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● 元誓光寺と聖徳太子


朝宮・元誓光寺(589)国造りの祖・聖徳太子・創建

 岡ノ山にあった元誓光寺は、我国の書籍文化の起源の地であった。552年の仏教伝来の影響を受けた聖徳太子は高句麗の慧慈を師匠とし仏教の教学である法華経、維摩経49巻を学び、それを基盤として築かれた寺院(誓光寺)集落である。中央に三所神社@須佐ノ男尊・開拓の神。A弥都波能売・水(育)の神B木花之佐久夜毘売豊饒の神天神宮、亥の神、倉魂神、牛頭(八坂神)天王、地主の神等に護られた朝宮・岡ノ山を経塚山とも伝わっている。中腹に仙禅寺(奥ノ院)山麓には誓光寺の弥陀の伽藍、三重の塔、庫裏、経塚堂、仁王門、五輪塔、学習院、弥勒堂等。その後593年には大阪の玉造に移動、四天王寺等を建立、そして難波の(あら)(はか)に移り勉学全ての学習院の元をられたそうである 

 

@  552年北側に淡海の百済寺。

A  593年南側に大阪・玉造に四天王寺を建て慧聡を迎え

595年(推古天皇3年)11巻の勝鬘経を広める。

B  595年東側に奈良法隆寺、中宮寺、法起寺。

C  598年西側に京都・広隆寺

599年〜622年全国に46寺院と大師の寺院が建立、

その後聖徳太子信仰が盛んになった。

653年〜825年三論宗、法相宗、天台宗へと変わる。

朝宮の(1632年)大火にて消失、奥ノ院である

仙禅寺が残った。

 平成29年1月記



 
 





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