったな。やっぱり、あの美神さんの色気やな。アレなくしては続けてなかったやろな…)

 横島は考え深げに当時…時間軸で言うと今より未来と、ややこしい事だが、経験した事柄を振り返り、労働条件に見合っていたのか考え始めた。もっとも、この件については何度も何度もやってきた事であり、第3者から見ればそんな事は一目瞭然なのだが、如何せん横島は懲りない男である。いざ、令子の胸やフトモモを目にした瞬間、そんな事はどうでもいい事と思ってしまい頭から消えていたのだ。

 令子は現世の利益最優先とか言っていたが、横島は眼前の色気最優先であった。欲望のベクトルが違うだけでまさに似たもの師弟であった。

(何年か働いても上がった時給はたったの5円、それになけなしの危険手当てか…む、空しすぎる。それで手に入れたものは…)

 横島は今は未来である出来事を振り返って涙した。

(とにかく、今の時間で頼れそうなのは誰だ? 美神さん…は金が無いとダメだ)

 へえーそうなんだ。で、横島にはお金無いの? じゃ、ダメネ。第一、面倒くさいじゃないといった言葉を吐く所が想像できた。

(エミさん…伝手が無いな)

 はあ? おたく誰よ? 知らない奴に関わる義理は無いわねという情景が思い浮かぶ。

(冥子ちゃん…ダメだ、頼りになりそうに無い。逆に悪化しそうな気がする)

 ふ〜ん。そうなんだって、言われて終わりそうだなと結論が出た。

(隊長はこの時期、死んでいる事になっているからな…場所がわからん。魔鈴さんはこの時期、日本にいない。カオスのじーさんもそうだな。もっとも、居ても頼りなるか? ちゅーと微妙だよな。ついでに西条も)

 西条の場合は居たとしても絶対頼りにしたくないと横島は考えた。この時であれば向こうはまだ横島に関して、何のわだかまりも無いので頼りにできるはずなのだが、さすが犬猿の仲というべきだろうか。

(あと頼りになりそうな人と言ったら…唐巣神父だよな。うん、あのおっさんならいいだろう。何てたって美神さんの師匠だし、困っている人は放っておけない性質だからな!)

 思い浮かぶ人物たちは能力はあっても、とてもこの状況に頼りに出来そうに無い者達ばかりだった。そんな中に一人とはいえ頼れそうな人物がいた事に横島は感謝した。誰に感謝かはこのさい伏せておく。

「よし、とにかく唐巣神父の所に行ってみよう!」

 思索が終わり立ち上がった時、丁度、休憩の終わりを告げるチャイムが鳴り、次の授業が始まっていた。

「…ま、いっか。一応、体調不良という事でクラスを出たんだし。それに推測通りなら何時、時空移動するか分からんから時間との勝負になる。一分一秒無駄にできんのだ!」

 これからの人生というか、この事態をどう切り抜けるかという重要事項の前には学校の授業を受ける事など些細な問題でしかない。横島はこのまま学校を抜け出し唐巣神父の教会に向かう事にした。


          *


ぜぇ、ぜぇ

 唐巣神父の所へ向かった横島であったが、色々とアクシデントが発生し、息を切らせ疲れきっていた。というのも学校を抜け出したのは昼頃であり、その時間は学生であれば普通、学校にいるものである。だが、横島はそんな時間に学生服を着て街中を歩いていので、嫌に目立ってしまった。お陰で補導員の目にとまってしまい、追いかけられ壮絶な逃走劇を演じる事になってしまったのだ。

 もっとも横島も逃げに関しては足とスキル、何よりも、今までの覗きなどでの逃走成功という経験に裏付けられた自信を持っていたので、しばしの追いかけっこも横島の完勝と相成った。

「ご、誤算だった。まさか補導員に追いかけられるとは。こんな事なら素直に放課後に行動するんだった」

 そう言葉を吐くのも無理もなかった。逃走劇が終了した時にはすっかり時間が過ぎており、放課後になっていたのだ。横島は付近の壁に手を着いて息を整え、目的の場所へ向かい始めた。

(もうすぐ唐巣神父の教会につくと思うが、この頃ってピートってどうしてたんだっけ?)

 唐巣神父の教会を目指す間に自分の親友?の一人であるピエトロ・ド・ブラドー、通称ピートはこの頃どうしていたのだろうかと横島はふと、思った。

 ピートは吸血鬼と人の間にできたハーフである。その為、人よりも優れた能力を持つ。それに容姿にも優れていた。

 そんなピートを普通であれば、女にもてる奴は敵だ!と横島は毛嫌いするはずなのだが、ピートに差し入れしてくる弁当を惜しげも無く分けて(奪って?)くれたりするので、稼ぎが低く貧乏生活を余儀なくしていた横島にとって貴重な栄養補給源であった事、や生来の性格からそれなりに複雑な思いを抱きつつも自然と友達付き合いするようになったのである。

(確か、故郷のブラドー島の親父さんが目覚めた時に俺は始めて出会ったわけだが、それ以前から唐巣神父の弟子になっていたらしいからな。ひょっとしたら会うかもしれんな)

 横島は唐巣神父の教会に向かいながら、自分の今の境遇をどう説明したもんかと考え込んだ。


 所々に傷みが目立ち始めた小さな教会にて今、二人の男が真剣な面持ちで絵を眺めていた。その絵は普通ではなかった。なんと、描かれている人物が動いているのである。

<出せ! ここから出せ! 出さねば末代まで祟ってやるぞ!!>

 それだけではないその動いている人物が喋ってさえいるのだ。

「先生。そろそろ除霊に取り掛かりましょう」

 二人の男のうち一人は若く、少々不健康な印象を与えるものの金髪の容姿端麗な少年といって良かった。ただ、人によっては老人のようにも、少年のようにも見える不思議な感じを与える。そんな少年が緊張な面持ちで自分のゴーストスイーパーとしての師匠であり、この教会を管理する男に話しかけた。

「ああ、そうだね。だが、今日はピート君、君がやるんだ」

 話しかけられた神父の服を着た壮年のメガネをかけた生真面目そうな男はにっこりと笑って、少年ピートに言った。

「え? ええ〜っ!? せ、先生。ぼ、僕がですか!?」

 神父はピートの驚く声に頷いた。

「その通りだ。そろそろ私の元で学んだ成果を確かめて見てもいいんじゃないかと思ってね」

「そんな。僕はまだ…」

「ピート君、君は自分の事を卑下しすぎだよ。私には今回の悪霊程度なら十分にピート君でも相手できると判断したんだよ。私を信じられないかな?」

 神父…唐巣は少し卑怯な言い方かな? と思いながらも、踏ん切りのつかない弟子の背を後押しをした。

「はい。自信はありませんがやってみます」

「なーに、大丈夫だよ。例え君がへまをしたとしても、私がバックアップについているんだ。何も心配する事はない」

「わかりました!」

 唐巣の言葉に踏ん切りがついたのかピートはやる気を出した。

「じゃあ、やってみようか」

「はい」

 ピートは返事をすると自分の聖書を左手に持ち開いた。そこで一度、深呼吸し落ち着くと右手を絵にかざして精神を集中し始めた。

<ぬぉーーー! 我を祓おうと言うのか!! させん、させんぞ!!!>

 絵に取り付いている悪霊がピートの行動に危険を感じたのかもがき始めた。その抵抗は思いのほか強くピートに対して、悪霊の放射する霊力はプレッシャーとなって襲い掛かった。

「ピート君、気を緩めてはいけない。確りと集中するんだ!」

「はいっ!」

 信頼する師の言葉に圧倒されかけたピートは何とか持ち直し、悪霊を払うために精神を集中させ、力を溜め込んでいった。

「いいぞ、その調子だ」

 唐巣の言葉と共に悪霊の抵抗をねじ伏せつつピートは霊力を高めていった。ある一定の所に達した瞬間、今度はそれを悪霊にぶつける為の行動に移った。

「絵画に取り付く邪悪なる者よ!! 汝が犯した罪を悔い改めよ!! 主、イエス・キリストの御名において命ずる!! 消え去れ悪魔よ!!!」

 ピートはカッと目を見開き、朗々と言葉を紡ぐと共にかざしていた右手を突き出した。その瞬間、掌より光(この場合は聖光と言うべきか)が発生し、絵に取り付いているモノに真っ直ぐに伸びた。

<ギャァーーーーーー!!!>

 その光が悪霊に触れるや否や悲鳴をあげ、消滅した。

「ふう…!」

 ピートは集中している時に掻いた額の汗をぬぐいながら一息ついた。

「いかんっ! 気を緩めるなっ!」

「えっ!?」

 その言葉にピートがはっとした瞬間、消滅したと思われた悪霊がピートに襲い掛かった。

<よくもやってくれたなーっ!>

「くっ!」

 辛くもピートは悪霊の攻撃を避けた。常人であれば避けれなかったであろうが、幸いにも彼は常人ではない。彼は常人よりも身体能力が遥かに優れた吸血鬼とのハーフ…バンパイア・ハーフで、外見は少年であっても、齢七百年も重ねているのだ。

 だが、それでも避けるのが際どかった事もあって体制を崩し、転がってしまった。

 そんなピートになおも悪霊は襲い掛かろうとするが、その間に割り込んだ者がいた。唐巣である。

「邪悪なる者よ!! 汝が犯した罪を悔い改めよ!! 主の御名において命ずる!! 消え去れ悪魔よ!!!」

 襲い掛かる悪霊の攻撃を捌き、去なしながら、唐巣は詠唱を完成させ聖光を悪霊に叩き込んだ。

<ギャァーーーーーー!!!>

 叩き込んだ光が悪霊に炸裂すると悪霊は断末魔の叫びをあげ、今度こそ消滅した。

「す、凄い」

 ピートは驚嘆の声を上げた。唐巣は自分よりも短い集中力と詠唱で、自分の放った攻撃よりも遥かに強力なものを放ったからだ。

「ふう・・・!」

 唐巣は集中している時に掻いた額の汗をぬぐい一息ついた。

「あ、ありがとうございます。せ、先生」

 何とか立ち上がってピートは唐巣に礼を言ったが、除霊を失敗してしまった為、元気は無く落ち込んでいた。

「大丈夫かい、ピート君」

「は、はい…」

 唐巣の問いかけにピートは更に落ち込んだ。

「そうか…」

 沈んだピートの様子に唐巣はどうアドバイスしようか考えた。

「やっぱり、まだ僕には無理なようです」

「そんな事はないよ。ピート君。確かに今回は結果的に失敗したけど、最初の攻撃の後、気を緩めずに確認できていれば十分に対処できていた事だよ」

「でも、本来でしたら、あれぐらいの悪霊は一撃で倒せなくちゃ…」

「そんな事はない。あれは私の見積もりミスだよ」

 唐巣の予想以上にあの悪霊は力を発揮して見せたのだ。ピートのあの攻撃は普通の悪霊であれば十分であっただろう。

「でも僕の浄化は先生のに比べても…」

「いいかい、ピート君。修行中の身である君と私と比べても仕方ないと思うよ。私は君の師匠なんだよ? 一人前と認めていない弟子よりも、師が劣る事などないんだからね。君はまだまだ修行中なんだ。気にする必要は無い。それどころか、より多く学べたと思うのだがね」

 ピートはなまじ吸血鬼に由来する魔としての強力な力を持っている。それだけに今回の相手の力が、どんなものだったか理解していた。だが、元々持っている力を基準に考えているからこそ厄介だった。本来の力を行使すれば実際、ピートは今回の悪霊など問題ではないのだ。それに比べて今、身に付けようとしている聖なる力は弱いので錯覚を起こしているのだ。

「やっぱり、僕みたいな存在には聖なる力は使いこなせないんじゃないでしょうか…。僕の生まれは」

「大丈夫だ。ピート君。君にはできる! 自信を持ちたまえ。現に君は何度か既に神の声を聞いているじゃないか」

 殊更に自分の出自を卑下するピートの言葉を遮るように神父は言った。

「そうでしょうか?」

「もちろんだとも。考えても見たまえ、私と出会ったときは聖なる力なんて全然使えやしなかった。それが今や使えるようになって来ているんだからね。ちゃんと君の想いは神に届いている。でなければ君に聖なる力が扱えるはずがないじゃないか。聖なる力は神の教えに従っていても、誰にでも扱えるものではないのだから。自信を持ちたまえ」

 そう、聖なる力は誰にでも扱えるものではない。もしそうであったなら巷にあふれ出ている悪霊など当に駆逐されているだろう。だがそうなっていない。神の声は敬虔深い者なら誰でも聞く事はできる。が、それを真に理解する事ができねば神の御業を招来する事はできないのだ。

 唐巣はピートの出自(バンパイア・ハーフは魔に属する邪悪な存在)から来る自信の無さは根深く、それを払拭させるのは厄介だと思いつつ励ました。

「そう、そうですよね」

「そうとも、君が神の教えを守り、神の声に耳を傾け君は神の声を理解している。足りないのは自信だけなんだよ」

 確かに出自ゆえに、聖なる力を扱う事は人よりもハンデがある。それ故に伸び悩む所も多々あるが、それとて努力を積み重ねれば乗り越えれない事はない。

「はい」

「自信なんて早々にはつかないからね。こればっかりは少しずつ積み上げていくしかないよ。まあ、例外はあるけどね」

 神父はピートに言いながらある二人の女性を思い浮かべた。

 そのうちの一人、美神令子は唐巣の方法は合わず伸び悩んでいたが、何かの切っ掛けで自分に合った方法を見つけてからは一気に才能が開花した。

 もう一人は令子の母親である美智恵であるが、こっちは自分が面倒見た時には、既に自分の除霊スタイルを確立しており、自分の指導の余地はなかった。

「例外・・ですか?」

 そんな神父の様子にピートは問いかけた。

「そう、たまに自信の塊みたいな人がいるんだよ。そこに根拠があるのか? と思いたいぐらいにね。そうだね、身近な例でいうと、ピート君の姉弟子にあたる美神令子君とかね」

「美神令子って、前に話してくれた、つい最近まで先生の弟子だった美神令子さんですか?」

 ピートは神父の話を聞いただけの人物の名をあげる。

「そうだ。彼女は最近、独立してね。この近くにもう事務所を構えている」

 唐巣は苦笑も交えて言った。彼女の噂を最近耳にしたからだ。デビューして瞬く間にその才能と美貌とで名を上げ、アッと言う間に一流のゴーストスイーパーとして業界に知られていた。対処も早く、的確である。ただし、料金は高い。と言う事であったがそれでも引く手、数多であった。

 下手なゴーストスイーパーに依頼して除霊失敗されるより、多少? 割高でも確実に成功する方がイメージを気にする企業等にはいいのであった。

 唐巣も弟子の成功は嬉しいのであるが、素直には喜べなかった。と言うのも唐巣は困っている人々を助けるために教会から破門されても、このゴーストスイーパーという稼業を続けているのだから。

 だが彼女の場合、金持ち以外は相手にしないやり方であり、唐巣の方針からはどうしても賛成できなかった。

 だからといって、一人前となって独立した彼女に口を出すつもりは無かった。それは気持ちを押し付けるだけだからだ。真に変わる事ができるのは己自身が悟った時だけだと言う事を神父は経験上知っていた。

 何より、彼女が間違った道を歩む時は神が罰を与え、彼女を諭すだろうと信じていた。

「そうなんですか」

「例外はともかく、普通は日々の努力の積み重ねが自信をつけていくものさ。私だってここまでなるのに随分かかったんだからね」

 まあ、手っ取り早くって方法もあるにはあるんだが…とある修行場のことを思い浮かべながら唐巣は言った。

「分かりました」

「気を落とさずにじっくり行こうじゃないか。焦ってはいけないよ」

 唐巣は極最近の弟子であった美神令子とピートを比較して思った。彼女の場合は欲がたたって唐巣の方法はダメだったが、ピートは敬虔深い心を持ってたため自分と同じ方法を扱えるだろう。

 このままうまく育ち、本来の自分と正しく向き合う事が出きれば、聖なる力と生来のものである魔力の相乗効果により自分を超え、人には到達し得ない高みに上るのも夢ではないと唐巣は見込んでいた。

「さて、ピート君。除霊は完了だ。依頼主の山崎さんに届けてくれないかな」

「分かりました。先生!」

 ピートの返事を聞いて、唐巣はピートが自信喪失にならずに済んだ事に安心した。

 唐巣に言われさっそくピートが除霊した絵を梱包していた時、教会の扉がコンコンと音を立て誰かが訪ねてきた事を知らせた。

「おや? 誰か来たみたいだね。」

「先生。僕が出ます」

 そう言ってピートは作業を止めて扉を開けるべく向かった。この時、この瞬間から未来からやってきた横島の知る歴史の流れから少しずつ、変化しようとしていた。


(つづく)

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注)GS美神 極楽大作戦は漫画家の椎名高志先生の作品です。






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