アマ小説家の作品

◆パペット◆第31回 by日向 霄 page 3/3
 ムトーの抗議に、ゲーブルは薄く笑った。
「かまわんよ。話すのは私であって君ではない」
 大人しく連行されようとしていたジュリアンが、扉の手前で立ち止まる。
「気にするな、ムトー。最後に笑うのは俺達だ」
 冷たい、蔑むようなジュリアンの眼差しを受けて、ゲーブルがわずかに眉をひそめる。
 ジュリアンは出て行った。残されたムトーを襲う、言い知れぬ喪失感。両腕をもぎ取られたかのような。
「ジュリアンをどうする気だ?」
 もう一度、ムトーは尋ねた。ゲーブルはジュリアンを偽者と呼んだ。ジュリアン=バレルは既に逮捕されているというのが公安の見解だった。本物であれ偽者であれ、ジュリアンの記憶を改竄し、利用しようとした奴がいる。それは公安ではないのか? もしそうなら既にジュリアンは用済みなのか?
「人のことを心配している場合かね? まさか自分の運命に興味がないわけではあるまい? もっとも、駒が何をどう考えたところでゲームの行く末は変わらんが」
「それは驕りだ。人間はゲームのすべてを支配できるわけじゃない。駒に引きずられて、思いがけない手を打ってしまうことだってある」
「それは人間にミスは付き物というだけの話だ。駒がゲームを動かすのとは違う。もちろん時には、何気なく打った駒が後から大いに効いてくるということはあるがね。まぁ君はその部類に入れてやってもいい。君の働きは予想以上だった」
 俺の働きだって? こいつは何を言い出すんだ?
「追われる者がいれば、追う者がいる。奴を偽者たらしめるためには、君の存在が不可欠だった。奴は随分思い上がっているようだが、少々君という薬が効きすぎたのかもしれんな」
 ゲーブルの言葉は遠い喧噪のようにムトーの耳元を通りすぎた。音は聞こえているのに、意味が聞き取れない。
 うろたえるな。
 平常心を保とうとする心とは裏腹に、心臓が激しく高鳴っている。息が苦しい。
 こいつは俺を混乱させようとしているだけだ。部長が操られていたわけはない。結果的にゲーブルの思うツボにはまったとしても、最初からそう仕向けられるなんてことは。俺がジュリアンを追い始めたのだってそうだ。俺は自分の意志でそれを選んだ。
 人の意志や感情を、そう簡単に操作できてたまるものか。
「君はもちろん自分の意志で行動したと思っているだろう。だがもし我々が“狼”の捜査にストップをかけなかったら? 君はあまのじゃくな人間だ。公安がこぞってガラバーニの死に疑問を呈していたら、君は“狼”になど興味を持たなかったのではないかね。そもそも君が特捜に配属されたのは君のその性質を見込んでのことだった。自身の命を抛ってでも真実を追い求める、そんな愚かな人間が我々には必要だったのだ」
「何のために?」
 声がかすれる。そう問うことは、相手の言い分を認めるのと同じだ。
「何故俺にそんなことを話す? 俺が人形に過ぎないなら、何も人形に手の内を明かしてやる必要などないはずだ。さっさと始末してしまえばいい」
 そうとも。こいつが今俺と話しているそのことこそが、罠である証だ。しかし目当ては何だ? 俺を打ちのめして、一体どんな利が得られるっていうんだ。
「ちょっとした親切心、というやつかな。それにもちろん、他人をいたぶるのは楽しいものだ。君のように自尊心の強い人間が相手なら、なおさら」
 微笑を浮かべたまま、ゲーブルはおもむろに腰の銃を抜いた。ペンを持ち上げただけというような何気なさで銃口をムトーに向ける。
「私は君に満足している。これはご褒美だ」
 引き金にかかるゲーブルの指。ゆっくりと、力が込められる――。


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