そばの歴史 慈性日記・江戸のそば切り

称往院・道光庵のあったあたり
   江戸時代の浅草新寺町(台東区西浅草)

  寺町の面影はない 

 この辺りには、明暦の大火のあと(慈性日記に登場した)東光院が小伝馬町から、隣には湯島から称往院が移ってきた。
その称往院の院内には後に寺でありながらそば切りが評判になった道光庵があり、そば屋庵号の始まりはこの小さい寺のそば切り繁盛ぶりに由来している。
時代を経て親寺の称往院は、関東大震災のあと昭和2年に現在の世田谷区北烏山へ移転したのでいまはその名残はない。

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