「きりひと讃歌」 |
「きりひと讃歌」 最近、歳をとったせいか、図書館に行く機会が増えたので、館内でたまたま紹介されていた手塚治虫先生のコミックを手に取る機会があった。お馴染みの「鉄腕アトム」や「火の鳥」などに交じって、「きりひと讃歌」という2巻完結のコミックが目に留まった。そう言えば、今から40年以上昔の大学院の修士課程の頃に、友人からこの物語は非常に感銘を受けたということで読むことを勧められたコミックであった。元々、1970年にコミック週刊誌に連載された物語なのであるが、このコミックの内容をご存知の方は、手塚治虫ファンかあるいはかなり年齢の上の方だろうと思う。 物語は、大阪の大学病院(多分阪大がモデル?)の医師(小山内桐人)が、四国の山奥の村に起こるモンンモウ病という奇病(激しい頭痛、生肉を食する、体の麻痺そして骨の変形を生じて犬のような風貌に変化して死に至る)を調査する。彼は、この病気が自然界の中毒であるという仮説を立てて、友人(占部)と共に研究して単身で現地に赴く。しかし、その現地での調査は日本医師会会長を目指す竜ヶ浦教授の罠であった。「小山内」は現地の水を飲み続けたためにモンモウ病にかかり周囲から迫害を受ける。そのような中で、彼はモンモウ病の原因が水に含まれる希土類にあることを確信した。 その後、人買いに拉致され台湾や中東を転々として見世物となったが、仲間と脱出して中東のある村で犬の顔の医師として村人のために診療に尽くす。後に、日本への帰国が叶い、竜ヶ浦教授との最後の対決の後に、モンモウ病が地下水に含まれる希土類を含む結晶粒子によるものであることを明らかにして、教授に復讐をして過去の全てを清算し、再び日本に送り出してくれた中東の村の医師になる決意で旅立つ。やはり、因果なのか竜ヶ浦教授は、希土類を含む地下水で作られた頭痛薬「智恵水」を飲み続けたために、モンモウ病にかかって亡くなる。そして、小山内の婚約者であった「いずみ」は、「桐人」の後を追って中東に向かう。 非常に簡単に書けば上記の内容ですが、手塚先生の描き方は当時大きな問題となっていた水俣病や他の公害による病気、あるいはアフリカの風土病なども織り込みながら、社会の問題点や矛盾を鋭く描いている。時に、「白い巨塔」などでも大きな問題となった、組織内部の倫理の在り方やデータの捏造、あるいは科学者の主観や思い込みや業績主義のためのデータの「こじつけ」など、企業や組織では絶対にあってはならないことを描いているのである。 今の企業や組織においては、政府も主導しているように、コンプライアンス(法令遵守)が強く叫ばれている。しかし、そのような法令遵守やそれを逸脱しないようなシステム(標準化や検証システム)にも関わらず、大企業と言われる多くの製造業での不祥事が続いている。元々、コンプライアンスには、法令だけではなく社会的規範などの遵守も求められている。 私は、手塚先生の描かれた「きりひと讃歌」のコミックを読むことで、人間としての非常に大切な基本を改めて感じて欲しいと思っている。そして、間違った組織や集団の中にいるからこそ「桐人」の振る舞いが良く見えてくるのであろうか?人間として当然の生き方が、なぜか立派な行動に見えてしまうことが、組織で行動する我々にとっては、また情けないことでもある。 なぜか、「桐人」の医師としての考え方や行動が、「さだまさし」さんの「風に立つライオン」の歌詞や映画の情景と重なるものを感じることができる。そして、自分自身も含めて、科学に関係する者は、いつも正しい理念に基づいて挑戦する意思をもって行動したいものであると思う。 *本文は、著者が現役時代に執筆した原稿に基づいた文章です。 2022年6月5日 |
戻る |