府民の森ひよしの色々な事(アンダーラインのある文字をクリックすると,リンク先に飛びます)
大西信弘
地域おこしの仕掛けとして、行政主導でエコミュージアムが導入されている地域が少なくありません。「エコ」 とか「ミュージアム」とか、聞いた事のある言葉が並んでいると、エコミュージアムがどのようなものであるかと いう知識なしに各人各様にエコなミュージアムだと想像してしまうようで、せっかくの地域おこしの仕掛けなのに 目的や意図が伝わりにくいようです。こうした理解しにくさは、エコミュージアムを地域にローカライズする上で 乗り越えていかねばならないーつの課題と言えるでしょう。この章ではエコミュージアムがフランスで生み出され た経緯について簡単に紹介します。
エコミュージアムは、1960年代のフランス社会が再検討される中で誕生したエコミュゼを英語に翻訳したもの として知られています。エコミュージアムという語は、エコロジーとミュージアムを合成してできました。エコロ ジーは生態学と訳され、生態学者のE.ヘンケルによれば「非生物的および生物的環境(独Umgebung)との間のす べての関係、すなわち生物の家計(独Haushalt)に関する科学、いいかえればC.ダーウィンが生存をめぐる闘争に おける諸種の条件と呼んだ複雑な相互関係のすべてについて研究する学」という意味をもちます。生態学は、生物 の暮らしに関する科学という事ができます。ミュージアムは博物館で、その設置目的は、例えば、国立科学博物館 であれば「博物館を設置して、自然史に関する科学その他の自然科学及びその応用に関する調査及び研究並びにこ れらに関する資料の収集、保管(育成を含む)及び公衆への供覧等を行うことにより、自然科学及び社会教育の振興 を図ることを目的とする。」と謳われています。
エコミュージアムは、エコロジーに関するミュージアムという意味になりますが、一般には生態学という言葉か ら想像されるのは人とは関係のない他の動植物ではないでしょうか。また、日本では「エコ」というと「リサイク ル」「環境問題」や「省資源・省エネルギー」という意味合いと理解されがちです。このためエコミュージアムと いったときに、その起源であるフランスのエコミュージアムに類したものが想定されているとは限らないようで す。例えば「エコミュージアムとは、地域をまるごと「生きた博物館」として、地域のさまざまな有形、無形の資 源を、地域の人々が中心となって活かしつつ保全する取り組みです。自然の保全の上に地域の活性化にも役立てて いきます。という活動方針を掲げて、保全区域をエコミュージアムと呼ぶ例もあります。フランスでのエコミュー ジアムの起源を見ると、人のエコロジー、つまり人の暮らしの博物館という意味合いでエコロジーという語が使わ れています。ノヨルンユ・アンリ・リヴィエールはエコミュージアムについて「地域社会のひとびとの生活と、そ この自然環境、社会環境の発達過程を史的に探求し、自然遺産および文化遺産を現地において保存し、育成し、展 示することを通して、当該地域社会の発展に寄与することを目的とする博物館である」と述べています。これを受 けて新井重三はエコミュージアムを「生活・環境博物館」と訳しています。
伝統的な博物館では、博物館で行われる行為は専門家である学芸員対来館者という図式におさまる傾向にありま す。しかし、野外博物館の場合、特に人の暮らしを対象にすると大きく事情が異なってきます。リヴィエールは、 ガスコーニュ・ランド地方自然公園に野外博物館を構想しました。そこに民家とそれを取り巻く環境である農場、 森なども再現して、人が暮らす地域環境を丸ごと野外博物館としていきます。先にあげたように博物館の目的は 「収集・保管・研究・展示・教育」です。しかし、人の暮らしを対象とすると「収集」したり「保管」することは 困難なものもあります。また、暮らしとともに変容していくものもあることでしょう。変容する人の暮らしを、そ の暮らしが成り立ってきた環境ごと「展示」する野外博物館がエコミュージアムであるという言い方もできるで しょう。または、エコミュージアムでは、人の生活そのもの、人の暮らしが生み出し・暮らしを支える環境、人の 暮らしの知恵といったものを「研究」すると言う事もできます。エコミュージアムでは、こうした「展示」「研 究」する行為自体が「教育」に繋がってゆきます。
人の暮らしの専門家は、地域の生活の知恵を持つ住民自身であり、暮らしの中で暮らしの知恵を継承するのも住 民自身です。エコミュージアムでは、住民が主体となった地域の暮らしそのもののあり方が、そのまま丸ごと意味 を持つのです。人の暮らしを対象とした野外博物館は、このように従来の博物館という枠だけにおさまらず、地域 の人の暮らしそのものとして発展していきます。そして、人の暮らしを扱うエコミュージアムは、地域の様々な主 体がかかわり合いを持つ場を提供します。新井によって「生活・環境博物館」と訳されたようにエコミュージアム には人々の暮らしがあり、活字にならない知恵や伝承が暮らしの博物館を支えています。インターネットにはたく さんの情報がごった返していますが、どれも活字になるものを中心とした情報の混沌と言うこともできるかもしれ ません。それに比へ、エコミュージアムが包含する暮らしの知恵は、一見すると、どこに情報があるか見えにくい けれども、エコミュージアムの空間に参加して、短時間でもその空間で生活する事で、人とのつながりから情報と の関わりが見えてくるのです。頭の中だけで理解したかのような活字化された情報の数々。こういったタイプの情 報ばかりが、価値を持たされてきました。活字との関わり合いはきわめて個人的な体験であるのに対して、暮らし の知恵は暮らしという社会的な体験を通じてのみアクセスできるものです。エコミュージアムは、こうした暮らし の知恵の生きる環境との関わり合いを地域の中で活かして人が暮らしていく姿です。その環境とは地域社会であ であり、暮らしの知恵を使う料理の下ごしらえや、農作業といった、実際の暮らしの一場面一場面なのです。
フランスのエコミュージアムを日本のものと比べると、フランスのエコミュージアムは人の暮らしにかかる比重 が大きいようです。自然環境も人の手の加わらない純粋自然なものというよりは、人の営為による文化的構築物と 認識されているそうです。また、フランスでは、食料自給率も高く自国の農業に誇りを持っているという話もきき ます。こうした感覚が「人が作り出した環境の中で生きる人の暮らし」をエコミュージアムとしてとらえるという 考え方が生まれたのではないでしょうか。こうした感覚は必ずしも、日本の自然観とは一致するものではないかも しれませんが、農業生態系や里山と呼ばれる環境を考える場合、人が稲作を行い、水田周辺に暮らす魚を獲って食 うという暮らしとエコミュージアム的な考えはよくなじみそうです。その一方で、日本列島は世界の生物多様性の ホットスポットの一つに数え上げられるだけあって、農村部でも多様な生物が見られます。その中には絶減危具種 や天然記念物も含まれますが、それら希少生物が存在するだけでなく、普通種と考えられているような生き物も豊 かである事が特徴となっています。そのためか、日本のエコミュージアム活動の中には生物保全(特に希少生物保全) を掲けるものも少なくありません。エコミュージアム活動といいながら、生物保全に関してはイギリスに起源を持 つナショナルトラスト運動を入れ込んだ活動として発展している地域もあります。イギリスでは、エコミュージア ムが起きる以前からナショナルトラスト運動があったかのような活字化された情報の数々。こういったタイプの情 報ばかりが、価値を持たされてきました。このアプローチはエコミュージアムとは異なるものです。これらフラン スのエコミュージアムの起源との違いは、エコミュージアムという地域おこしの仕掛けが、地域のコンテクストに 合わせて口一カライズされているととらえるのではないでしょうか。エコミュージアムとか、ナショナルトラスト とかいった活動の起源に縛られる事なく、柔軟に地域のコンテクストに合わせて地域の暮らしをもり立てているの だとすれば、地域がエコミュージアムをうまく吸収しているということができるでしょう。
最後に、日本では、行政主導的にエコミュージアムが導入されがちなようなので、行政の役割について簡単に触 れておきます。リヴィエールは「エコミュージアムの発展的定義」を「エコミュゼは、行政当局と住民がともに構 想し、作り上げ、活用する手段である。行政当局は、専門家とともに、便宜を図り、財源を提供する。住民は、各 自の興味にしたがって、自分たちの知識や取り組み能力を提供する。」という文ではじめています。リヴィエール に従えば、行政は住民とともに構想する場をアレンジして、専門家とのネットワークを提供して、財源を提供する ことになるかもしれませんが、このあたりも柔軟にローカライズしていく事が必要になるでしょう。現在、日本で はエコミュージアム活動をサポートする民間の助成金も少なくありません。また、地域にある大学は専門家集団と して、地域の発展とともに研究、教育活動を進めることも可能です。そうしたときに、行政にはネットワーク提供 サービスや、制度上のバックアップなどといったことが期待されていくのではないでしようか。
参考文献
大原一興、1999、エコミュージアムへの旅、鹿島出版会
小松光一編、1999、エコミュ一ジアム21世紀の地域おこし、家の光協会
八杉龍一・小関治男・古谷雅樹・日高敏降編生物学辞典第四版、岩波書店
南丹地域の田園地帯には、様々な動植物が見られます。春になれば、ケリが畦を繁殖場所として利用し、夏にか けては、アマサギがエサになるカエルを獲りに水田に集まってきます。こうした空間は、水田耕作の知恵が生み出 す自然との共生空間です。自然と共生する農業の知恵は、長い歴史の中受け継がれてきた貴重な暮らしの知恵とい うことができるでしょう。
(おおにし・のぶひろ/京都学園大学バイオ環境学部准教授)
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