「ワクワクしていますか?」

「ワクワクしていますか?」

 2019年6月12日に、日本セラミックス協会の第73回の技術賞を受賞させて頂きました。研究題目は「高信頼性強化板ガラス製造ためのインライン連続式ソーク技術の開発と実用化」でした。この受賞に至るまでに、私を推薦して頂いた当時の技術の責任者、私の研究を支えてくれた現場の技術者、実操業まで担当してくれました事業部や現場の方々、そして私のやる気を出させてくれた悪友たちに感謝をしました。私は、当日の挨拶の中では以下のようなことを言っておりました。

 
「いつも言われていることですが、研究開発や技術開発では常に異常な現象や経験のない新しい作用や状態に対して我々は敏感でなくてはなりません。そのような理由から、あの時の心の感動と好奇心を今後も忘れずにいつも技術の向上のために前を向いて貢献していきたいと考えております。」

 そうですね、技術者にとってはあの「ワクワク」とした気持ちが忘れられないので次の研究開発に着手するのでしょうね。どんな発明でも開発でもその現象や動作を最初に見つけた時が一番
「楽しく」感じます。「ええっ!こっ、これは〜!」「いったいどうなるのだろう〜?」「ひょっとして、こうしたらああなるのかなぁ〜?」と頭の中で思いめぐらせる瞬間が多分一番面白いと感じますね。

 民間企業における私の30年以上の研究開発の仕事はいわゆる戦略製品の開発ではありませんでした。試験と分析を主体とする研究開発の支援業務では多くの場合に特許の出願や論文の投稿などは組織で期待されていませんでした。すなわち、試験と分析の業務に携わる技術者は花形の研究開発の研究者の裏方として業務遂行をすることを決められているが、我々の部署では前任の上司が課題解決型の技術支援の参加を強化していたので、特許出願、学会講演、あるいは論文投稿に積極的であった。そのようなやり方が幸いして学会講演や論文投稿も本命の研究開発の研究者よりも頻繁に実施され、結果的には研究所の技術者よりもより研究開発をしている状態になっていました。そのために私の所属する部署では、日常の試験分析技術の開発に対しても自由で自然と革新的なやり方が日常となってきました。私も50歳前後から事業所長やマネージャーを経験しましたが、部下には革新的に固定観念に拘らずに積極的に業務遂行を指導してきました。

 そんな折、あの
「ワクワク」は顕微鏡の観察で実体験しました。この顕微鏡には加熱器が付随し(全て自作した高温顕微鏡)、サンプルの温度を連続的に変化させながら観察できるので実際の熱処理における結晶相の相転移の状態を観ることができました。「ちょい悪先輩」の口車に乗って実験をしながら、温度を600℃から急激に下げ、220℃で一定になるようにして所定の時間保持することによって強化ガラスを破損させる硫化ニッケルの結晶相がα相からβ相に連続的に変化する状態をその場観察できました。本当に感動しました。温度と時間を変えたらどうなるのか?最も適した温度と変化と時間の条件を見出しました。結局、最適化した熱処理条件を製造設備で再現させて実用化しました。

 これらの実験と観察の結果をまとめて、1999年にフィンランドのタンペレで開催されたワークショップで発表し、その後2001年、2003年、そして2007年を4回も参加することができました。さらに2009年からパリとベルリンでそれぞれ行われたISO化の会議でも発表しました。高温顕微鏡を用いた観察の結果は欧州の企業に対して日本の技術を主張する大きなツールとなったようです。

 「ワクワク」は、実験や観察の自発的な着眼点や改良点を見出し、それらの物理化学的や論理的的な背景や情報を整理する気持ちを発揚し、画期的な機能の発揮に対して多くの情報収集や議論を行う機会を与えてくれました。

 調べてみると、多分この
「ワクワク」は何かのきっかけで出てきたホルモンによるものなのでしょうね。オキシトシンの分泌による幸せな気分や好奇心の高まりや記憶力の増加、セロトニンの分泌による頭の回転の向上、ドーパミンの分泌でやる気が出る、エンドルフィンの分泌で集中力や記憶力が増加するなどの効果があるようです。私の「ワクワク」がこれらのホルモンを分泌しているのか、あるいはこれらのホルモンの分泌によって「ワクワク」してさらにホルモンが分泌するのか詳しいことはわかりませんが多分相乗効果なのでしょうね。どちらにしても何かのきっかけで「ワクワク」してそれが私自身の高まりにつながるのだと思います。その何かの「きっかけ」は多分顕微鏡下での動いていく現象を観察していると発現するのかも知れません。

 上記の文章は著者が退職後に執筆したものです。

2024年2月20日


日本セラミックス協会の「技術賞」に対するスピーチ風景
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