とある異界の物語:エピソード03



 静寂に包まれていた。
 その部屋は鋼鉄製の壁と、それ以上の硬度を誇る強化ガラスで覆われ、邪魔をする者など誰一人居ないはずだった。
 激しい爆発音と共に、蝶番が弾け飛び、物々しい金属のこすれる音と共にゆっくりと鉄扉が倒れる。
 「てめぇ! なんて事しやがった!」
 音に混じって恫喝。部屋の中に反響し、ピリピリと空気が張り詰める。
 そんな中、男は部屋に入ってきた。
 少し太った青年だ。よほど急いで駆けつけたのか肩で息をしている。
 くすんだ紅い髪と炎のような深紅の瞳。その瞳には怒りが満ち、背を向けたままの老人を食い殺そうとしているかのようである。
 「おいこら!」
 「まぁ待て。今、良いところなんじゃ……」
 老人はガラス越しに魔獣どうしの戦いを観察している。
 良く見ると魔獣の一方はもう戦える状態ではない。もしもきちんとした勝負の場であったなら、すぐに止められるだろう。
 だが老人に止める様子はない。なぜならこれがそういう戦いだからだ。
 男が老人の元へ早足で歩み寄り、目の前にあるボタンの一つを押す。途端にガラスは周りの金属と同じに、正確にはそう見えるように変化した。
 「わしの唯一の楽しみを奪いおって……」
 老人がその男を睨んだ。だが、恨みのこもった視線を感じすぐに目をそらす。
 「……悪いとは思っておる。じゃが、あの程度の情報でたどり着くのは到底……」
 「たどり着けるクソ野郎が居やがる!」
 老人があきれたような顔で男を見つめる。
 「『四属の巫女』たったその一言じゃよ? エンシェントドラゴンの名すらも出してはおらん。ゆえに関連する言葉すら分からぬはずじゃ。
 仮にそれを理解したとしても、あれを記した文献は……」
 「奴はやる! 昔からそういうクソッタレだった!」
 男が確信を持った様子でそう言い放つ。
 「それだけ言うのならば、根拠もあるのじゃろうな?」
 「ああ! けど教えるつもりはさらさらねぇよ! それよりてめぇの漏らした情報は四属の巫女だけじゃねぇ!
 俺様の壷もだ! あれの存在も知らせやがっただろ!」
 「………すまん………」
 「すまん!? 謝って済む問題じゃねえんだよ!
 てめえの戦闘やら情報やらの隠蔽で、俺様にどれだけ雑用が増えたと思ってやがんだ!? あ!?」
 老人は何も反応しない。
 これは自分が情報を漏らしたため。この青年の言っている事は真実。迷惑をかけて申し訳ない。
 ……そんな気持ちはどこにも無かった。
 利用価値がある以上、反対意見で機嫌を損ね繋がりを絶たれる事は避けたかった。それだけだ。実力も明らかに自分が上だと自負している。
 「てめえの仕事だ! てめえのケツは自分で拭きやがれ!」
 そう言って男は白い魔法陣が描かれた黒い壷を、机に叩きつけるように置く。
 「ほう? 散々怒鳴り散らしておったというのに……どういうことじゃ?」
 「仕方ねぇんだよ。それを貸すってのは俺様にとっても利益があるからな」
 
 『ーーーーーーーー!』
 男の言葉のすぐ後、何とも言えない悲痛な叫びが部屋にこだました。
 老人が怒りのこもった目で男を睨みつけ、怒鳴りつけた。
 「貴様のせいじゃ! 貴様が邪魔をしなければ!」
 そう言ってボタンを押す。ガラスの向こうには……いや、止めておこう。気分が悪くなる。
 瞬間は見逃したが、老人の求めていた景色が広がっていた。
 「まあいいじゃろう。これで満足しておくとしよう。
 わしは何をすればよいのじゃ?」
 満足げに、老人は仕事を聞いていた。

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