ミュージックマンAXIS EXの事 4 完結編

 前回の終わりにネックの捻じれは解決したがまだ問題は残っていたと書きました
今回はその事について書きます

ギターやベースの調整に「弦高調整」と云う物があります
「弦高」とはフレット頂点と弦の間の空間距離の事ですが、この距離により弾き易さや音が変わりますので非常に重要な調整項目です
低ければ押弦し易くなりますが低過ぎるとアタックがミュートされてベチャベチャ・ペチペチとした音になり、フレットの状況によっては押弦したフレットよりもブリッジ寄りのフレットに弦が当たってビビりになります
逆に高いと押弦し辛くなりピッチも悪くなりますが、強くピッキングして弦を大きく振動させても弦が他のフレットに接触し難くなりアタック音を潰さずハッキリしたアタック音を得る事が出来ます
この様に弦高は高い時と低い時でそれぞれにメリット・デメリットがありますので演奏者が自ずからこのメリット・デメリットに折り合いを付けながら自分にとっての「良きところ」を見つけるしかありません
つまり弦高に普遍的な数値は無く、各々好みの弦高を見つけて調整する必要がありますので一般的なエレキギターのブリッジは弦高調整機能が付いているんです
アコースティックギターでも簡単に弦高調整出来る構造のブリッジの物もありますが、ほとんどの物はサドル固定式で簡単には調整することは出来ませんが、これでもサドルを削ったり、サドルの下に薄い板を敷いて嵩上げしたり、サドルを作り直したりして調整する事が出来ます

以前修理で持ち込まれた日本製のオーダーギターがあったのですが、とにかく物凄い「おコダワリ」を持ったルシアー(私この響きなんか笑っちゃうんです
プププ)が製作した物だそうで、このギターの性能を発揮させる為の完璧なセッティングがあるとかで、弦高など引き渡し時のセッティングをユーザーが勝手に変更するとそれ以降補償が効かなくなるそうです
オーナー様曰く、そのただならぬ「おコダワリ」に惚れ込んでオーダーされたらしいのですがご自身のプレイスタイルに合わない部分がいくつかあり色々とセッティング変更したいらしいのですが、変更すると補償が効かなくなる…
一応ご相談はお聞きましたがセッティング変更した後に基本的な不具合が出たら保証されなくなるので「補償期間が過ぎてから調整し直されたらどうですか?」とアドバイスさせて頂きましたがひょっとしたら永久保証だったのかも?
いずれにせよその「おコダワリのルシアーさん」はそのセッティングがそのギターにとってベストで普遍的な物と思われての事なんでしょうが、それではプレイヤーが置き去りにされていないですか?
時々こう云う考え方に触れる事があるのですが、まるでプレイヤーよりもギターの方が偉いみたいな。
プレイヤーにもそれを有難がって喜んでいると思しき方もいらっしゃるのですが、自分よりもギターの価値の方が上ってどうなんですかね?
人が弾かなきゃ楽器として成り立たないのに。
そりゃ10億円のストラディバリウスと比べたらお前の価値はどうなんだと言われれば私の場合死んでも10億円出ませんけどねーッ!<(`^´)>
そもそも楽器の音が全て楽器のポテンシャルでは無くて、弾き手によって音は変わりますから、弾き難くてストレスになる状況で弾き手が楽器のポテンシャルを引き出せるはずもありませんのでこのおルシアーさんの理屈は破綻している事になると思います

あ、時々「家族よりギターの方が大事」と言ってしまう人が居るのですがこれにはドン引き通り越してゾッとします
冗談で言っていると思いたいのですが、本音ならマインド的には子供を放置して恋人と遊び惚ける親と変わらないですよこれ。

脱線する悪い癖がまた出てしまいましたが、演奏者の好みに楽器をセッティングする事はとても重要な事なのですが、AXISの場合、フロイドローズタイプのトレモロブリッジですのでサドルが個別で弦高調整出来ませんから、弦高調整する方法はスタッドアンカーの高さで調整するしか無いのですが、AXISはボディにベタ付けするセッティングになっていますので弦高の調整幅は非常に小さくなります
出荷時に基本の弦高セッティングとして12フレット上で1弦1.3ミリ 6弦1.6ミリを設定していましたがネックの寸法誤差やジョイントポケットの加工誤差でこの数値にセッティングに出来なくなる事が第2期になってから多くなってしまいました
具体的にはネックのジョイント部分の厚みが1弦側と6弦側で違っていたり、ジョイント部分のヘッド側とエンド側で厚みが違っているような状況があると、想定していた弦高に合わせられなくなるのですが、第2期なってこう云った不具合が増えてきたのです
これが始めに書いた「まだ残っていた問題」です

フロイドローズベタ付けセッティングでも弦高を上げる方向であれば実際の調整幅はありますが、あまりスタッドアンカーを上げるとブリッジが前上がりになり組み込み不良の証になってしまいますし、逆に下げる方向は元から可動範囲が狭いうえに下げ過ぎるとアームダウン時にブリッジプレートとボディが接触してボディに傷を付けてしまいます
また規定弦高にセッティング出来てもブリッジプレートの1弦側と6弦側もボディと平行になっていないとこれも組み込み不良に見えてしまいます



完璧に出来ていると上の画像の様になります
ファインチューナーの板バネの固定を補助するプレート(黄色矢印)が1弦側も6弦側も完全にボディに接触しています
もちろんこれもある程度の誤差を許容していましたが、フローティングセッティングであれば多少傾いていても目立たない所がベタ付けにすると多少の傾きでも目立ってしまうのが難儀な所でした

ブリッジで弦高調整が出来ない場合、どうやって弦高調整するのかというと、ボディのジョイントポケットを削って仕込み角を調整して行っておりました
通常、こう云った場合ジョイントポケットに薄い板(シム板)を挟み込んで仕込み角調整します
USA製のAXISもシムを挟んで仕込み角調整していますからAXIS EXもシムで調整すれば良いのですが、過去記事で書いた様に製品としてシムは入れたくなかったので鑿(ノミ)を駆使して仕込み角調整を行っておりました
その方法は近いうちに記事にさせて頂きますが、第1期AXIS EXではこう云った仕込み角調整をする事はほとんどありませんでした
それはヤマ楽器製のネックの高い寸法精度と、ハイエンドギターズで正確に行うジョイント後加工があったからで、精度の高い製造作業が出来ていればその必要は無かったからです
第2期になってから飯田楽器製のネックの寸法精度の悪さが原因で弦高が合わせられなくなる事が多くなりましたが、第1期で使用しなかったシム板を第2期になったからと言って使用すると云う判断はありませんでした
今でこそAXIS EXに1期・2期あった事はマニアの間では知られている事ですが、当時AXIS EXを購入される方は1期も2期も知らないですし価格も同じですので品質に差が出来てはなりません
自分が購入したのがハズレの2期などとは思われたくはありませんので手間は掛かってもシムを使わずジョイントポケットを削って仕込み角調整致しました

そんな感じで第2期のAXIS EXでは飯田楽器から届いた物の半数近くに仕込み角調整し直しておりましたから、たまに修理でAXIS EXが入った時にジョイントを外すと高い確率でその痕跡が有ったりします



これは第2期AXIS EXのフレット摺合せ依頼が入った時に作業途中に撮った画像です
ネックとボディそれぞれに鉛筆で書かれた番号が見えますが、これは始めの5桁は製造日(この場合1999年4月20日)でハイフンで繋がった「1」はペアリングナンバーでジョイント後加工を行った時にこのボディとネックがペアである事を示す数字です
最後のアルファベットはジョイント後加工の作業者のイニシャルでネック側の「T」は飯田楽器の作業者のイニシャル、ボディ側の小文字の「m」は正樹のmで私の事です
良く見ると数字も筆跡が違う事が分かると思います
つまりこの個体は当時飯田楽器から仕上がってきた時点では弦高を規定値に合わせる事が出来なかったので、ハイエンドギターズで検品時に私がジョイントポケットを削って仕込み角調整した個体であると云う事を表しています
私が仕込み角調整をするまではボディ側の番号もネックと同じ「90420-T」だったのですが、ノミで仕込み角調整をする為にジョイントポケットを削ると鉛筆書きの番号も消えてしまいますので、仕込み角調整後に番号を書き直して最後のアルファベットを仕込み角調整をした私のイニシャルに書き替えていました
ですのでこの番号がネックもボディも全く同じであれば仕込み角調整の必要が無かった個体と云う事になります

この様に手間をかけて規定弦高にセッティングしていましたが、規定弦高はあくまで私が勝手に決めた弦高です。もちろん「出来るだけ多くの方に弾き易いと思ってもらえて尚且つビビりが出にくい弦高を」と考えての数値でしたが、この弦高では弾き難いと思った方もいらっしゃったのでは無いかと思います
でもフロイドローズタイプのベタ付けセッティングはブリッジ側ではほとんど弦高調整出来ないのでオーナーが自分で好みに調整する事は困難でした

またAXISはピックアップもボディ直止めで、アイバニーズなどのスポンジを挟んで高さ調整が出来る直止めと違い、本当に直接ボディにネジ止めされていて高さの調整が出来ません
以前「ピックアップの高さ調整」と云うコラム記事にも書きましたがピックアップの高さでメチャメチャ音が変わります
「ピックアップをボディに直付けするとボディの振動をピックアップがダイレクトに拾い云々」と言う方がいらっしゃいますが、その理屈の真偽は置いておいて実際そうだったとしても高さ調整が出来ない本当のダイレクトマウントと、スポンジを挟んだ似非ダイレクトマウントの音の差よりもピックアップの高さによる音の変化の方が誰にでも判る変化である事は確実です
なのにAXISはその調整さえも出来ない

オーダーギターであれば製作時にオーダー主の好みにセッティングすれば調整機能は不要かも知れませんが、量産品の製造は不特定多数のユーザーに向けて行いますので当然の事ながら出荷時にユーザー一人一人の好みにセッティングすると云う事は出来ません
出荷時には誰が買ってくれるかも分かりませんしね
ですので、購入後にユーザーの好みに調整し直せる事が量産品にとってとても重要な事だと思います
その点で弦高調整もピックアップの高さ調整も容易でないAXISは不特定多数に向けた量産品としては欠陥品だったと思っています
あくまでもヴァンヘイレン個人に向けたスペシャルモデルで万人に向けた量産品には向かない構造だと思います

ちなみに第1期AXIS EXのファーストロットのボディ各所の寸法はミュージックマンの設計図通りに製作されていましたが、設計図通りではピックアップザグリの深さが深くて弦とピックアップの距離が遠くなる為、私の感覚ではモッサリと輪郭のボヤけた音に感じましたので、私の判断でファーストロットではピックアップのマウントプレートの下に金属ワッシャーを挟んでピックアップが弦に近くなるよう高さを変えて出荷し、セカンドロットのボディからはピックアップサグリ自体を浅くするように仕様を変更しました
これで音の輪郭もハッキリしメリハリのある音になったと思っていたのですが、ハイエンドギターズ退社後に「AXIS EXはゲインが高過ぎてクリーンが出ない」と云ったお声をネット上で複数件見る事になります
ハイエンドギターズではフェンダーのBlues-Jrと云うアンプを使いクリーンサウンドで検品していましたのでクリーンが出ないなんて思いもしなかったのですが、それはBlue-Jrが歪み難いアンプだったからで歪み易いアンプだとどうやっても歪んでしまったのかも知れません
むしろAXISの様なタイプのギターを購入される方がBlues-Jrの様に歪み難いクリーンメインのアンプを使用される事の方が稀な事かも知れませんので、歪み難いアンプとの組み合わせで音を判断してしまった事は間違いだったのかも知れませんし、そもそも設計者でもない人間が「良かれ」と思ってでも勝手に設計変更する様な事はマズかったのか?とそう云った書き込みを見て思うようになりました
自分は納得できなくてもUSAの仕様をそのままにした方が良かったのか?それともファーストロットの時の様にワッシャーの抜き差しで高さを調整出来るようにしておけば良かったのか?

私は「職人のコダワリ」と云うのは単なる自己満足の押し付けと思っています
PGM時代からそう思っていて「こだわってますねぇ」などと人に言われるとイラっとして「必要な事をしているだけで何もコダワっていません!」と言っていたのですが、ある人に「それはそれで”こだわる”と云う言葉にコダワってませんか?」と言われ、ぐうの音も出なかった事があるのですが、そう言われた当時もAXIS EXを製作していた頃も自分は正当な事をしていてただの自己満足の押し付けの「コダワリ」とは違うんだと思い込んでいたのかも知れません
自分のやる事は正当だと思う時点で自己満足の押し付けである事と変わりないのに。
製造工房を辞めて修理店を始めてからは本当の意味でコダワら無くなったと思っています
楽器の強度に問題が出たり、物理的に矛盾したリクエストには答えられませんが、そう云う問題が無ければセッティングに関しては「どうとでもお好みに致しますよ!」と云う姿勢でおります
弾くのはリペアマンでは無くお客さんなんですから!
その分、お客様にどう云うのが好きなのか?どう云う風だと弾き易く感じるのか?と執拗に聞きますので全部任せたいタイプの人にはウザいかも知れませんが…

話を戻しまして。
ネットでAXIS EXの事を検索していてAXIS EXSと云うシリーズが合ったのを見つけ「あ〜そう言えばそう云うの有った」と思い出しました
そういうの有ったと言うくらいですからEXSシリーズの製造経緯はほとんど思い出せなくて、ボディトップとヘッド表がソリッドカラーに変わった以外、製造形態としては第2期AXIS EXと何も変わっていなかったという事くらいしか思い出せません
ボディ材について「ひょっとしたら」程度の事は少し思い出しますが不確かな記憶ですのでここに書くには止めておきます

最後にパーツについてですがAXIS EXはアメリカのアーニーボールから支給されたパーツで組み込みしていたのですが、実はどう云いう訳かジャックだけは支給されなかったんです
ハイエンドギターズにはヴァレーアーツ製造時からのパーツ在庫がワンサカありスイッチクラフト社のジャックも沢山残っていましたからこれを使用しましたが、第2期になってからは製造委託先の飯田楽器にジャックの手配をお願いしましたので第2期からは国産ジャックに変わっております

また、ピックアップに関しましては初期ロットのピックアップは2芯シールド線が使用されていましたが後に4芯シールド線に仕様変更されます
どのタイミングで変更されたか記憶は定かでは無いのですが第1期中に変更された様な気がします

もう一つ、トラスロッドはアーニーボールから支給はされていたのですが、ヤマ楽器の都合からそれは使用せずヤマ楽器がいつも使用している国産のトラスロッドを使用しています
このトラスロッドはミリ規格ですのでアーニーボールから支給されたインチ規格のトラスロッドアジャストホイールは使用出来ず、国内でミリ規格の物を製作して使用していました
ネック製造が飯田楽器に変わった後も同じようにミリ規格のトラスロッドを使用しておりますのでアジャストホイールはアーニーボール製のギター・ベースに付いている物とAXIS EXに付いている物では互換性がありません

AXIS EXについて製造当事者の私が思い出せる事を4回に渡って関係の無い事も交えながらダラダラ長く書かせて頂きましたが、これで完結とさせて頂きます

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