「サイエンスと物語」 | |
「サイエンスと物語」 「サイエンス」は、英和辞典で翻訳すると、「科学」とか「わざ」とかに訳される。また、「物語」は、英和辞典では「story」という語句が一番先に出てくるようである。今回は、この「サイエンス」と「物語」について、我々が日々実施している試験分析の仕事の中から感じることを拾ってみたいと思う。 私がこの2つの語句を強く感じるようになったのは、40年以上昔の大学院の頃に岩石の薄片を偏光顕微鏡で観察しているときであった。岩石は一般的には数種類の造岩鉱物(Rock-forming Minerals)から構成されている。そして、それらの鉱物が安定的に共存している場合に、ある温度や圧力でそれらの造岩鉱物が"平衡状態"で形成されたと解釈される。そして、このような状況下では、多成分系の中で共存する鉱物が特定の温度や圧力で安定的に存在することが出来るのである。 しかし、通常の岩石は、その後に地表近くでの風化や水の影響などで変質したり、あるいは高温や高圧の変成作用を受けたり、場合によっては分解したりしてしまう。地殻深部で形成された岩石は隆起などで地表に露出した時点から風化が始まるのである。特に、数10万年〜数1000万年のような長い時間が経過すると、オリジナルな鉱物の共生関係を平衡状態で維持することは困難となる。そして、このような現象は偏光顕微鏡下で観察される薄片中の造岩鉱物の組織や種類、あるいは組成にも大きく影響してくる。 逆にそれらの現象を正しく把握して解釈できれば、岩石が形成されてから地表に至るまでの条件の変化を知ることが出来るのである。これらの鉱物の中には、ザクロ石(garnet)のように拡散速度が非常に遅く、成長途中の組成や組織が結晶内部に保存されているものがある(例えば累帯構造のようなもの)。したがって、さらに詳しく解析ができれば、岩石が形成されていく過程も解釈可能となる。 このような現象は、規模は異なるものの自然科学の多くの場面で見られると常々感じている。すなわち、ガラス製品の研究においても、得られた実験結果を見ながらそれを解釈する場合に、しばしば複数の場面(ステージ)の現象が組み合わさっていることがある。ここで、「平衡状態」という言葉をあえて使うならば、それぞれが安定に共存する平衡状態の異なるステージが交じり合って存在することがある。このような現象の解釈は一般的にはちょっと難しそうに思われる。しかし、このような場面を少しずつクリヤーしていかねば何時までたっても難しい課題は解決できないであろう。 そのためには、皆さんには「サイエンス:Science」をする気持ちをどんな場面でも持って欲しいと思う。これは、常に科学的なアプローチが必要な技術者として必要不可欠な姿勢でもあると感じている。「サイエンス」においては、得られた結果に対して原理、原則、法則、あるいは基礎的な理論を常に考えながら、それぞれの事象を化学的な背景に基づいて解釈できるかに尽きると思う。そして、それぞれの化学的な解釈にはある時間的な経過が必ず含まれる。すなわち、時間軸を持った「物語」をきちんと頭に入れられるならば、例えば偏光顕微鏡を覗くと、今までと異なった現象や解釈ができるから不思議である。 「この結晶粒子は高温になったらどのように変化するのか」とか、「低温でどのような反応があったからこのような組織になったのか」など、単なるポイントでの観察結果が時間軸を持った三次元的な考察に拡大してくる。このような時間軸を持った事象は一般的には「歴史」とか「過程」とか言われるが、この「history」と言う語句にも、なんと「story」という文字が含まれている(これは著者の勝手な解釈ではあるが...)。これは、非常に面白いことであると思っている。 これからも自分の仕事だけでなくメンバー全員の仕事においても、「サイエンス」と「物語」をもっと大切にして、科学的なアプローチをして行きたいものだと思う日々である。 *本文は、著者が現役時代に執筆した原稿に加筆修正を行った文章です。 2022年9月10日 |
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リバイバル特急「つばめ」 リバイバル・トレインとして東海道線を走ったEF58 61が牽引する14系「つばめ」です。瀬田駅のホームから撮影しました。 1981年8月撮影 |
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