Snow White




 産科の病棟に着いたところで翔くんに追いつき、私は彼や愛ちゃんと共に病室に入った。苦しそうだけど、まだ少し余裕があるのか、愛ちゃんは私たちに「ごめんね」と言ってくれた。
「何も謝る必要なんてないよ、姉さん」
「そうよ、愛ちゃん。頑張ってね」
 今の内に着替えた方がいいという叔母さまの指示で、愛ちゃんは病院備え付けの寝間着に着替えることにな り、翔くんは病室から出、私はそれを手伝った。そうしているうちにも痛みが襲ってくるのか、愛ちゃんがくっ、と呻く。なんだか、見ている私まで、お腹が痛くなってきているような錯覚に陥 る。
 でも。
 私は出来ることならこのまま、愛ちゃんの姿を見ていたい、と思っていた。愛ちゃんの一生懸命を、脳裏にしっかりと刻み付けたい。そうすることで、自分の迷いに何か しらの答えが出せるような気がした。・・・愛ちゃんにすれば、いい迷惑、だろうけど。
 それでも、着替えを済ませた彼女に、私は言ってみた。
「愛ちゃん、私、お産に立ち会っても いい?」
「麻衣、ちゃん・・・?」
 愛ちゃんが荒い息の下で、少し首を傾げる。私は真っすぐに彼女を見つめた。
「愛ちゃんにすれば迷惑かもしれないけど、私、愛ちゃんが頑張る 姿を見れば、迷ってることの答えが出せそうな気がして」
「何に・・・迷って、るの」
「うん・・・あのね、これからのこと。このまま看護婦になるか、もう1年助産科で勉強するか、決めら れなくて。自分の、気持ちが解らないの。どうしたらいいのか」
 規則的にやってくる痛みに耐えながら、愛ちゃんはいつもの優しい微笑みで私に応えてくれた。
「私で・・・役に立つの なら、いいわよ」
「・・・ありがとう、愛ちゃん」




 それから、私は叔母さまから預かったマニュアルとにらめっこしながら、愛ちゃんの陣痛が少しでも和らぐよう呼吸法を指示したり、腰をさすったりした。
 愛ちゃんは我慢強く、初 めのうちは取り乱すこともなく、ある程度余裕があった。でも、さすがに痛みの間隔が短くなってくると、小さな悲鳴にも似た呻きが漏れてきて、私は慌ててナースコールを押す。
 叔母さ まが飛んできて、愛ちゃんは分娩室に移された。
 私も着替えて部屋に入る。他の看護婦さんちたや先生の邪魔にならないよう、愛ちゃんの頭の方に立った。
「麻衣ちゃん、こっちへ来 れば?あなたは看護婦のタマゴなんだから構わないわよ」
「え・・・でも」
「大丈夫よ。愛のベビー、一緒に迎えてあげて」
 叔母さまの好意に甘えて、私は叔母さまの少し後ろに並ば せてもらった。
「愛、次に痛みがきたら息を止めていきむのよ」
 叔母さまの指示で、愛ちゃんは一生懸命力を出した。それを見ていると、私の胸がぎゅーっと鷲掴みされたような痛み を覚えた。ドキドキが止まらない。
 どうか、無事で・・・・・祈る思いで愛ちゃんを見つめる。
 テキパキした叔母さまの指示・対応に感心させられながら、私はただ、黙って見守ることし か出来ない。
「さあ、頭が出るわよ」
 言われた瞬間、赤ちゃんの頭が出てきて、程なく体も全部外に出て・・・赤ちゃんは大きな産声をあげた。
「愛、よく頑張ったわね。ほら、元気 な女の子よ」
 叔母さまがニッコリして赤ちゃんを愛ちゃんに見せる。
「この子が・・・私の・・・?」
 おそるおそる赤ちゃんを抱く愛ちゃんは、それでもとびっきりの優しい笑顔で娘を 見つめた。
「おめでとう、愛ちゃん・・・!」
「ありがと、麻衣ちゃん・・・」
 無事に産まれた赤ちゃんと、とても幸せそうな愛ちゃんを見ていたら、私はいつしか涙を流していて・・・あ れこれ悩んでいた筈の心が、嘘のようにスッキリとしていた。
 決めた。私の進む道を。
 愛ちゃんのお産に立ち会って良かった。実習で見たのとは全然違う、この感動。こんなステキな 気持ちを味わえるなんて、生命って、赤ちゃんって凄い。
「私、翔くんに言って、北海道に電話してもらうね」
「うん・・・お願い」
 後産の終わった愛ちゃんにこう言って、私は分娩 室を後にした。廊下にある椅子に座っていた翔くんが、私を見て立ち上がる。
「麻衣、生まれたのか?」
「うん。女の子。とっても元気よ、愛ちゃんも無事」
「そっか・・・良かった」
 ほおっと安堵の溜息をついて、翔くんは微笑んだ。
「麻衣、ご苦労さん」
「え、私は何もしてないよ。・・・それより、由樹さんに電話しなきゃ」
「ああ、そうだな。行ってくる」
 翔くんがナースステーションの前にある電話で由樹さんに連絡してから、私はもう1つのことを彼に告げた。
「私ね・・・もう1年頑張る。頑張って勉強して、叔母さまみたいになりたい の」
「そうか。助産科に進むのか」
「うん」
 迷いながら翔くんに相談を持ちかけた時とは違い、きっぱりと返事をした私に彼は目を丸くしていたけれど、やがて優しく微笑んだ。
「頑張れ、麻衣。俺も応援するよ」
「うん!」
 翔くんの励ましは心強い味方だ。私は大きな勇気を貰って、体の奥から力が湧いてくるような気がした。
「あ・・・見て、雪が降ってる」
「ほんとだ。・・・冷える筈だよな」
 今年初めての雪が、やさしく舞い降りてくる。まるで、生まれたばかりの新しい生命を祝福するかのように。
「私・・・今日のこと、一生忘れないと 思う」
 雪のように真っ白で無垢な、それでいて力強い生命をとり上げる、助産婦になろうと決心したこの日は、愛ちゃんのベヒーの誕生日であると同時に、私の新しいスタート日にもなった。
 ありがとう、ベビーちゃん。・・・お互い、頑張ろうね!!

fin.





麻衣と翔の話の2話目です。実は、この2人の話は、順番には書けていなくて、この2話目は後の3話目、6話目より後に書いたという、変則的な書き方をしていました。そのせいも あって、1話目は3人称なのに、これは1人称という、おかしなことになってしまっているんですね。時間の流れとか、話のつじつまについては、気を配ったつもりなのですが。
ううん、でも、 登場人物紹介、がいるかしら?いずれ、考えてそういうページも作れたらなぁとは思っています。
もし、よろしければ感想など、聞かせて下さい。





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