◆パペット◆第4回 by日向 霄 page 3/3
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金縁のめがねをかけ、黒い髪を短く刈り上げた知的美人のワトリー少尉は、興味津々に身を乗り出してきた。
「じゃああの話は本当なのね。大尉がガラバーニ会頭暗殺事件の顛末を洗い直してるって。何か出てきまして? 驚くべき新事実とやらが」
「残念ながら。むしろわけがわからなくなるばかりだ。なあ少尉、君は情報ってヤツをどこまで信用する?」
「どういう意味かしら?」
ムトーはワトリーの机に腰を下ろした。
「毎日毎日色んな情報が俺達の耳に入ってくる。そのほとんどが、俺達自身とは関係がない。例えば誰かが殺されたとして、殺された男の写真や、嘆き悲しむ遺族の姿、犯人の顔がテレビに映し出される。殺された男を俺が知ってるはずもないし、どうしてその男が殺されたのか、本当にそいつが犯人なのか、もちろん俺にはわからない。ただそうと教えられるだけだ」
「自分の目で見たことしか信じないとおっしゃるの?」
「見ていないものまで信じられないと言ってるのさ」
ワトリーは微笑んだ。むずかる子供に手を焼きながらもそのわがままを許してしまう親のように。
「大尉、ここのコンピュータがどれだけの情報を抱え込んでいるのか、膨大すぎて誰も数えようとしないぐらいよ。そのほとんどがどこからもアクセスされずに眠ってるわ。情報なんて、それを必要とする人には黄金よりも輝いて見えるでしょうけど、必要としない人にとってはただのゴミよ。そういうものでしょう?
私のことを知らない人が、私という人間のデータを見たところでそれほどの価値を見いだすとは思えないわ。まあ知っている人がわざわざ私のデータを調べにかかるとも思えないけど」
「君は魅力的だよ。過去など知る気をなくさせるくらいにね」
「あらあら。大尉がそんな口のきき方をなさるなんて、よっぽど煮詰まっている証拠ですわね。
確かに情報というのは怖いところがあるわ。今も言ったけど、私のことを全く知らない人なら、私のデータだけを見てそれを”私”だと思ってしまうんですものね。たとえその内容が間違っていたとしても。
私が死んで、それがニュースになったとして、関係のない人にとってはそれが嘘であろうと事実であろうと関係はない。そう、でももしそれが嘘なら、誰かが私に死んでほしかったということになる。誰か、そういう情報を必要とする人がいたと……。
つまり、つまり大尉は、ガラバーニ会頭が生きていると思ってらっしゃるのね」
「いや、俺は彼の実在を疑ってるんだ」
ワトリーはさすがに少し呆れた顔をして、机の上の書類をとんとんと整理し直した。会話を打ち切ろうとする時の彼女の癖だ。
「貴重なご意見をありがとう、少尉」
ムトーが立ち去ろうとすると、ワトリーはおもむろに付け加えた。
「そうそう大尉、レマン部長が大尉を捜してらっしゃいましたわ。一応コンピュータルームには見えていないとお答えしておきましたけど」
「気が利くね。その話を俺にしないでいてくれたらもっと良かったんだが」
ワトリーは肩をすくめた。
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