◆パペット◆第31回 by日向 霄 page 1/3
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熱風が、ようやく大地――と言ってももちろん土ではないのだが――を踏みしめた地下の住人達をなぎ倒した。
咳き込みながら体を起こしたムトーが振り返ると、地下への入口は半分埋まっていた。瓦礫と、人の体で。
「地下を、破壊するつもりなのか?」
理解できなかった。空気を遮断し、住民を皆殺しにするのならまだわかる。だがレベル3の空間そのものを破壊するなんて。レベル3を潰せば、当然レベル4以下も無事ではすまない。公安は本気で地下世界を抹殺する気なのか?
地面はまだ揺れている。爆発は続いている。
「知ってたのか?」
ようやく立ち上がり煤を払っているレマンに、ジュリアンが詰め寄る。
「知ってたんだな!? 公安が攻撃を仕掛けてくるって」
「まさか」
レマンは首をぶんぶんと横に振った。その大げさな仕種がいちいちジュリアンの気に障る。
「爆破なんて考えもしなかった。何らかの報復措置があるだろうとは思ったが。どうやら公安は自殺するつもりらしい。見ろ」
レマンが顎で指し示した方角に目を遣り、ジュリアンとムトーは息を呑んだ。夜空を焦がして、炎が上がっている。レベル2の住宅地だ。上空を旋回するヘリは消火に当たっているのではなく、更に焦土を増やそうとしているようだった。
「そんな馬鹿な――」
公安は既に大統領官邸を破壊している。チェンバレンや、その他公安に敵対する組織が隠れているという口実があれば、市民に攻撃を仕掛けることもあろう。しかしこれではまったく自殺行為だ。市民を殺戮して、公安の人間だけでポリスを維持できるとでも思っているのか?
呆然と赤い夜空を見つめている二人をよそに、レマンは歩きだしていた。
「どこへ行く?」
咎めたのはジュリアン。
「公安本部以外に、行くべきところがあるかね?」
慌ててムトーが後に続いた。渋々といった体でジュリアンが追う。レベル3の住人も何人か。宛てもなく、ただ衝動に駆られてその場を逃げ出していった者もいる。座り込んだまま泣いているのか笑っているのか叫び声を上げている者。瓦礫に埋まった地下への入口をなんとかして開けようとしている者も少なくない。
街路に、地上の人間の姿はなかった。爆撃が何の前触れもなく始まったのなら、住民達に逃げる暇はなかったろう。運良く逃げられたとしても、自分達を抹殺しようとしている敵の本拠地へわざわざやって来る者はいまい。
煌々と灯りのともる公安本部の周囲を、軍の装甲車が取り囲んでいた。地下で見たニュースが嘘ではなかった証に、建物にはところどころ破壊の跡が見える。
レマンを先頭にした一行が近づいていくと、装甲車の機銃が一斉に動き、彼らに狙いをつけた。
「止まれ! 速やかに立ち去れ! さもなくば攻撃する!」
スピーカーから声が流れた。平時なら玄関に詰めているはずの警備兵の姿は見えない。テロに備えて、装甲車を詰め所代わりにしているのだろう。
「私は元特捜部長のレマンだ。ヒューイット長官に取り次いでくれたまえ。ジャン=ジャック=ムトーとジュリアン=バレルを連行した!」
しばしの沈黙の後、建物から兵士が現れた。五人。いや、六人だ。皆銃を構えている。
「武器を捨てろ! 後の者は動くな! 一歩でも動けば命はない!」
「ふざけるな! 悪魔め!」
後ろにいた老人が叫んだ。手にした瓦礫を兵士に投げつける。他の者も続こうとした。だがその前に機銃が火を噴いた。老人と、そのすぐ隣にいた婦人の体が弾き飛ばされる。
「やめろ! 撃つな!」
装甲車の中にいるかつての同僚に向けて、ムトーは叫んだ。雄叫びを上げて兵士に飛びかかろうとする若者。体をぶつけ押しとどめるレマン。兵士が発砲する。足元への威嚇射撃。そのうちの一発が、レマンの右足首を抉った。
がくりと膝をつくレマンをとっさにムトーが支える。
「動いちゃならん!」
なおも敵意をむき出しにしている若者を抱えたまま、レマンは叫んだ。
「撃っちゃいかん! 武器も持たぬ人間を攻撃するなど、公安の名折れだ!」
続き