◆パペット◆第3回 by日向 霄 page 1/3
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ジュリアンは目を閉じて、荒い息をしていた。額に脂汗が浮いている。手を触れると火のように熱かった。
「ジュリアン!」
ジュリアンのまぶたがゆっくりと開いて、真っ黒な瞳がマリエラの顔を映し出した。
「ああ、そんなふうに名前を呼ばれるのは、気持ちいいな」
「何言ってるの。ひどい熱。ちっとも下がってないじゃない。平気な顔してるからあたしてっきり―――」
ジュリアンは微笑んだ。
「あんたの職業がわかった。看護婦だ。そうだろ? だから俺を見捨てられない」
「ジュリアン………」
見捨てられるわけがなかった。こんな目で見つめられては。こんな、寂しげでせつない、甘えるような、それでいて甘えることを怖れているような、黒い瞳で。
「眠った方がいいわ。その間にあたし、誰かお医者様を」
ジュリアンの手が、マリエラの腕をつかむ。熱かった。
「よしてくれ、医者なんか。連中は俺を実験動物のようにしか扱わない」
「大丈夫よ。ここの医者はみんなはぐれ者よ。地上の医者とは違うわ」
「どのみちレーザーの傷は治らないんだ。熱ならそのうち下がる」
「じゃあ眠って。体を休めなきゃ」
ジュリアンは首を振った。
「眠りたくない」
「子供みたいなこと言わないで」
「だめなんだ。眠っても休めない。眠りにつくと、とたんに亡霊が現れて俺を責め苛む。今まで俺が殺した奴らが俺の足をつかんで離さない。血の海におぼれそうだ。誰かの泣き声が聞こえてくる。呪詛の声が―――! 決して、安らわせてはくれないんだ」
ジュリアンは震えていた。幼い者のように怯えて、全身で助けてくれと叫んでいた。
目醒める前、ジュリアンがひどくうなされていたのをマリエラは思い出した。
「違うって、あなた叫んでたわ。違うんだって」
「何が違うんだ? 俺は殺し屋だ。当然の報いさ」
絶望的な声音だった。よく響く心地よい声が、その響きゆえに地獄からのもののように聞こえて、マリエラはぞっとした。
良心なんかない方が、救われることだってあるんだわ。
「わかったわ、ジュリアン。眠らなくていいから、目を閉じて、楽にして」
ジュリアンが求めているのは説教でも慰めでもない、ただ受け入れてもらうことだけだと悟って、マリエラはそう言った。
あなたは殺し屋には見えないと言っても、あなたは十分罰を受けていると言っても、そんなものは救いにはならない。誰よりもジュリアン自身が、殺し屋である自分自身を許していないのだ。慰めることなど不可能だった。
でもそれならどうして、彼は殺し屋であり続けることができたのだろう? それほどの罪の意識に苛まれていながら。
怪我のせいで弱気になっているだけとも思えない。今になって急に良心に目覚めるなんてことがあるのかしら。それとも、一度その手を血に染めてしまったら、もう逃れられないのだろうか。どれほど辛くても。
「話をしてくれ。あんたの話を。あんたは本当にここにいるのか? ここは本当にレベル6なんだろうか。――夢を見ている気がする。目が醒めると、また血の海の中にいるような―――」
うわごとのように、ジュリアンは呟いた。
夢と現実の境がひどく曖昧で、放っておくとそのどちらにも属さぬ深淵に落ち込んだまま、永遠に逃れられなくなりそうな気がした。
自分のことを気遣ってくれるマリエラでさえ、自分で作り出した幻のような。
そう、あまりにもそんな存在に飢えていたから。心配そうに俺の名を呼んでくれる、そんな誰かをずっと求めていた。いるはずがないと思いながら。
「そんなこと考えるもんじゃないわ」
マリエラの声は心地よかった。少し変わっている。何というのか、ちょっとハスキーで、でも大人っぽいという感じじゃなく、むしろ可愛くて、初めて聞くのに懐かしい……。
「あんたみたいな人間がレベル6にいるとは思えない。あんたは俺が作り出した幻か、でなきゃ天使だ」
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