ガラス製品中の硫化ニッケル異物を分析する
強化ガラスの自然破損を起こす硫化ニッケル異物と分析方法

硫化ニッケル(NixSy)異物が強化ガラスに含まれると、その製品が板ガラスや容器ガラスに関係なく
硫化ニッケル結晶のα相からβ相に伴う約4%の体積膨張によってクラックが急激に伸展して破損に
至ります。このような現象は自然破損(Spontaneous Breakage)と呼ばれます。硫化ニッケル異物の
平均粒径は150μm程度と微小であるためにこの異物の検出は自然破損の対策に対して重要です。

顕微ラマン分光法(micro-Raman Spectroscopy)は、μmの微小領域で結晶状態を定量的に評価
できる試験・分析の技術です。測定サンプルには導電処理は必要ありません。また鏡面研磨された
断面であれば正確な分析ができます。定性分析程度ならば透明体中の異物であれば研磨無しでも
測定が可能です。測定時間は数10秒~数分以内です。解析も多くのデータベースから参照できます。


1.ガラス中の硫化ニッケル異物の測定

 ガラス製品中に流出した硫化ニッケル(Nickel Sulfide)に対しては、顕微ラマン分光法で高温で安定なα相と低温で安定なβ相を明確に識別することができます。右図は、硫化ニッケル異物のβ相(緑色)α相(赤色)を測定した結果です。
 低温で安定な
β相は246cm-1、300cm-1、349cm-1および373 cm-1付近に明瞭なピークが確認できます。しかし高温で安定なα相には明瞭なピークは確認できません。

 顕微ラマン分光測定では、近年の共焦点顕微ラマン分光装置の使用によってφ1μm程度の微小領域での測定を可能としてるので、
共晶関係(eutectic)にある結晶状態も検出することができます。

 そして他の分析手法に対して大きな利点は、
①測定時間が短いことそして②非破壊での測定も可能であることです。測定は数10秒~数分以内で可能です。ガラスは透明体なので、ガラス内部に含まれる硫化ニッケル粒子の表面部分で顕微鏡の焦点を合わせることでそのまま測定できますが、高精度の測定をするためには、鏡面研磨した断面で測定することが必要です。

 硫化ニッケル異物の分析に対しては以下のような分析手法を使うことが可能です。

①化学組成:電子線マイクロプローブ(EPMA)
②結晶状態:顕微ラマン分光(micro-Raman Spectroscopy)
③相転移温度:熱分析(DTA、DSC)

 
硫化ニッケルのα相とβ相の顕微ラマン分光測定の結果

硫化ニッケルのα相とβ相の顕微ラマン分光測定の結果
Sakai(2020):Glass Technol.: Eur. J. Glass Sci. Technol. A, 61, 16–24
酒井・佐藤(2020):Jour. Ceram. Soc. Japan, Supple. 128 [7] S1-S7を参照してください。

2.硫化ニッケル異物の相転移率の測定

 共焦点顕微ラマン分光計を用いると、φ1μm以下の分析領域でラマン分光のプロファイルを得ることができます。照射されるビームをX-Y方向でスキャンさせて、特定の波数のピーク強度をマップ状にプロットすることで、結晶状態の違いを断面で可視化することができます。

 右図は金属顕微鏡による写真(左側の図)と顕微ラマン分光によるマップ分析の結果(右側の図図)を比較して示しました。
分析点No.1はβ-NiS、分析点No.2はα-NiS、また分析点No.3はβ-Ni7S6と同定されました。したがって、この硫化ニッケルのβ相の含有量は約44%であり、β相転移に伴う体積膨張率は~2.9%であることが分かりました。

 このように、自然破損した強化ガラスに含まれる硫化ニッケルのβ相転移率とβ相転移に伴う体積膨張率を知ることができ、自然破損の真の原因やメカニズムを明らかにすることができます。

共焦点顕微ラマン分光のマッピング測定の結果

共焦点顕微ラマン分光のマッピング測定の結果

酒井(2004):Jour. Ceram. Soc. Japan, Supple. 132 [1] S1-S6を参照してください。

3.β相転移率の定量化で解ること

 ガラス製品に含まれる硫化ニッケルのβ相転移率が定量的に把握できれば、以下の対策に対して大きなメリットがあります。
 1)強化ガラスの自然破損の原因の解明
 2)最適なヒートソーク試験技術と条件の確立
 3)安全で安定した操業技術の確立

1)原因の究明

 自然破損した強化ガラス中の硫化ニッケルが
α相であったのか、あるいはβ相であったのかは非常に重要な情報となります。すなわち、α相であったならば強化工程の中で破損した可能性が高いです。特に厚い板ガラスは徐冷速度が遅いので冷却過程で硫化ニッケルがβ相に相転移する可能性があります。その際クラックができて強化工程の熱応力で破損する危険性があります。

2)最適なヒートソーク試験技術の確立
 硫化ニッケルの
β相転移率の定量化によって最適なヒートソーク試験技術の操業条件を決めることができます。右図はオフライン式インライン式のヒートソーク試験技術の操業条件を示しています。

3)金属異物混入対策
 ニッケル(Ni)成分を含む金属の使用を止める。熔融ガラス中に混入しないような対策をする。など色々な対策につながるデータを提供します。



強化板ガラスの硫化ニッケルによる自然破損回避のための
ヒートソーク試験とその操業条件(ISO20657_2017)の比較

上段: オフライン・ヒートソーク試験における最適な操業条件。
昇温速度:3℃/min、保持温度:260℃±10℃、保持時間:2時間
酒井・佐藤(2020)によると保持温度:240℃±20℃で保持時間15min以上ならば十分にβ相転移できる。
下段: インライン・ヒートソーク試験における最適な操業条件。
強化工程から220℃で12min以上保持。
強化工程後220℃±20℃に保持して14min以上保持してから冷却すると十分にβ相転移できる。


4.資料

酒井千尋 「風冷強化ガラスと自然破損」 NEW GLASS, .23, No.3, 25-31, 2008。
酒井千尋 「第73 回日本セラミックス協会技術賞を受賞して 高信頼性強化板ガラス製造ためのインライン連続式ソーク技術の開発と実用化」 セラミックス, 54, No.6, 424-425, 2019。
酒井千尋・佐藤良司 「オフライン・ヒートソーク試験の低温処理化の可能性」 Journal of the Ceramic Society of Japan, Supplement, 128, 7, S1-S7, 2020。
Chihiro Sakai "Advanced technology for in-line continuous heat soak test of tempered sheet glass to guarantee high reliability Glass Technol.: Eur. J. Glass Sci. Technol., A, February, 61 (1), 16–24, 2020。
酒井千尋 「強化ガラス自然破損起点の硫化ニッケルのβ相転位分析技術」 Journal of the Ceramic Society of Japan, Supplement, 132 [1] S1-S6 2024。
   
まとめ

 強化ガラスの自然破損(Spontaneous Breakage)を引き起こす硫化ニッケル(Nickel Sulfide)異物の結晶状態を定量的に把握することは安全な強化ガラスの提供のために重要な試験評価技術となります。従来からの電子線マイクロプローブ(EPMA:Electron Probe Micro-Analysis)分析に加えて、汎用的な光学顕微鏡観察粉末X線回折法などと共に、新たに顕微ラマン分光分析技術(micro-Raman Spectrometery)を用いた結晶構造の解析が自然破損の原因究明と対策に対して非常に有効です。微小な異物解析に対して、顕微ラマン分光法の評価技術は極めて有効な分析方法です。

文献
「強化ガラス自然破損起点の硫化ニッケルのβ相転位分析技術」
"Analysis of beta-phase transformation of nickel sulfide from the origin of spontaneously fractured tempered glass"
Journal of the Ceramic Society of Japan, Supplement 132 [1] S1-S6 2024.


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