二人のビックライバル

「二人のビックライバル」

 
「論文の書籍製本化」を受けて、38年前の大学院の頃とつい最近までの民間企業でのそれぞれにおいて学会に投稿した論文をゆっくりと読み返すことができました。

 学生時代に四国中央部の三波川変性帯を研究していた頃(論文リストを参照して下さい)は、大学院生として二人のビックライバルの間で大変な時期だったことが思い出されます。その二人は京都大学の坂野昇平名誉教授と広島大学の原郁夫名誉教授です。

 坂野先生は
相平衡岩石学を中心とした変成岩岩石学を研究しており、主に造岩鉱物を電子線マイクロプローブ分析装置を用いた組成分析から共生する鉱物の分配平衡を調査して変成帯の温度構造を明らかにしました。また、原先生は野外での地層の構造解析から広域変成帯の地殻変動(主に累進変成作用の後の地殻変動))を研究して現在の変成帯の成長過程を議論しました。どちらも実際に目にしたことのない地球深部の変成作用や変形作用の挙動をそれぞれ物理化学的なアプローチと野外観察から議論してきた世界の第一人者でした。

 しかし、三波川変成帯の累進変成作用の後の地殻変動に対する研究の結果には大きな違いがあり、お互いに論文では議論(かなりの激論)を交わし、その狭間になった大学院生の皆さんはいわゆる
「代理戦争」に巻き込まれたのです。

 三波川変成帯は四国中央部でその温度構造が最も顕著に表れます(すなわち四国中央部は最も研究が多く行われてきた地域です)。標高の高い場所から低い場所に向かってザクロ石帯→曹長石黒雲母帯→灰曹長石黒雲母帯→曹長石黒雲母帯→ザクロ石帯→緑泥石帯と変化します。すなわち、変成岩が形成された温度が最も高い灰曹長石黒雲母帯が地層の真ん中部分に位置します。この温度構造は現在の状態なのですが、坂野先生はそれが
横臥褶曲によって形成されたと解釈し、いっぽう原先生はナップ(猿田ナップ)によって形成されたと解釈しました。

 地学を学んだ方々には既にお分かりと思いますが、
横臥褶曲(おうがしゅうきょく) とは褶曲作用が大きく進んで軸面がほとんど水平に倒れている褶曲のことをいい、またナップは水平に近い面(断層)に沿って大規模に側方へ移動した異地性岩塊をいい、衝上断層に沿って移動した衝上ナップと大規模な横臥褶曲によって移動した褶曲ナップがある、ということはWebからでも容易に検索できます。

 地学を学ばれた皆さんはもうお分かりですよね、
横臥褶曲でも褶曲を伴うナップでもそこに衝上断層があれば同じような地質変動になるのではないでしょうか?だって、地殻変動は非常によく似ているのではないでしょうか?私はそう思いましたが皆さんはどうですか?横臥褶曲がさらに力を受ければ断層を生じてナップにもなるのでは?どちらもヨーロッパで考えられた地殻変動のメカニズムでしょうが、もっと頭を柔らかく使えばプレートの沈み込み帯から地殻変動でハンギングウオールが上昇するときに高い圧力と高温で地層が大きく変形して最初に横臥褶曲ができそれがさらに進めばナップにも変形するのでは?と私は思います。

 確か何かの
「総研」で、私が相平衡論を発表した時に原先生もその場におられ最後に肩を組んで「君が三波川変成帯の研究を極めて欲しい」と囁かれたことを思い出します(私しか知らない秘密ですが…)。それ以降、造岩鉱物の相平衡だけでなく野外での露頭調査や顕微鏡下の組織に注目して、「四国中央部の三波川変性帯の変成作用と変形作用」で博士号の取得を承認してもらいました。その後、原先生は地質学雑誌に投稿した「批判的な総括」の中で、坂野研究室とその門下(私も含めて)をかなり批判をされましたが、なぜか彼の論文には我々(坂野研究室)の分配平衡の議論の図がありました。地殻変動としてナップを主張しながら、必ずしも持論だけに頼らずたとえライバルであっても広く知識や知見を吸収しようとしていたのだと改めて実感しました。

 坂野研究室では三波川変成帯の研究の主流は私が民間企業に就職したために途絶えましたが(その後2回ほど大学教員の誘いがありましたが断りました)、その後も研究を継続していたら坂野研究室と原研究室には何かの融合があったのかとも今になって思います。それにしても原先生の研究の高いエネルギーには改めて脱帽ですね。
違った考え、違った意見、異なる環境の人とは議論することによってそれぞれを大きく成長させます。人間の運命は色々なのでそれらが継続的には続かないとは思いますが、チャンスはチェンジのいい機会なのですね。だから、多様性をもっと理解していこうという考えには本当にその通りだと思います。

 上記の文章は著者が退職後に執筆したものです。

2024年3月5日


四国中央部の三波川変成帯の変成分帯

四国中央部の三波川変成帯の変成分帯
Shohei Banno, Chihiro Sakai and Toshio Higashino
 "Pressure-temperature trajectory of the Sanbagawa metamorphism deduced from garnet zoning"
 Lithos, 19, 51-63, 1986.


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