暮らしと蕎麦   < サイトへ

ソバマキトンボ -----赤とんぼ-----  

 かつて、日本のどの地域でもソバが栽培されていて、アワ・ヒエ・キビなどとともに主要穀物のひとつとしての役目を担っていた。
ソバは、種を蒔くと一週間ほどで芽が出そろい、ひと月もすると開花する。「蕎麦75日」といわれるように収穫までの期間が短い。
 種の播く時期と収穫時期を、品種による差異を無視した大雑把な見方で日本列島をみると、北海道では6月には播種が、そして9月には収穫も終えてしまう。
東北になると7月中旬〜8月上旬に播いて、10月初旬〜11月初旬には収穫が終わる。さらに半月ほど時期が遅れて北関東や信越・北陸、それから近畿・四国へと移っていく。九州の播種期は8月半ば〜9月初めで収穫は11月中旬以降となっている。
勿論これらは、同じ地域であっても地形や土壌、日照条件などでも播種期や生育日数が異なるし収穫期も変わってしまう。
 ソバは霜と風に弱い性質を持ち、特に霜にあうと茎がグッタリとなってしまってそれ以降の実が入らないばかりか、収穫もしにくくなってしまう。
だからといって霜害を避けるために早く播きすぎると茎は伸びるが実が入らず極端に収穫が少なくなってしまい、播種適期の判断が難しい植物である。

 季節が変わって赤とんぼが飛びだしその飛び方の変化でソバの蒔く頃合いを判断してきた地域があって、それらは共通してソバマキトンボと呼んでいる。ここにあげるのはほんの数例に過ぎないが、もっと多くの地域にも共通していた赤とんぼの呼称だったのかも知れない。

ソバの播き時と赤トンボ(ソバマキトンボ)
 現在、ソバの栽培は平坦地域が多くなってしまったが、かつて山間地域が中心であったことに由来しているのだと思われるが、ソバと赤トンボの話が各地に残っている。
 香月洋一郎著「山に棲む 民俗誌序章・・・」未来社 によると、
高知県長岡郡大豊町仁尾ヶ内(俗に嶺北地方と称される高知県の長岡、土佐両郡山間部)では、「盆を過ぎると、赤トンボが群れてとぶようになり、このトンボはソバマキトンボと呼ぶ。とびはじめたころは空の高みで群れ、次第に地をはうように群舞する。その中間の高さを舞う頃がソバの蒔き時である。また、山を焼いた翌日の、その(ソバの)播種の時に決まって焼畑の場所で群れ飛ぶともいわれている。」と書かれている。
 また、南方熊楠全集第二巻には和歌山県で、「西牟婁郡二川村大字兵生辺でそばまきとんぼという蜻蛉が、ちょうど鍬の柄の高さに飛ぶ時を待ちて蕎麦を蒔く。暦が行き渡らぬ時は、いろいろのことを勘えて農耕をした。その時の遺風と見える。」とある。
 他にも、kochinet「山畑だより」というサイト(四国・高知発信)によると「・・・畑の上を、小麦色のソバマキトンボが楽しげに飛び交う様子・・・」と書かれているのと
徳島県のサイト・四季には「 今年も早、立秋らしい。 暑いけど、ソバマキトンボ(小麦色のトンボ)が. 群れて飛んでいる・・・」とあって、このふたつのサイトからは「小麦色のトンボ」という共通点が浮かんでくる。
また、徳島県の方言・阿波弁を紹介するサイトでは「赤とんぼを東祖谷ではそばまきの頃よくとんでいることから、ソバマキトンボという・・」とある。

 奈良県の最南端・十津川村にもソバマキトンボの記録がみられる。
ソバマキトンボ(蕎麦播き蜻蛉)またはソバマキという赤とんぼで、ソバを播く頃になると一斉に出て来て、これが出るとソバを播くという。平谷という地域ではアキトンボともいう。
*サイト:十津川かけはしネット(十津川探検 〜十津川郷民俗語彙〜)から引用した。
 北海道樺戸郡新十津川町にもソバマキトンボという赤トンボの呼称が見られる。
明治22年(1889)、奈良県の十津川村が大水害に襲われて多くの被害が出て2600人ともいう多くの人達が新天地を求め北海道に移住した歴史をもっている。
奈良県十津川村本郷でのソバマキトンボの呼称をこの地にも伝え、いまに残ったのではなかろうか。

 群馬県吾妻郡や利根郡にソバマキトンボ、勢多郡ではソバマキという呼称があるという。*新十津川村及び群馬県吾妻郡や利根郡については『熱帯自然民族博物館』サイトから引用した。さらに、群馬県渋川市赤城町 渋川市立南雲小学校 平成24年9月7日 学校通信No:10「南雲小だより」のなかにも「ソバマキトンボ」が登場している。

 この他にも、「蕎麦の事典」(新島繁編著)によると、和歌山県西牟婁郡中辺路町や岡山県勝田郡では、このトンボが鍬の柄の高さに飛ぶときにソバをまけばよいとあり、上記の群馬県勢多郡北橘村下箱田でも蕎麦蒔き蜻蛉についてのいい伝えを載せている。

 季節がかっわり、赤トンボの飛び方の変化を観察しながらソバの播種期を決めてきたという、古くからのソバと人の結びつきの事例である。

ソバマキトンボの方言分布
 ソバマキトンボという方言が認められるのは、四国(高知、徳島)、奈良(十津川)、和歌山、岡山などの西日本で、東日本では群馬県の他に北海道・新十津川でみられるが、これは奈良県・十津川村を襲った明治22年の水害で移住した人達が郷里の方言を伝えたものと考える。

赤トンボのこと
 赤とんぼには実に多くの種類があってそれぞれが固有の名前を持っているが、なかでも、アキアカネとウスバキトンボが代表的な赤トンボとされていて全国に分布している。
アキアカネは、初夏に水田や湿地で羽化すると一斉に標高の高い山に飛び立って涼しい場所で夏を過ごす。雄は成熟すると橙色から鮮やかな赤に変化し、秋の気配とともに一斉に山を下って平地に戻って産卵する。
これらに対してウスバキトンボは黄褐色で、夏から秋に現れて広い翅で風を捉えて集団で空中を飛行する。とくに西日本では、お盆の頃に多く見られることからショウリョウ(精霊)トンボとかボン(盆)トンボと呼ぶ地域が多いようだ。

 「赤とんぼの謎」(新井裕 どうぶつ社)のなかに、「(赤とんぼについて)西日本に住む人はウスバキトンボを、東日本に住む人はアキアカネを頭に描いている」という元佐賀大学東和敬教授らの説を紹介している。
そのようにいわれてみると、わたし自身の経験からも、西日本出身の私はウスバキトンボであり、東日本出身の家内にとっての赤とんぼはアキアカネやナツアカネに代表される濃い赤色をイメージしているようだ。

 ソバマキトンボは どの赤トンボのことだろうか? 
わたしの知る限りのアカトンボの習性からすると・・・・・・ ウスバキトンボになるのだが・・・

 集団で現れて低空を浮かぶように、ときにはゆっくりと流れるように飛行するのがウスバキトンボの特徴だが、素人にはその様子を写すことができない。下はその飛行のスケッチ画で、もう一つはたまたま枝の途中に留まるのに出くわしたときの写真である。どうも竿の先よりも中ほどにつかまって休む習性のようだ。



    
 【 Top 】