蛍光X線分析法によって価数の定量分析を行う
二結晶蛍光X線分析法によってガラスに含まれるイオウ元素の価数分析を行う

ガラスに含まれる元素の化学状態を知るためには価数分析は非常に重要です。
従来は湿式分析法で時間を費やして結果を得ていましたが、二結晶蛍光X線分析装置
を使うと、非破壊でガラス中のイオウ成分の価数(酸化・還元の状態)を知ることができます。

蛍光X線分析は非破壊で化学組成や化学状態を分析できる分析法です。


1.硫黄の価数分析の目的

 ガラスの熔融において、硫黄成分は清澄剤(芒硝:Na2SO4など)としてガラス原料に添加されます。
 ガラスの酸化・還元の状態は、熔融時の雰囲気や熔解温度や添加された他の成分(原料)などに大きな影響を受けます。
 ガラス中の硫黄成分の価数はこれらの条件を敏感に反映します。
 したがって、 硫黄の価数の定量分析が迅速にまた簡便にできれば、製造条件の改善や定量的な制御が可能となりガラスの性能改善につながることが期待できます。
 ガラスの徐冷の過程での硫黄の価数変化では、徐冷条件(熱履歴)でガラス表面の酸化・還元の状態の変化がどのように生じるか?に対して 最適な徐冷条件の設定のための知見が得られることが期待できます。
 
蛍光X線分析(XRF Analysis: X-Ray Florescence Analysis)は表面から数μmの深さでの分析が可能です。
二結晶蛍光X線分析技術の原理と測定装置
二結晶蛍光X線分析装置と測定原理

2.硫黄の価数分析の方法

1) 化学分析法
 ガラスを粉砕して溶液をICP分析装置で分析する。
全S定量分析:アルカリ融解後に水抽出した液を分析溶液とする。
SO42-定量分析:HFとHClO4で試料を分解加熱(脱S2-と脱SO32-)し、アルカリ融解して水抽出した液を分析溶液とする。
S2-定量分析:HFとHClで試料を分解し遊離したS2-をH3BO3を含有するZn(O2CCH3)2液に吸収させてZnSとする。これを溶解して分析溶液とする。
 欠点:粉砕(破壊)、バルク分析、雰囲気は非制御
      
2)機器分析法
電子線マイクロアナリシス(EPMA)
 SKβの強度はSKαの7%程度である。

欠点:微小部分析(μm)、検出限界(%オーダ)、電子線ダメージの考慮が必要
X線光電子分光分析(XPS)
 数at%以上の濃度が必要になる。

欠点:最表面分析(nm)、微小部(μm)、検出限界(%オーダ)
3)二結晶蛍光X線分析
 検出限界が低い(ppmオーダ)、φ35mmの平均組成
欠点:実績少ない(有機物で実績あり)


イオウ元素を含む標準物質の二結晶蛍光X線分析の結果
 硫黄(イオウ)の+6価(S6+)、-2価(S2-)、および0価(S0)は、ケミカルシフトによって明瞭に区別できる。異なる化合物でも価数が同じ場合は、SKα1のエネルギー位置はほとんど等しい。+4価(S4+)が測定できれば、S0とS6+の間にSKαが位置するはずである。

3.二結晶蛍光X線分析における課題

 二結晶蛍光X線分析法によって、ガラスに含まれる元素の価数や配位数の定量分析技術を調査してきました。

 
鉄(Fe)、硫黄(S)、錫(Sn)、セリウム(Ce)の価数

 特に、ガラスの価数分析は重要であることから、熔融状態から冷却の過程における酸化・還元の状態を示す硫黄元素の価数分析が数多く実施されてきました。

 多くの場合、還元状態(S2-)と酸化状態(S6+)の定量分析値は、化学分析(湿式分析)値と相関を持ち、ほぼ妥当な値が得られています。しかしながら、詳細な解析では、湿式分析の結果との僅かな違いが見られ、これらの原因の解明と改善が求められています。

 京都大学化学研究所(伊藤嘉昭准教授:当時)と独立行政法人 物質・材料研究機構NIMS(福島整博士:現在は株式会社神戸工業試験所)との協同研究において、比較的ダメージを受けやすい硫黄元素の価数分析に対して、測定と解析の条件の最適化が調査され、安定した測定条件が確認されました。



測定条件の標準化 SO32-(S4+)の測定
標準物質とガラスサンプルの硫黄の価数分析の結果
Na2SO3の測定は、20kV-10mAで50sec測定が最適である。
二結晶蛍光X線分析の標準化された測定条件
 標準試料( Na2SO3 ): 20kV-10mA
 標準(他)+ガラス試料: 20kV-20mA

     

4.測定例

 1)ソーダ石灰珪酸塩ガラス
 XPS分析やRaman分光測定で非架橋酸素(NBO:Non-Bridging Oxygen)を多く含む組成系(NBO=16.8%)

 2)ナトリウム硼アルミノ珪酸塩ガラス 
 Na2O-B2O3-Al2O3-SiO2組成のガラス:XPS(光電子分光)分析で非架橋酸素(NBO)がほとんど含まれない組成系(NBO=0.9-2.0%)

5.測定結果

 ソーダ石灰珪酸塩ガラスでは、同じSO3とFe2O3の含有量に対して、共存するカーボン量の増加に伴ってS2-/S6+比が増加します。
 NBASガラス(ナトリウム硼アルミノ珪酸塩ガラス)では、同じSO3の含有量に対して共存するFe2O3含有量が増加すると S2-/S6+比が増加します。
 S4+は検出されませんでしたが、3成分(S2-, S4+ & S6+)でも解析が可能であることがわかりました。


測定条件の標準化 SO32-(S4+)の測定
二結晶蛍光X線分析によるイオウの価数分析の結果

6.二結晶蛍光X線分析装置の応用と課題

 
1)価数の定量分析の標準化
 
 X線の照射によってダメージを最も受け易いと考えられる硫黄元素の最適な測定条件(加速電圧、照射電流および計測時間)が設定されました。

・不安定なSO32-(S4+)の価数も定量分析が可能となりました。
・ガラスに含まれるイオウ(硫黄)の価数の定量分析の信頼性が向上しました。
 
 2)最適化された測定条件:標準サンプル


・Na2SO3:20kV-10mA-50sec
・Other:20kV-20mA-50sec
・ガラス中の硫黄の含有量は、一般的にはSO3<0.5wt.%なので、20kV-20mAの測定条件で十分なS/Nを得るためには、300-500sec/pointの 計測時間が必要になります。

 
今後は測定中のX線照射の影響も考慮することも必要となります。

・ ガラスの組成系の違いで硫黄の価数変化に違いが生じる?
 非架橋酸素/架橋酸素と価数変化に関係があるか?

・今後、X線照射時間と価数変化との関係も詳細に調査し、 ガラスサンプルの最適な照射時間を把握することも重要であります。
二結晶蛍光X線によるガラス中の硫黄の価数分析の結果
まとめ
 二結晶蛍光X線分析装置によるガラス中の硫黄(イオウ)の価数の定量分析の精度の向上のため、標準サンプル (CaSO4, K2SO4, Na2SO3, S-powder および ZnS & FeS)の測定に対して最適な測定条件を標準化しました。その結果、Na2SO3に対しては20kV-10mA-50sec、そしてその他のサンプルに対しては20kV-20mA-50secが最適であることがわかりました。
 また、化学的に安定なガラスに対しては、20kV-20mAの測定条件が適用されました。ただし、ガラス中では、硫黄(イオウ)の含有量が低いので、計測時間を50secから300〜500secとしました。標準化されたこれらの測定条件で、ガラスの硫黄(イオウ)の価数の定量分析の精度が向上しました。

*本研究は、長嶋廉仁さん(元日本板硝子株式会社)、伊藤嘉昭さん(現在は株式会社リガク)、および福島整さん(現在は神戸工業試験所)との共同研究を2015年11月12日に愛知県産業労働センター’ウインクあいち’において開催された、第11回ガラス技術シンポジウム(第56回ガラスおよびフォトニクス材料討論会)の発表資料に基づいてまとめたものです。

文献
酒井千尋・長嶋廉仁
「ガラスに含まれる鉄の価数の定量分析技術」
"Quantitative analysis of oxidation state of iron included in glass"
Journal of the Ceramic Society of Japan, Supplement 131 [11] S1-S7 2023.

酒井千尋・福島 整・伊藤嘉昭・長嶋廉仁・本郷年延
「二結晶蛍光X線分析装置を用いたガラス中のイオウ成分原子価分析技術」
リガクジャーナル, 54 (2), 1-8, 2023



「ガラス分析技術ラボラトリー」では、ガラスや結晶相に対する二結晶蛍光X線分析法による
測定や解析の技術支援も行っております。ガラス製品の評価やガラスの欠点と異物の
分析技術などにおいて相談がありましたらお気軽にお問い合わせください。

現在、二結晶蛍光X線分析の測定は、株式会社神戸工業試験場様で実施が可能です。
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