Snow White




 山の木々が鮮やかな紅や黄に装いを変え、日々に風が冷たくなってきている秋の終わりに、私は翔くんから嬉しい知らせを聞いた。
「愛ちゃんがこっちに帰ってくるの?」
「うん。 ま、初めてのお産だし、向こうでって言うと姉さんだけじゃなく由樹義兄さんも心配だからっていうことで、来月早々には帰ってくるらしい」
「そうかー。久しぶりだわ、愛ちゃんに会う の」
 翔くんの姉・北原 愛ちゃんは、結婚して北海道に住んでいる。大学も北海道で、彼女は獣医師の免許を持っている。だんな様の由樹さんとは大学時代に知り合ったんだそうで、彼も 獣医だ。釧路市にある動物園で働いている。
 愛ちゃんとは、3つしか年が離れていないせいか、詩織姉さんよりも慕ってしまっていた覚えがある。今でも、大好きな従姉妹だ。(そんな理 由で、未だに私は彼女をちゃんづけで呼んでいる)
「愛ちゃんに赤ちゃんが出来たら、翔くんはおじちゃんだよね〜」
「おじちゃんじゃなくてお兄ちゃんって呼ばせるぞ、絶対」
「だって、叔父になるじゃない?お姉さんの子供なんだから」
「そりゃそうだけど、この年でおじちゃんとは呼ばれたくないからな。俺はお兄ちゃんって教えるぞ」
 少しムキになって いる翔くんが可笑しくて、ついつい笑ってしまう。
「こ〜ら、麻衣!面白がってるな〜?」
「だって・・・翔くんが珍しくムキになるんだもん、可笑しくって」
「!!こいつ〜」
 翔くんが私の頭をコツンと叩こうとするのをするっと躱して、いたずらっ子のように舌を出した。



 12月。
 愛ちゃんが大きなお腹を抱えて帰ってきた。由樹さんはとんぼ返りで北海道へ。獣医さんというのも結構大変らしい。
 看護学校最後の冬休みに入ってから、私は愛ち ゃんを訪ねた。
「まぁ、麻衣ちゃんじゃない。久しぶりねー」
「うん。愛ちゃん、元気そうね。良かった」
「ええ、今のとこ順調よ。予定は来月の半ばだから、そろそろ気をつけな きゃいけないんだけど」
 愛ちゃんはもともと優しい顔立ちだけど、ますます優しくなっている気がする。それって、やっぱり赤ちゃんのせい?
「ねぇ・・・赤ちゃんがお腹の中にいる、 ってどんな気持ち?」
「うーん、そうねぇ・・・」
 不躾な私の質問に嫌がることなく、愛ちゃんはニコッと笑ってくれる。
「ほんの少し不安もあるけど、優しくて、くすぐったくて、 あったかい感じ、かな」
 そう答えてくれた愛ちゃんはものすごく幸せそうで、私はちょっぴり彼女が羨ましくなった。私も、いつか、こんな風に笑えたらいいな、と思った。
「元気な 赤ちゃんが生まれるといいね」
「ありがとう、麻衣ちゃん」
 愛ちゃんの微笑みは聖母のようだった。



 年が明けて、いつも通りのお正月を過ごしながら、私は秋頃からの自分の課題について、あれこれと考えていた。
 とりあえず、3月で看護学校は卒業することになる。その後。
 そのまま看護婦になるか、もう1年、助産科に進学するか、迷ってる。
 看護実習で色々な科を回った。その中で、私が1番充実しているな、と感じたのが産婦人科病棟で、産婦さんと新生 児を看た時。確かに、私は赤ちゃんが大好きだ。生まれて間もない赤ちゃんは小さくて壊れそうだけど、一生懸命で力強い。その姿を見ていると、自分も元気になってくるようで、ひどく新鮮な 感動を覚えた。
 だから、その生命に最初に出会える助産婦になろうか、最初でなくても産科を希望すれば看護婦のままでも生命に触れられるのだから、このままでいいのか。
 どちらが いいのか、決めかねていた。
 翔くんにも相談したけれど「麻衣が決めなきゃいけないことだからよく考えてみれば」と言われちゃったし・・・(確かに、尤もなことだと思う)
 この、休み 中には決着をつけなくちゃいけない。本当なら、とっくにはっきりさせてなきゃいけないことを、無理言って先生に待ってもらってることだし。
 ふう・・・・・
 溜息を一つつくと、なんと なく翔くんや愛ちゃんの顔が見たくなってきた。
 でも、いくらイトコ同士とはいえ、一家団欒に入り込むのもどうか、と思い、とりあえず5日までは我慢した。
 明けて、6日。
 私は翔くんの家を訪ねた。
「あら、麻衣ちゃん、いらっしゃい。・・・どうかしたの?」
 愛ちゃんが笑顔で迎えてくれた。それを見て、とても安心している私がいる。
 リビングに 通されて、翔くんの顔も見た。
 ホッとする。本当に、不思議なくらい。
「どうした?麻衣。何か、相談でもあるのか」
 翔くんのやさしい笑顔と愛ちゃんのそれとを前に、私は何だ か進路についてまだ決心がつかないだなんて、とても言い出せなくなった。なんだか、自分がバカみたいな気がして。
「なんか・・・会いたくなったの。愛ちゃんたちに」
「まぁ、麻衣ちゃ んったら、相変わらず甘えたさんね」
 愛ちゃんがクスクス笑っている。
「えーっ、そんなぁ・・・まぁ、確かに甘えっ子かもしれないけど・・・って、愛、ちゃん?」
 ふっと顔を顰めた 彼女が気になって、私は言葉を途切らせた。
「あ・・・ううん、大丈夫よ、まだ」
 微笑みを浮かべたまま、いつもと変わらない様子で答えた愛ちゃんの言葉を、翔くんが聞きとがめた。
「まだ大丈夫って・・・姉さん、まさか」
「翔ったら・・・まだ全然規則的じゃないから大丈夫・・・っ」
 最後まで言えないうちに愛ちゃんの顔がまた歪む。これって、もしかして・・・って、うう ん、もしかしなくても陣痛、っていう奴よね?
「愛ちゃん、しっかりして!!」
「姉さん!!」
 苦しそうな愛ちゃんの体を翔くんが支えて、私は反対側から愛ちゃんを覗き込む。
「だ、大丈夫・・・よ」
 苦痛を堪えながら、愛ちゃんが答える。でも、暫くするとまた痛みが襲ってくるらしく、小さく呻く。
「私、叔母さまを呼んでくる!」
 私は大急ぎで病院に走 り、病棟のナースステーションにいた歩美叔母さまに愛ちゃんの様子を告げた。叔母さまはすぐに愛ちゃんの所に駆けつけて様子を見、幾つかの質問をした後、私と翔くんに指示を出した。
「ま だ暫くかかるだろうけど、始まってることは確かね。翔、愛を病院の方へ連れてきて。麻衣ちゃんは愛の部屋に行って入院用のカバンを取ってきてくれる?黒のボストンだからすぐに判ると思うわ」
「判った」
「はい」
 翔くんがよっこらしょ、という感じで愛ちゃんを抱え上げる。それと同時に私は2階の愛ちゃんの部屋へ上がって指示されたカバンを取り、急いで翔くんたちの 後を追った。





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