家庭教育誌「ないおん」は、教育・子育ちをテーマに毎月こころのお便りをお届けしています

ないおん寺院版12月号(2020年12月1日発行)は

砂場バケツにザルをかぶせて、保育園部のN君がにこにこしながら近づいてきます。朝まだ早い事務所に、保育園の先生たちの姿はありません。わたしが幼稚園の先生だということを知ったうえで、N君は目くばせしながらバケツの中身をちらりと見せてくれます。
「わあ、大きなゴマダラカミキリ。すごいね、どこで捕ったの?」
N君は誇らしげな笑顔でバケツにザルをかぶせながら言います。
「教えん」

N君は虫捕りの天才です。大きな瞳をくるくると動かして、虫の姿を発見するやいなや、その手は虫をつかんでいるという早わざです。毎日のように繰り返されるN君の虫捕りは、虫かご探しから観察、虫遊びに発展します。そうして虫をもてあそんだ末に、夕方には弱らせたり死なせてしまったりして、残念なことになるのが常です。一匹だけでなく、一日に何匹も。だからこのところ、保育園部の先生たちの間には、彼の成果を素直に喜べない、微妙な、沈痛な気分が広がっています。
先生たちは「すごいね」と称えつつ、なにげなくキャッチ・アンド・リリースを勧めるのですが、そう簡単にはいきません。動きが素早くて捕まえられないコオロギやトンボを間近に見てみたくて、クラスの男の子たちがN君のところに集まります。普段、クラスで過ごすのが難しい彼にとって、虫は友だちとつながる大切なツールでもあるのです。

「そうか、そうか」
満足そうにバケツの中を眺めているN君にうなずきながら、わたしはなにか大切なことを話すべきかと悩みました。けれど、何を、どう言ったものかと口ごもっているうちに、彼はバケツを抱えて行ってしまいました。蚊を見れば蚊をつぶし、ムカデを見れば割箸でつまみ上げるわたしが、N君に伝えられることはあまりに少ないように感じました。
5歳児に、いのちをもてあそぶ、という感覚はありません。彼はただ興味を持って虫を追いかけ、虫かごに入れて喜び、時々取り出して遊んだらその後は忘れてしまうだけなのです。「死んだらかわいそうだよ」とか「お家に帰してあげよう」と言うのも、なんだか大人の論理のこじつけのようです。
5歳児でなくても、わたしたちが他者の「いのち」をどう扱っているかといえば、一貫性がなく、極めて自分勝手で、時と場合で変化します。ある時はいのちは大切だと言い、またある時は人間の快適さや食事のために平気でいのちを犠牲にします。気分次第で邪険にしたり、心ない一言を言い放つこともある。いのちの尊さを子どもたちに伝えるはずが、わたし自身、自分のいのちも含めて、本当にいのちを大切にすることができているわけじゃない。N君の捕まえたゴマダラカミキリの美しい模様を思い浮かべます。子どもとの対話は、自分でも解決を付けられない「問い」についての、自分自身との対話へと変化していきます。
さて、どう伝えるべきかな。立ち上がりながら、心の中でつぶやきます。良いことも、悪いことも、一つひとつ阿弥陀さまにお尋ねしながらすすむ。保育者の歩みは、ゆっくり、子どもとともに問いを重ねる歩みです。
(武田修子)

寺院版

声に聞く

降っても晴れても   
本願寺派布教使 「おうみ法の友」編集長 正崇寺住職/佐々木瑞雲

今月号の『声に聞く』は、「降っても晴れても」。佐々木瑞雲さんのご寄稿です。
「『聴聞』とは、ただご法話を聞くことだけにとどまらず、生活の中で見聞きすることの中に仏さまのおこころを感じること」というお話を聞いたことがあります。
「降っても晴れても」という歌詞の中に「どのようなことがあろうとも、いつもあなたのそばにいますよ」という阿弥陀さまのよび声を聞かれた佐々木さんのお味わい。そのことを聞かせていただいたわたしの中にも、そっと空を見上げながら、お日さまの光や降ってくる雨を感じているイメージが浮かんできて何かとても軽やかでさわやかな心持ちになりました。
「降っても晴れても」は、曲名しか知りませんでしたが、今回のご縁で、歌詞を味わいながらじっくり聴かせていただきたいと思いました。

育心

不都合のままに   龍谷大学短期大学部教授/羽溪 了

今月号の『育心』では、羽溪了さんが「不都合のままに」と題して、九条武子さまのエピソードを紹介してくださいました。
武子さまが、自分自身を深く内省されながら「私にとって不都合なこどもであっても、不都合のままに、関わり続け」られたということに、大きな感動を覚えました。
そしてそれは、わたし自身のありようを見つめ直す気づきとなりました。

いのちみつめて

第66回 大切なことを教えていただいて 〜佐々中恵雄さん〜   
文・森 千鶴/版画・西川史朗

佐々中恵雄さんには、一度もお目にかかったことがなく、メールなどでやり取りすることが多いのですが、いつも誠実でひたむきなお姿が感じられて『いのちみつめて』で、ぜひお話を伺いたいと思っていました。
東日本大震災から10年が経とうとしていますが、この10年間は、佐々中さんにとっても、いろいろな変化があったようです。そしてその中でも変わることなく、お念仏をよりどころにされている、そのことが胸を打ちます。
佐々中さんと一緒に手を合わされた幼い二人の娘さんも、とてもほほえましく、温かなものを感じさせていただきました。

私の雑記帖

ペイ・フォワード 次へ渡そう
子ども服絵本専門店「ちゃいるどるーむ」経営 「エホント」広報/佐藤日出美

『私の雑記帖』は、大分県日田市で子ども服・絵本専門店「ちゃいるどるーむ」を経営しておられる佐藤日出美さんです。
佐藤さんは日頃から絵本の楽しさをひろめる活動や、文化芸術活動、ボランティア活動などにも幅広く関わっておられますが、今年夏の豪雨災害後のSNSでの発信は、実に迅速で的確だという印象を持ちました。
ご寄稿いただいて、佐藤さんが微塵の気負いや悲壮感もなく、大変な活動をされている理由がわかったように感じました。「ペイ・フォワード」の精神や活動が広がっていくように、わたしもできることから始めていきたいと思います。

貴重なお話をありがとうございました。
(森 千鶴)

令和2年11月16日 ないおん編集室(〜編集室だよりから抜粋〜)

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