「状態平衡図を読む」 |
「状態平衡図を読む」 状態平衡図は、一般的にはphase diagramと訳され、汎用的には相平衡図とか相図とも呼ばれている。状態平衡図は、組成(成分)や温度や圧力(目的に応じては、しばしば、流体相の分圧や活性度なども表示する)などの変数を横軸や縦軸にとって、その中に存在する相の状態(気相、液相、あるいは固相)やそれらの組合せ、あるいは反応や分解などの過程を、相律(phase rule)というある一定の法則にしたがって記述している。すなわち、状態平衡図は、「素材の設計図である」と呼ばれる由縁がここにある。そして、素材開発や新商品の研究開発に対しては、非常に有効な解析ツールになるのである。 一般的に、岩石学や鉱物学や冶金学、あるいは素材そのものを扱う分野では、学生の頃から状態平衡図には馴染みがあるので、それを比較的容易に扱って行けるのではないかと考えられる。しかし、一度もそのような見方をしたことがない場合には、理解するのがとても大変のようである。 状態平衡図には、この図の中に相の状態や組合せの変化の記載などがある。すなわち、存在する相が共融化合物(Eutectic phase)であるか、固溶体(Solid Solution)であるか、または分解溶融(Incongruent melting)をもつ素材であるかなど、非常に重要な情報を含んでいる。普通の議論では、等圧で物事を考えることが多いので、横軸には組成の値をとって、縦軸には温度の変化をとる場合が多い。しかしながら、ある温度で固定して平衡状態図を眺めると、相の安定関係から自由エネルギーなどの違いも定量的に記述することも出来るのである。 最も一般的に引用される状態平衡図では2成分系での議論が多いが、多成分の素材を扱う場合には、3成分系や4成分系の状態平衡図が使われる(ただし我々の世界は3次元なので4成分系の議論では実体視などでの表示や特殊な記述が必要となる)。場合によっては、さらに追加されるもう1つの成分を無限遠方向に投影すれば4成分系の状態平衡図の中でも5成分系の議論が可能となる。 学生時代にはいつでも議論となったが、状態平衡図は平衡状態の記載なので、界面反応や結晶成長などのように界面の状態が連続的に変化する場合には使えないという考え方がある。しかしながら、ガラスの溶解状態や耐火物との反応などのように有限の時間においても平衡状態図はおおむね使用することが出来る。私は、このような反応速度論(kinetics)的な考え方は非平衡であると言うことと、多くの現象が平衡状態に基づいても議論できると言うことは、両方とも正しいと思っている。反応速度論を議論する場合でも界面平衡を考えれば状態図平衡を用いても理解できるし、結晶の累帯構造なども非常に合理的に説明できる。重要なことは、どの程度のスケールで現象を見て議論しているのかであり、きちんとした考え方に基づいていれば私は問題ないと考えている。皆さんが普通に測定する示差熱分析や高温X線回折の測定なども、昇温速度や反応速度などに大きく影響されるが、基本的には平衡状態平衡図を描いていると言っても過言ではない。 現在の素材を中心とした解析技術は、このような第二次大戦前から戦後にかけて欧米を中心に精力的に構築されてきた状態平衡図の情報に恩恵を受けている。しかし、残念なことに、現在ではこのような状態平衡図の新たな構築や精密化、あるいはそれらを用いて熱力学の計算をするための相の物性値(エンタルピーやエントロピーなどの値)の整備は進んでない。状態平衡図と分配平衡の理論を用いて、反応する温度や圧力、あるいは分圧なども計算できるのであるが、何か、もう少し基礎データが欲しいと思うときがあるのは私だけだろうか。 ここに記載したことは、私が状態平衡図に対して思うことのほんの一部でしかない。しかし、いつも素材に接する時には、可能な限り状態平衡図で解釈できないかと思っている。そして、このような相平衡論的な考え方は、それなりに自分の仕事の効率化には役立っていると思っている。 皆さんも、状平衡態図を用いて素材開発を考えてみては如何であろうか。 *本文は、著者が現役時代に執筆した原稿に基づいた文章です。 2022年7月13日 |
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硫化ニッケル(NiS)の2成分系の状態平衡図 状態平衡図を読むと相転移や反応を事前に知ることができる。 我々の分析結果もほとんど状態平衡図で議論できる。 |
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