アマ小説家の作品

◆パペット◆第9回 by日向 霄 page 1/3
 いい香りがした。
 香水のような押しつけがましい匂いではなく、気持ちのいい匂いだ。
 空が見えた。
 青すぎない、空気を溶かした水色の空に、白い雲が浮かんで流れていく。どこまでも、流れていく。
 そんな、視界一杯の空を見るのは初めてのことで、ムトーはしばし呆けたように雲の流れ行く様を見つめていた。
 と、その美しく心地よい空をさえぎって、突然真っ黒い瞳が視界をおおった。
「起きた!」
 あどけない声を耳にして、ムトーはようやく視界を埋めているのが愛らしい少女の顔であることを認識する。
「起きたよーっ!」
 少女が叫ぶと、にわかに視界を埋める顔の数が増えた。
 いくつもの瞳に真っ向から見つめられて、ムトーは裸で寝転がっているかのような落ち着かなさに襲われた。
「やあ」
 我ながら芸のないあいさつだと思いながら、ムトーはゆっくり体を起こした。ムトーの動きに合わせて、かがみ込んでいた子供達もまた、のけぞるように体を起こす。
 体を起こして、ムトーは自分が花畑に寝ていたことを知った。
 何という花か、名前などわからない。色とりどりの花が一面に咲き乱れ、目の前にはすれた所のまるでない、市民以上にこざっぱりとした子供達。そして青い空に、白い雲の流れる―――。
「ここは天国という所かい?」
 ムトーの言葉に、子供達は顔を見合わせる。
「落っこってきた人って、みんなそう言うんだよね」
「天国って、そんなにここに似てるのかな」
 落っこってきた人。
 ではやはりあれはトラップだったのか。しかしあれがトラップだったのなら、ここは―――。
 花畑の向こうに、黄金の波が揺れている。ゆっくりと、やわらかくたゆたう金色の波をすかして、いくつかの粗末な小屋が見える。そして天使が数人、金のしぶきを上げて波間を泳ぐ……。
「畑、か」
 それは映像でしか見たことのない光景だった。空と大地の間に小麦が実っていたのははるかに昔の話だ。歴史の授業で習うほど昔の。
「ここがどこかって? 落ちてきた人間は皆そう聞くがな。ここには別に名前などない。ここはこの通りの場所さ」
 子供達の報せでムトーを快く迎え入れた白髪白髯の老人は、穏やかにムトーの質問をはぐらかす。
「しかし、ここはレベル6のはずだが―――」


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