素早く立ち直ったナデシコが、アイリスに走り寄る。
 「まさか村の人見捨てるんか?」
 そう言いながらアイリスを見つめるナデシコは、裏切られたショックや怒りというよりも呆れていた。
 「そんな訳無いでしょ!」
 ナデシコが「なんや……」といって胸をなでおろす。
 「せやけどここで逃げたら確実に村人がなんかに会うんやで。たぶん老人や。会うたら命は無い。……そんでもここで戻るんか?」
 「……確認させて、まだ村の外に居るのよね?」
 「そやけどもうすぐ森を抜けると思う。そうなったら短い草原を2,3分ってとこや」
 「森を抜けるまでは?」
 「今の速さやと、5分ちょい」
 村にたどり着くまで7分と考え、さらに用意の最中のロスも計算に加える。
 「5分くらいで作戦の立案と用意をしなきゃ駄目だから……」
 さっきまでのナデシコの暴走で、目的地はすぐ近くだ。アイリスにも何か来ている事がなんとなく分かる程だ。これならあと一つ路地を抜ければ待ち伏せできる。だが近づきすぎて、店で必要な物を買い揃える暇もない。そう考えると、アイリスに一抹の不安がよぎった。魔法薬が一つでもあれば、大分事態は違うだろう。
 今ここでできることはなんだろうか。それも5分で。
 「あぁ〜もぅ! やっぱし突っ込むしかないんちゃうの!?」
 手をいじりながらじっと堪えていたナデシコが、拳を突き出して声を張り上げた。
 「このまま行っても死ぬだけよ。それはあなただって分かるでしょ?」
 「いいや! やってみなわからへん! 今確実なんはウチ等が逃げたら村人が殺されるゆう事や」
 本当はナデシコも分かっている。このまま行っても、出来るのはせいぜい時間稼ぎ程度だ。だがそれでも行かなければならない。 そのための方便だ。そうでも言っていないと戦う勇気が出ない。アイリスもそれは分かっているが、認めるわけにはいかなかった。
 たった1人で暴走するとそれこそ最悪の事態になりかねない。二人が倒れた時点で村人に被害が及ぶ。このまま玉砕されても、結局村人は追い詰められるだろう。
 それに勝つ必要は無い。たとえ負けてもたっぷりと時間を稼いで村人を逃し、命からがら逃げ出せれば……。それなら可能かもしれない。
 だから冷静に考えるのだ。その方法を……。
 まずは現状の整理だ。
 不利である条件はギルバートの不在、ナデシコの目、それにアイリスとフィソラの疲労。
 今いるのは家屋が立ち並ぶ村の周辺部。少し戻れば店は有るが、一番近い魔法薬の店でも間に合わない。
 
 最初にアイリスの脳裏に浮かんだのは、闇に乗じての奇襲。これはすぐに潰れた。
 5パターンほど思いついていた物全てにナデシコが必要だったのだ。彼女の速さは奇襲に向いているが、この暗い中で活動できないのは痛い。
 次に地形を利用して1対1の戦闘に持ち込めないかと考えた。フィソラの力は強力だ。それならばギルバートが帰るまでもつだろう。
 だがそれも駄目だ。フィソラが力を発揮するには尾を振り回すための広い場所が必要となる。1対1に持ち込んでも力を発揮できない。
 フィソラの最大の特徴である変身、これを使えば何とかなるだろう。だが相手の魔獣の能力、属性、全てが不明だ。奥の手だからこそ最大に生かさなければならない。そう考えるとここで使うのはあまりに惜しい。
 「……とりあえず村人逃さへんか? それくらいの時間はあるやろ?」
 「うん……。お願いね」
 そこで気づく。今不利な点を一つだけ克服できるとしたら何だろうか? それだけで事態が好転する物は。
 1人で家を回る時間はある。2人でならどこまで回れるだろう。
 「ありがとうナデシコ! あなたのおかげで何とかなりそう!」
 「ホンマか!?」
 ナデシコは喜び勇んで、その作戦を聞くためにアイリスに向かい合った。

次へ