顕微ラマン分光法でガラスと結晶相を測定する
顕微ラマン分光法の測定でわかること

ガラスや結晶などに対して、顕微ラマン分光法(micro-Raman Spectrometry)による
測定では何ができるのでしょうか?またどんな分析や評価に有用なのでしょうか?

色々な面からどのような測定ができ、また解析結果が得られるのか詳しく調べてみましょう。

1.ガラスのネットワーク構造を分析します

 共焦点顕微ラマン分光法による正確な測定によって得られた結果から、ラマン分光プロファイルの波数(cm-1)に対するラマン散乱の強度を解析することによってガラスのネットワーク構造の特徴を把握します。

 石英ガラスソーダ石灰珪酸塩ガラスではネットワーク構造が大きく異なるため、プロファイルの形状に大きな違いが見られます。ソーダ石灰珪酸塩ガラスの波数1100cm-1付近のブロードな大きなピークはO-Si-Oの非対称振動を示します。

 ソーダ石灰珪酸塩ガラスには、このO-Si-Oのプロファイルの中に架橋酸素(BO:Bridging Oxrygen)非架橋酸素(NBO: Non-Bridging Oxygen)のピークが含まれます。
 ソーダ石灰珪酸塩ガラスにおいては、波数950-1000cm-1付近に
非架橋酸素(NBO)のネットワーク構造を示すピークが観察され、ナトリウム(Na)などのアルカリ成分の含有量とNBOのピーク強度には相関性が見られます。
 ラマン分光のプロファイルはガラスのネットワーク構造の違いを敏感に反映します。それぞれのピークに対してネットワーク構造を構成するリング構造や振動を含むため、組成の違いと比較するとネットワーク構造の変化を明確にすることができます。
顕微ラマン分光法による石英ガラスとソーダ石灰珪酸塩ガラスのプロファイル
 
石英ガラス(Quartz Glass)ソーダ石灰珪酸塩ガラス(Soda-Lime Silicate Glass)では、ネットワーク構造に大きな違いがあるので、ラマン分光プロファイルには明確な違いが記録されます。
2.結晶相の相転移状態を明らかに出来ます

 ラマン分光法ではガラスや結晶相のネットワーク構造と結晶構造の違いや変化などを明確に示すことができます。
 そのような機能を活用して、結晶質のサンプルの相転移状態を把握したり、その変化の時間的な状態を定量的に明らかにすることができます。また、共焦点ラマン分光法とマッピング機能を活用すれば、結晶相の面内での相転移状態や結晶種の違いも把握することができます。

 下図は、強化板ガラスの
始発点(fractured origin)に含まれる硫化ニッケル(Nickel Sulfide:NixSyの金属顕微鏡写真(左図)と顕微ラマン分光のマッピング(右図)を比較した図です。
硫化ニッケル異物のアルファ-ベータ相転移のマッピング分析
 金属顕微鏡で観察された輝度の高い(明るい)領域は、顕微ラマン分光法で硫化ニッケルのベータ相に帰属されました。いっぽう、金属顕微鏡下で輝度が低い部分はアルファ相に帰属されました。ラマン分光法のマッピングにおける解析は、ベータ相のピーク強度とアルファ相のピーク強度の比較(比)で可視的に示すことができます。

2019年
「ガラスフォトニクス技術討論会」で発表しました。
 硫化ニッケル(Nickel Sulfide:NixSy)のベータ相(低温相)とアルファ相(高温相)のラマン分光プロファイルの違いを示します。
硫化ニッケル(Nickel Sulfide)のアルファ相とベータ相のラマン分光プロファイル
 硫化ニッケルのベータ相には200-500cm-1の波数範囲に明瞭な4本のラマン分光のピークが確認されます。ベータ相は、390cm-1、353cm-1、304cm-1および250cm-1付近に明瞭なピークを有しています。いっぽう、アルファ相には明瞭なピークを確認することができません。このようなラマン分光のプロファイルを比較することによって、硫化ニッケルの相転移状態を把握することができます。
3.微小な異物(カラス相や結晶相)を同定できます
 
 共焦点顕微ラマン分光法は、1ミクロンメーター以下の微小な領域でラマン分光のスペクトルを測定することができますので、それぞれのラマン分光のプロファイルを解析して結晶相を同定することができます。マッピング技術と併用すれば、異物や結晶相の反応状態を解析することができます。


ガラス製品中の結晶質異物の解析結果

 異物を構成する
ベータアルミナの結晶相は自形を呈するため、微量のFe2O3成分を含む微細な粒状のコランダム(Corundum:Al2O3の結晶と共に侵食相中で成長しました。
 自形の短冊状の
ベータアルミナの結晶相は、ソーダ石灰珪酸塩ガラスの熔解過程で、アルカリ雰囲気との反応で形成された侵食相の内部で形成されました。異物はガラス溶解槽の内部で、アルカリ雰囲気に暴露された素地面よりも上部の侵食相中で形成されたと考えられます。

2020年
「日本セラミックス協会」の年会で発表しました。
 ガラス製品に流出した「白異物」を分析した例を以下に示します。異物は、光学顕微鏡下では白色の不透明の結晶相であることがわかります。また、研磨断面では微小な粒状の結晶相の集合体と短冊状の結晶祖の集合体の複合体であることがわかります。
顕微ラマン分光法によるガラス中の異物の分析例
 顕微ラマン分光法で、それぞれの結晶相を測定すると、粒状の結晶相は
コランダム(Corundum:Al2O3であり、短冊状の結晶相はベータアルミナ(Beta-Alumina:(Na0.7K0.2)(Al10.4Fe3+0.1)O17.0であることが明らかになりました。
4.泡欠点の内部のガス組成と結晶相を測定できます

 ガラス内部に流出した泡欠点にはその成因に関係するガス成分が充填されています。顕微ラマン分光法による測定では、泡内部に充填されたガス成分を高い精度で分析することができます。
ガラスに含まれる泡欠点内部のガス成分の分析結果
 上図はガラスに流出した泡欠点内部のガス成分の顕微ラマン分光測定の結果を示します。ガス成分は
二酸化炭素(CO2から構成されており、ガラス化反応の過程で形成された泡欠点であると考えられます。ラマン分光法では、装置の高感度化に伴って大気中の窒素ガス(N2酸素ガス(O2も検出されてしまうために、測定条件の最適化や定量分析では十分な注意が必要です。

2021年
「日本セラミックス協会」の秋年会で発表しました。


 泡欠点の内壁に析出した結晶相の同定は、泡の形成過程や流出原因を明らかにするために非常に重要な分析技術となります。従来のように、ガラス製品を大気中で破断して
SEM-EDX分析EPMA分析では大気雰囲気と反応して正確なデータを得ることができません。特に、これらの分析法では、原子状のイオウやセレニウムなどは分析ができません。したがって、非破壊で泡内壁の析出物を迅速に正確に分析できる顕微ラマン分光法は泡内壁の析出相の最も有効な試験分析技術となります。
泡欠点内部の結晶相の顕微ラマン分光測定の結果
 上図のように、泡の破断を行わずにガラス表面から泡の内壁の析出物にレーザー光の焦点を結んで測定されたラマン分光プロファイルには、原子状イオウの明瞭なラマン分光のピークを確認することができました。泡の内部には
二酸化イオウ(SO2ガスが検出されることから、リボイルなどで形成されたSO2の内部に原子状のイオウの結晶相が自形の結晶として析出したと考えられます。
5.ガラスの均質度の評価にも応用できます

 顕微ラマン分光法によるガラスのネットワーク構造の分析技術を色々な分析・評価に応用することによって、しばしばガラス製品の品質で大きな問題となるガラスの均質度を評価できる可能性があります。ガラス製品の品質管理で大きな問題となりやすい脈理(リーム:Ream)ふし欠点(Knot)などの分析などにも応用できる可能性があります。


 均質度の評価やガラスネットワーク構造のばらつきを測定するためには、顕微ラマン分光法のマッピング技術が有効であると考えられます。マッピング分析の測定点毎に、設定した波数(cm-1)範囲でのプロファイルが記録されますので、最も特徴的なピークの比率などを計算させてプロットすることによってガラスネットワーク構造の変化などを示すことができます。
6.ガラスの酸化・還元状態を把握できます

 ガラスの製造においては、清澄剤として
芒硝(Salt Cake:Na2SO4が使われます。原料として使用されるカーボンや熔解条件の違いによって、イオウ成分の酸化・還元の状態が変化します。このイオウ元素の価数の状態を把握することによってガラスの製造の条件の把握や溶融方法の改善を行うことができます。

 清澄剤として使用するイオウ成分は、溶融条件(温度や時間など)の違いでも大きく変化します。また、ガラス製品の酸化還元状態の違いは、製品の機能や性能にも大きく影響します。顕微ラマン分光法では短時間で精度の高い分析結果を得ることが可能です。


 顕微ラマン分光法ではガラスのネットワーク構造の詳細を解析できます。このような測定では、ガラスに含まれるイオウ成分の価数分析も可能な場合があります。左図のように、
還元状態(S2-酸化状態(S6+では、それぞれ420cm-1と450cm-1付近に明瞭なラマン散乱のピークが確認できます。

 またS6+のピークは、990cm-1付近の波数にもショルダー状の明瞭なピークが観察されます。したがって、
NBO(非架橋酸素)の状態と共に硫黄成分の価数状態を解析できます。

「ガラス分析技術ラボラトリー」では、ガラスや結晶相に対する顕微ラマン分光法による測定の
技術支援を行っております。ガラス製品の評価、ガラスの欠点や異物の分析、
あるいは均質性評価などの色々なご相談がありましたらお問い合わせください。

分析手法、分析条件および解析方法などを技術支援致します。

戻る