顕微ラマン分光法で岩石を構成する鉱物種を迅速に同定する
顕微ラマン分光装置を使った高精度の結晶同定技術



 岩石を構成する鉱物相の同定は、従来から
偏光顕微鏡(Polarizing Microscope)を用いた光学的な観察と解析で汎用的に行われてきました。偏光顕微鏡を用いた鉱物の光学特性(Optical Properties)に基づく観察方法では、屈折率(Refractive Index)多色性(Pleochroism)消光角(Extinction Angle)光軸(Optical Axis)、そして伸長性(Elongation)などの種々の特徴によって鉱物相を正確に同定します。
 しかし、このような偏光顕微鏡を用いた観察では
鉱物学や造岩鉱物学の専門的な知識が必要となります。
 また、これらの鉱物相の化学組成を知るためには
高真空装置(電子線マイクロプローブアナライザー:Electron Probe Micro-Analyzerエネルギー分散型X線検出器(EDX: Energy Dispersive X-Ray System)を装着した走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)用いて、表面を導電処理した研磨薄片上での測定が必要になり、高額の分析装置を準備することが必須となります。
 これに対して
顕微ラマン分光法(Micro-Raman Spectrometry)による測定では、以下のような大きな利点を持っています。

・光学顕微鏡(偏光顕微鏡)の操作と同様に、大気雰囲気中で鉱物相を直接観察しながら顕微ラマン分光のプロファイルを1ミクロンの微小な範囲で測定できる。
・研磨面での測定では高精度の分析ができるが、透明体の場合には、表面から内部に位置する鉱物相も顕微ラマン分光装置の焦点の結像によって測定できる。因みに、
EPMA分析SEM-EDX分析では表面に露出している結晶相しか分析ができない。
・顕微ラマン分光法は大気雰囲気中で測定が可能であるので、非常に迅速にまた簡単にラマン分光のプロファイルを得ることができる。
・顕微ラマン分光装置の走査は基本的には光学顕微鏡の操作とほとんど変わらない。そのために初心者でも簡単な講習を受ければ、観察と測定が可能である。
・得られたラマン分光のプロファイルを解析することによって容易に結晶相などを同定できる。また、データを詳しく解析することによって、組成の変化や結晶構造の変化なども解析できる。

1.鉱物相の正確な同定

 コランダムとスピネル

 
コランダム(Corundum)の組成はAl2O3です。また、スピネル(Spinel)の組成はMgAl2O4です。
 スピネルは遷移金属元素を僅かに含むと青色や赤色に色づきますが、薄片では殆んど区別できません。偏光顕微鏡のクロスニコル下では、コランダムは六方晶系(Hexagonal)であり、スピネルは立方晶系(Cubic)であるために、消光状態を観察することで区別できますが、通常の光学顕微鏡を使用したり、また専門知識がないと区別が困難です。
 両者の屈折率は、コランダムが
n=1.760-1.772であり、スピネルがn=1.75であるために非常によく似た輪郭を示します(右図)。
 そのような場合に、顕微ラマン分光測定を行うと両者を容易に識別することが出来ます。
コランダムとスピネルの光学顕微鏡写真
コランダムとスピネルの光学顕微鏡写真
 右図の上段はコランダムのラマン分光のスペクトルを示し、下段はスピネルの顕微ラマン分光のスペクトルを示します。左側の図は、ラマン分光のスペクトルを掲載したWebから引用したスペクトルで標準的なプロファイルを示します(以前に引用の許可を頂きました)。
 RRUFF Project website
 Database of Raman spectroscopy, X-ray diffraction and chemistry of minerals (rruff.info)
 右側の図はガラス中に含まれるコランダムとスピネルのそれぞれのラマン分光のプロファイルです。どちらもベースラインが高くなっておりますが、ピーク位置は標準データと一致しており、コランダムとスピネルの鉱物相の同定が可能であることがわかります。
 このようにして、Webの鉱物相のデータベースを活用して、ガラスや岩石中の鉱物相の同定を迅速にまた正確に行うことができます。
コランダムとスピネルの顕微ラマン分光のプロファイル
コランダムとスピネルの顕微ラマン分光のプロファイル
2.鉱物の組成分析
 クロマイト(Chromite)の化学組成
 クロマイトはFeCr2O4の化学式(理想式)で示されます。すなわち、2価の酸化鉄(
FeO)と3価のクロム酸化物(Cr2O3)の化合物の結晶相です。Fe2+はMg(2+)と置換し、またCr3+はFe3+などと置換して完全固溶体を形成します。
 クロマイトの組成は、岩石の形成条件(温度や圧力など)によって変化するので、化学組成を知ることは岩石の形成された条件を明らかにするために非常に重要です。
 
EPMA分析SEM-EDX分析では正確な化学組成を知ることが出来ますが、高真空装置内にサンプルを挿入することやサンプル表面の導電処理が必要なために短時間での分析に対しては適していません。
 
顕微ラマン分光法による測定では、クロマイトのラマン分光のピーク位置が系統的にシフトして、化学組成の僅かな変化を系統的に示すことができることがわかります。
クロマイトのラマン分光のプロファイルの比較
クロマイトの顕微ラマン分光のプロファイルの比較

 右の図は、異なる地域のクロマイトに対してEPMA分析装置を用いて測定した化学組成をCr3+/(Cr3++Al+Fe3+)として縦軸にとり、また顕微ラマン分光によって測定された720cm-1付近のピーク位置を横軸にとって相関関係を見たものです。
 クロマイト中の
Cr3+の含有量がラマン分光プロファイルのピーク位置と非常に良い相関を示すことがわかります。クロマイトの組成はFeCr2O4であり、スピネルはMgAl2O4の組成で示され両者の間には完全固溶体が存在します 。Fe2+-Mgの置換だけでなく、Cr3+-Alの置換がラマン分光のピーク位置を決めていることがわかります。
 クロマイトA、B、Cの組成はそれぞれ以下の通りです。
 Cr/Al  :7.48(A)、1.34(B)、0.95(C)
 Mg/R2+:2.03(A)、2.30(B)、3.08(C)

 クロマイトの
Cr含有量が多いとラマン分光のピーク位置が低波数側に連続的にシフトします。ピコタイトと呼ばれる中間組成では、スピネル(MgAl2O4よりも低波数側にシフトしします。中間組成のクロマイトに対しても以下の組成を示します。
 Cr/Al  :0.17(No.1)、0.28(No.2)
 Mg/R2+:3.38(No.1)、3.11(No.2)
 これらの結果から、検量線を作成することによって、ラマン分光のプロファイルから迅速にクロマイトの組成を明らかにすることができることがわかります。


クロマイトの化学組成とラマンバンドのピーク位置
 顕微ラマン分光法によって720cm-1付近のピークを正確に測定します。クロマイトのピーク位置には、シリコン(Si)のピーク位置で校正された値を使います。いっぽう、化学組成はEPMAを用いて2価と3価(例えばFe2+とFe3+)を化学量論的に計算して求めた化学式に基づいて決めます。
 それらの得られた値をそれぞれ横軸と縦軸にとって、産地(組成)が異なるクロマイトのピーク位置と組成の相関関係をグラフに示します。
 顕微ラマン分光の正確な測定につきましては「ガラス分析技術ラボラトリー」にお問い合わせください。また、EPMA組成分析についてもお問い合わせください。外部(自治体などの工業技術研究所)で測定しますが、得られたデータの正確な解析は「ガラス分析技術ラボラトリー」で行います。
 是非、一度、弊社にお問い合わせください。
 弊社は「地球年代学ネットワーク」の正規会員となっております。地質、岩石および鉱物の研究や調査においても顕微ラマン分光法が活用できることがわかっております。是非、一度ご相談ください。
「ガラス分析技術ラボラトリー」では、ガラスや結晶相の顕微ラマン分光法による測定の
技術的な支援を行っております。ガラス製品の各種評価、ガラスの欠点や異物の分析、
あるいは均質性評価などにつきましてご相談がありましたら是非お問い合わせください。

分析手法、分析条件、および解析方法などを積極的に技術支援を致します。
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