闇に染まった森の中を無数の魔獣が蠢く。その中心には1人だけ人間がいた。黒い着物を着ているため、まるで首だけが浮いているようだ。
 短い白髪と三角に整えられた白いひげ。顔には深いしわを持つ老人。背が高く見た目は80歳ぐらいだが、実はもっと年をとっている。
 少し窪み気味の瞳には狂気が秘められ、常に浮かべている笑みも薄ら寒い物でしかない。
 その老人は行進する魔獣の群れの中で必死に、自らの狂気を必死に理性で押さえ込んでいる。そしてその狂気は、森の中にいるギルバートを狙えと命じていた。
 以前の戦いでギルバートは、老人の操る動物の群れが大量である事を逆手に取って反撃した。動きが精密でなく、単純な命令しか出せない事、どうしても操る老人に死角ができてしまうこと。 あの壷の弱点をあそこまで上手く突いた者はギルバートが初めてだった。しかも保険として用意した奥の手を使っても殺せていない。
 戦いのセンスと頑丈さ、借り物とはいえ自分の好きに使えるコロシアムで戦わせる事を想像すると、かつて無いほど心が震えた。ああすればどうなるじゃろう、こうすればどうなるじゃろうと考えるたび、森に戻りたくなってしまう。
 「ふぉっふぉっふぉっ……む、いかんいかん」
 考えているといつの間にか笑っていた。楽しくて仕方がなかったが、今回は邪魔者から消す事にしたのだ。笑い声で感ずかれては、相手から笑われてしまう。
 ギルバート達が手にした情報は一部とはいえ老人の下にも届いていた。今回も以前と同じ班構成。ギルバートだけが森にいる事を考えると、アイリス、ナデシコ、フィソラは村に居る事になる。老人の上司にあたる赤髪の男によれば、そのうち1人は好きにしていい事になっていた。
 「クウォーターの少女は、どんな血の色をしているのじゃろう……」
 老人にとって戦いはエンターテイメントであったが、人間をただ残酷に、時間をかけてなぶり殺す事が最高の時間だった。 老人にとって、美しい物は壊す対象でしかない。ナデシコのような者なら尚更だ。
 村に帰ってきたギルバートがその惨状を見たらどうするだろう。泣き叫ぶ、怒る、狂う。それらは全て老人の好みだった。
 それに、正気を失ったものをなぶり殺すことは容易い。  老人にとっての理性は、それらの為にナデシコを狙うよう命じていた。
 標的を眺める。
 平凡な村だ。村の外の家屋は明かりが灯り、人が住んでいることが感じられる。そこから察するに村人はまだ事態に気が付いてはいない。老人がにやりと笑う。
 「……何人殺せるじゃろう……」
 隣にいるグリフォンに飛び乗った。
 「やはり時間は大事にせねばならん」
 そう言うと無数の魔獣の大群はスピードを上げ、老人の心はさらに躍った。

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