「天地明察」


「天地明察」

 ドイツ(ベルリン)への海外出張の途中で、国際線の機内において映画を鑑賞する機会を得た。機内での映画鑑賞は海外出張時の毎回の楽しみの1つでもある。「ハリーポッターの最終版」「ナルニア国物語の最新版」、あるいは「ブラック・スワン」など、日本で放映する以前に後々有名になる映画を見ることができるのである。今回のフライトでの楽しみの1つがこの映画鑑賞であったが、今回は、「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」「天地明察」の映画を見られたことが1つの良かったことであろう(何はともあれ国内のTVで放映を宣伝していた映画を見られたことが良かったのでないか)。

 映画通の方は、既に誰でもご存じであろうが、この
「天地明察」の映画では、あのV6の岡田准一が暦学者の安井算哲(渋川春海)を演じ、またその妻(りん)役として宮崎あおいも出演していた。映画の中には、数学者(算術者)の関孝和(4代目市川猿之助)、あるいは時代背景も受けて徳川光圀(中井貴一)や将軍あるいは天皇や公家達も出てきて、私にとってはそれなりに面白いと感じた(いや面白いというだけでなく今の自分たちの仕事や研究に通じるものを強く感じた)。

 物語りは江戸時代初期にあった改暦の話である。日本では当時の中国の太陰歴(唐から伝わった宣明暦)が800年間も使用されていた。日本では冬至の日が1〜2日ずれ、あるいは、しばしば日食や月食の出現に大きな狂いが出るとのことがあり、
安井算哲は幕府から改暦の責任者を任じられて、悪戦苦闘の中で最終的には改良した太陰暦(授時暦を日本向けに改良を加えて作成した大和暦)を正しいものとして認定してもらうまでを描いている。

 話の流れはこのくらいとして(因みに2022年8月23日にNHK BSプレミアムでも放映された))、私が話したい本論を以下に書いてみたい。一言でいうと、研究活動は
「最後まで尽くしているか」ということである。だから、本当の表題は「天地明察」ではなく、私から言わせれば「最後の詰め」とした方が良いのかも知れない。

 物語では、数学的知識の高い
安井算哲が、得意な数学の知識(理論)と天文測量(実験)を組みあわせて当時の太陰暦の不備を明らかにする。つまり、中国で使われていた歴は中国では適合していたのに、時差のある日本では長年の間にずれが生じる。すなわち、日本の時差(2時間)に対応した歴を使わなくてはいけないことに気づくところがクライマックスとなる。この考えに至るためには、地球が丸いことと、日本が世界の一部で太陽の南中時刻が地域毎に異なること、などに気づくことが重要なポイントである。当時の日本では地球が球体であること、また太陽の南中時刻が地域によって系統的にずれること(すなわち時差)、などはコペルニクスの地動説の考えが全くなかったので、安井算哲の閃きは極めて驚きに値する。

 しかし、ここに至る論理的な流れの中では、
安井算哲の力だけでは乗り切れず、将軍(徳川家綱)水戸光圀の絶大な支援を受ける。反対派の沢山の妨害や襲撃も受けながらも多くの支援の力を持ってこれらを乗り切っていくのである。そして、偉大なな知識人である関孝和の技術的なアドバイスは非常に良いタイミングで安井算哲に対して大きな支援となる。
 
 私は、こうした理科系の物語を通して、やはり自分達の技術に対する研究開発やその支援という仕事に思いをダブらせずにはいられませんでした。果たして、皆さんは、日常の業務の中で、
Theory(理論や原理)Experiment(実験や観察)を適切に組みあわせて課題やテーマを遂行しているでしょうか。周囲の知恵袋と言われる知見者を利用しているでしょうか。あるいは、実権や予算を持っている上位の人を有効に活用しているでしょうか。そして、全く異なる関係者の意見も聞く機会があるでしょうか。

 最後に、
安井算哲がいくつもの難関に出くわして、さすがに泣きが入って「もうできない」と言ったときに、彼の妻(りん)が「そのくらいのことで諦めるな」と言うシーンがあった。同様なことは、この前も自宅で家内に言われたが、「男の人は直ぐに諦める」らしい。「もうどうでも良い」とか、あるいは「やってられるか」とか言うことを確かに自分でも言うように思う。このようなことは必ずしも男性に限ったことではなく、むしろ当事者であるが故に自らで限界を設けてしまうことによるものだと思う。この限界は、別の人からの見方をすれば、まだまだ限界ではなく、もちろん考える余地はまだあるはずである。

 皆さんの日々の研究開発の流れを思い出してみよう。こうした日常の自分なりに作った慣習に流されてはいないだろうか
。「自分はそうは思わない」と言われる方に対して、それでは、改めて聞きますが、近くにそのような人はいないだろうか。あるいは、仕事の中でそのように感じたことはないだろうか。などと聞くと、多分間違いなく「自分は感じている」と言われるであろう。やはり、誰もがそうであるように自分に対しては甘いのであろう。

 ・毎回、同じようなことを上司に言われていないだろうか。
 ・上司や他人を活用するなど考えられることは全てしたであろうか。
 ・簡単なことでも諦めていないだろうか。
 ・できないことや計画通りでないことを他人のせいにしていないであろうか。


 これらのことを今一度考えて見ることも我々の
progress(前進)のためには必要なのかも知れない。

 
 「原点に戻って考えてみよう。考えられる可能性は全て考慮したか。」

 *本文は、著者が現役時代に欧州への海外出張時に機中において執筆した原稿に加筆修正を行った文章です。

 2022年9月6日

 今回紹介しました天地明察」は冲方丁の時代小説です。江戸時代前期(4代将軍の徳川家綱)の囲碁棋士でもある天文暦学者の安井算哲(渋川春海)の生涯を描いた小説です。吉川英治文学新人賞と本屋大賞受賞を受賞しました。また、2012年に映画化されました。
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