ハイブリッド構造 ハイテク技術の造り込み

刀のキャッチフレーズによく、「折れず曲がらずよく切れる」と云う言葉が使われます。しかしこの言葉にはかなりの矛盾が含まれています。

切れ味が剃刀(かみそり)の如く鋭く、硬くて曲がらない刃物は、ある限度以上の力がかかれば、刃がこぼれたり折れたりすると云う必然性を持っています。しかし実戦で刀が折れては、使っている本人の命にかかわる大問題です。そこでこの問題を解決すべく考え出されたのが、折れない工夫の造り込みです。絶対に折れない柔らかい芯鉄を刀の中に入れてしまうのです。又、剃刀の様に鋭く硬い刃先は、硬い物に当たれば刃がこぼれてしまいます。それを防ぐのに考え出されたのが、粘りのある刃鉄を刃先に着ける工夫です。つまり、「折れず曲がらずよく切れる」を実現するために、必要な性質の地鉄を組み合わせたハイブリッド構造を考え出したわけです。そして、それらを組み合わせる工程が造り込み(つくりこみ)です。この様な構造の刃物は、世界中でおそらく日本刀だけではないでしょうか。

刀の断面図

鍛錬が終われば造り込みの準備をします。皮鉄の表面に衣鉄(ころもがね)と云われる炭素量の少ない薄い鉄を張り付けます。これは作り込の途中で全て燃え尽きてしまいます。衣鉄の役割は、皮鉄の保護にあります。皮鉄は刀の部品のなかで一番炭素の量が多い鋼です。この鋼は強靭で刀の剛性を高めるのが主な役目です。鋼の中に含む炭素の量が多いため、あまり強く沸かすと崩れる恐れがあります。そこで炭素の量が少な衣鉄を張り付けると、強く沸かしても崩れないので、造り込の最初に安心して沸かせるのです。又、苦心して作った皮鉄が無駄に燃えてしまうのを防ぐのにも有効なのです。衣鉄を貼り終わると、本三枚や四方詰めの場合は二等分して左右の皮鉄の形に整形します、甲伏せなら、芯鉄を包み込める大きさに打ち広めUの字型に曲げます。これで皮鉄の準備が出来ました。

てこ棒に芯鉄を取り付けます。この芯鉄は通常の刀の焼き入れでは、焼きの入らないぐらいの少ない炭素しか含まない鉄です。概ね0.3パーセント以下ぐらいに調整いたします。しかし、あまりにも炭素の量が少ないと、刀全体の強度が落ちてしまいます。その辺りの加減が案外と難しい物です。

本三枚の場合は、芯鉄の下の刃になる部分に刃鉄を取り付けます。この鋼は炭素の量を0.8パーセントぐらいに調整いたします。硬すぎず柔らかすぎず、完全な焼きの入る炭素の量です。剃刀など鋭い切れ味が必要な刃物はもっと炭素の量が多い鋼を使いますが、刀の場合は、甲冑を着た相手と切り会う場合があります。あまり硬い刃先では、刃毀れを起こしてしまいます。

四方詰めなら更に棟側に棟鉄を取り付けます。棟鉄は刃鉄に近い炭素の量を含みますが、刃鉄ほど完全な品質は要求されません。

次に、四方詰めや本三枚では片面づつ皮鉄を仮り付けし、後に藁灰と泥を着けて本沸かしに入ります。甲伏せなら、芯鉄を皮鉄で包みこんで仮付けし後に藁灰と泥で本沸かしをします。

 

左甲伏せ、右本三枚

造り込みの最初は全体を強めに沸かしますが、細く延びて行くに従い、部分部分を軽く沸かし更に細く延ばします。細く延びた刀を、てこ棒から切り離します。次に茎になる部分を藁灰のみを着けて沸かし、更に細く叩き延ばして、全体を素延べの寸法の少し手前ぐらいまで延ばせば、造り込みは終了です。

注:古刀などの特に古い時代の刀は、全てこの様な造り込みをしたのか甚だ疑問です。古い刀でも明かに芯鉄と思われる地鉄が刀の表面に顔をのぞかいている場合もありますが、全てがそうではありません。そもそも芯鉄を入れるのは、刀が使用中に折れるのを防ぐのが目的です。ところが古い時代の刀の地鉄は総体に柔らかく、そういう目的で芯鉄を入れる必要はあまりありません。どちらかというと、焼き入れで刀全体の剛性を高める工夫がしてある物が有るぐらいです。刀が折れるのを防ぐために芯鉄を入れると云うのは、おそらく硬い玉鋼を使うようになって、刀が折れる心配が出てきた、新刀以降の工夫ではないでしょうか。

97.8.13

目次に戻る