1994(平成6)年4月26日午後8時16分頃、台北発名古屋行き中華航空140便エアバスA300B4-622R型機(B-1816)が名古屋空港への最終進入中に失速し、誘導路E-1付近の滑走路脇に墜落炎上した。
この事故で乗員15名、乗客256名、計271名のうち乗員15名、乗客249名、計264名(内154名が日本人)が死亡し、乗客7名が重傷を負った。
事故原因について運輸省事故調査委員会は、乗員の自動操縦装置への不完熟による誤った操作があったことを指摘すると共に、システムの設計段階で誤操作を招く要素が含まれていたことも示唆している。すなわち、手動操縦でのILS進入時(午後8時14分6秒頃、高度約330mを降下中)に副操縦士が誤ってスラストレバーについているゴーレバーを引っ掛けたため、オートスラストが推力を増加させ、降下が止まり降下パスから上方に外れてしまった。オートスラストを解除して高くなった降下パスを正規のパスに近づけたが、ゴーアラウンドモードを解除することが出来ないまま、午後8時14分18秒、自動操縦装置をオンにし、ゴーアラウンドモードを解除する適切な措置をとらず、自動操縦装置に反発する機首下げの操縦を行った結果、自動操縦装置は水平安定板を機首上げ方向に最大(12度30分)に作動させた。加えて自動失速防止装置も作動し、エンジン出力が最大となり、さらに機首が上がったため回復不能な失速状態となり墜落したものであった。なお、エアバスA300の事故は本件で2件目であり、エアバスA300B4-600Rの事故としては本件が初めてである。
事故機は1990年に製造された。
2003年12月26日、名古屋地方裁判所は、中華航空に対し遺族ら232名に対し総額50億3297万4414円を支払うよう命じた。統一原告団は、中華航空とエアバス社に総額196億2020万円の損害賠償を求めて1995年11月に提訴していた。
原告は、事故原因を、操縦ミスとエアバス社の設計上の欠陥が複合したものと主張した。即ち、着陸態勢に入ったパイロットがゴーアラウンドレバーを誤操作して自動操縦装置に接続し、そのまま着陸にしようと操縦桿を押し続けたため、手動操縦による機首下げと自動操縦による機首上げが反発し、機体がバランスを失ったと指摘した。そのうえで、中華航空には故意に等しい重大な過失があると追及し、ワルソー条約の補償額上限を適用しない「無謀に、かつ損害の恐れを認識して行った」場合に当たると主張した。さらに、エアバス社については、機体に手動操縦と自動操縦が競合する欠陥があり、危険性を認識しながら、手動操縦が行われたら自動操縦が解除されるようにするなどの改善措置を講じなかったとして製造物責任がある旨主張した。そのうえで死の恐怖や遺体の損傷などの精神的苦痛は甚大であるとして犠牲者1名あたり1億円の慰謝料を求めた。
原告の訴えに対し、中華航空側は、ゴーアラウンドレバー誤操作は不可抗力の可能性が高く、操縦士には予想し得ない機体の動きが発生したこと、ゴーアラウンドモード解除の方法についてエアバス社のマニュアルが分かりにくかったことなどを挙げて反論し、エアバス社は、日本の裁判所には訴訟の管轄権がないこと、機体に欠陥はなくパイロットの複数の重過失が事故原因で、事故の予測は不可能であったことなどを主張した。
判決は、中華航空への請求については、パイロットが自動操縦中に手動操縦を継続した行為について、パイロットは墜落の危険があることを認識しつつ、あえて操縦輪を強く押し続けて進入を継続したものと断定し、この行為は乗客の生命財産を安全に運送するという最も基本的かつ重要な義務を無視したものであり、無謀というほかないとし、「無謀に、かつ損害の恐れを認識して行った」行為と認定し、改正ワルソー条約25条の責任制限規定(20000米ドル)の適用は排除され、中華航空は損害の全額を賠償する責任があるとした。次にエアバス社への請求については、事故は極めて例外的な操縦によって起こったものであり、設計思想と比較しても合理性を有しないということはできず、欠陥であるとはいえないとして、製造物責任は認めず請求を棄却した。
なお、統一原告団は日本と台湾の犠牲者計87名の遺族と生存者1名の計236名で構成されていたが、うち4名は犠牲者の兄弟で慰謝料請求権が認められなかった。
国内の航空事故関連損害賠償請求訴訟では原告数、請求額ともに過去最大の訴訟となった。中華航空が控訴期限の2004年1月19日に控訴を見送り地裁判決を受け入れることを表明したことに伴い、原告団の大半は控訴を取り下げ、控訴審は原告団29名(台湾と日本の遺族の合計)で継続されることになった。
なお、統一原告団とは別に、本件事故で死亡した男性会社員の遺族2名が中華航空とエアバス社を相手取り損害賠償請求訴訟を提起していたが、この件については2004年5月27日に名古屋地裁で判決があり、約3億円の原告の請求に対し、中華航空に約1億7700万円の支払いを命じた。エアバス社への請求は棄却された。この判決も、中華航空機の副操縦士が「誤って自動操縦装置の着陸やり直しモードを作動させた。適切な措置を取るべきだったのに、手動で着陸進入を継続し」、「墜落の恐れを認識しながら、乗客を安全に運送するという重要な義務を無視した」などと指摘し、先の統一原告団の判決内容に沿う判断を示した。この判決により、本件事故にかかる訴訟の第一審はすべて終了した。
統一原告団による控訴審は、中華航空とエアバス社を相手取り、総額約6億7800万円の損害賠償請求を求めて名古屋高等裁判所で訴訟が係属中である。原告は自動操縦と手動操縦が反発することで機体が不安定な状態に陥ったのは機体の設計に欠陥があったためとし、第一審が認めなかったエアバス社の責任を追及するとともに、賠償額には無謀な操縦や死の恐怖への慰謝料が考慮されるべきであると主張すると共に、日本人と台湾人の間の賠償金額の差をなくすようにも主張した。
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著者名 | 書 名 | 出版社 | 刊行年 | 頁 数 |
加藤寛一郎 | 講談社 | 1994年 | 24頁〜40頁 | |
デビッド・ゲロー | イカロス出版 | 1997年 | 238頁〜239頁 | |
宮城雅子 | 講談社 | 1998年 | 73頁〜75頁 | |
遠藤 浩 | 講談社 | 1998年 | 159頁〜164頁 | |
マルコム・マクファーソン | 青山出版社 | 1999年 | 131頁〜134頁 | |
加藤寛一郎 | 講談社 | 2002年 | 197頁〜244頁 | |
黒田勲監修/石橋明著 | 中央労働災害防止協会 | 2003年 | 145頁〜152頁 |